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zoom RSS 探険家の歴史 第2部 ミシシッピ川の旅 その5 そして源流の地へ

<<   作成日時 : 2017/12/04 10:52   >>

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 ミシシッピ源流の州はミネソタ州、この州には氷河時代の名残が無数の湖として残っている。

 先住民の言葉で、ミネソタは「空の色をした水」の意味だと言う。

 そこに暮らす州民の約半数は釣り人。湖畔には裏庭がすぐ湖という家が多数建っていて、モーターボートやジェットスキー,中には水上飛行機を係留して、週末の釣りを楽しんでいるという。

 子ども達は、生まれながらに釣りキチ三平になれるすばらしい州の環境である。僕なら絶対にここに住みたいね、ニューオーリンズなど南部は住むにはちょっと怖いね。

 この州の1万2千以上もある湖の一つとして、ミシシッピ川の源流の地「アイタスカ湖」がある。

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 大河の源流となると、通常は相当な高度の場所ということを考えるが、ミシシッピに限っては、標高450mの周囲2km程の小さな湖が源流の地となる。

 ミシシッピの源流は歩いて渡ることが出来る。ほんの20〜30m、歩いて1分もかからない。

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 この源流を発見したのは、1832年のことで、発見者はヘンリー・R・スクールクラフトという民族学者である。先住民の伝承を収集しながらアマチュア探検家として湖から湖へ繋がっている複雑な水系を踏破し、この湖が大河の水源地であることをつきとめた。

 ただ、ここからのミシシッピの全長は4,107km、支流のミズーリー川からの全長ではじめて、ミシシッピ川は6,210kmの長さの川ということになるのである。

 ミシシッピの源流の地は、正確に言えば、ここアイタスカ湖と、ミズーリー川の源流地となるロッキー山脈が走るモンタナ州の沢の、二つである。

 その二つの源流地から、先住民族のヒーロー・ヒロインを二人紹介する。

 ミシシッピ源流地から一人目のヒーロー「ハイアワサ」を紹介する。彼はアメリカなら子どもでも知っている有名人で、ディズニー漫画のキャラクターにもなっている。

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 ハイアワサは先住民イロコイ族の酋長で先住民族の統一者として活躍した実在の人物だと言われている。16世紀後半に、アメリカ北部に居住していた。

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 彼を有名にしたのは、アメリカの詩人ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー、彼はアメリカの原住の人々の間に伝わる英雄叙事詩をもとに、「ハイアワサの歌」という長編の叙事詩を創作した。

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 その一部を紹介する。


「自然のたたずまいを愛するもの  草原の日光を愛し

森の木陰を愛し  枝間を抜ける風を愛し

夕立や雪あらしを  松の木の断崖を洗う

大河の激流を  高巣の鷲が羽ばたくように

数限りなくこだまする  山の雷鳴を愛するものは

お聞きなされよ野生の伝説  このハイアワサの歌」

   
 この「ハイアワサの歌」からヒントを得て、ドボルザークは「新世界より」を作曲したとされている。

 「新世界より」は、新世界アメリカから、故郷のチェコ・ボヘミアへ、という意味らしい。新世界アメリカといっても、ドヴォルザークが表現したのは、インディアンの世界だった。

 僕は子どもの頃ボーイスカウトに入っていて、よくキャンプをやっていたが、キャンプファイヤーのフィナーレは決まって、「新世界より」の2楽章の主題を使った「遠き山に日は落ちて」だった。

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遠き山に   日は落ちて

星は空を   散りばめん


 この歌を聴くたびに僕はボーイスカウトでのキャンプを思い出すが、この夏は朝倉卓也の「4日間の奇跡」を読んで、小説の中に「遠き山に日は落ちて」が重要なモチーフとして使われていて、小説の感動を増加させる要素となった。

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映画「4日間の奇跡」より  ↑

 キャンプなどアウトドアの発想は、狩猟採取生活の先達であるインディアンの世界により近いのだろう。

 二人目はヒロイン、ミズーリーの源流地帯から登場である。ヒロインを登場させたのはミシシッピ川では初めてのこと。

 彼女はサカジャウィアという名のインディアンの少女である。

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 サカジャウィアは実は、突如歴史上にその姿を表してそして突如消えているので、出生などは正確には謎に包まれている。

 彼女の生誕は、丁度、東部でジョージ・ワシントンが初代大統領に就任した1789年頃だったようで、場所はロッキー山脈の西側の山地だという。

 その地域の大きな勢力を持っていたショショーニ族の娘として生まれたが10歳くらい時にロッキー山脈を越え、ミズーリ川の源流地帯の旅をしている途中、他部族に捕えられてしまった。

 捕虜生活の後、フランス系カナダ人の毛皮商人であるトゥサン・シャルボノーに買い取られ、妻となった。

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ミズーリー川を行く毛皮商人 ↑

 この頃、トマス・ジェファーソン大統領の命令で、ルイス大尉と親友のクラークは当時未踏の地であった西部探検に出た。

 45人の探検隊を編成して1804年の5月14日セント・ルイス近くの基地を出発。三隻の船に分乗してミズーリ川を溯り、そこでシャルボノーの妻である、当時まだ16歳位のサカジャウィアと出会った。

 未知の大西部の土地についてガイド出来るような者が必要と考えた探検隊は、サカジャウアを夫のシャルポノーと一緒に、通訳兼ガイド、さらにインディアンについてのあらゆる情報の解説者として雇った。

 彼女はこの探検中に難産の末、男の子を出産した。この子は、探検隊からジーン・バプティストと名付けられ、探検隊のマスコットの様な存在となった。

 ルイスの日記には、想像を絶する困難な旅の中で、どんな事態に遭遇した時でも冷静に、勇気を持って対処したサカジャウィアの活躍ぶりが、繰り返し記述されている。

 彼女の貢献が最高潮に達したのは、やはり、ショショーニの部落に入った時である。

 ショショーニの女性が一人走りよってきて彼女を抱きしめた。昔、ミネタリーに捕まえられるまでの幼なじみだったのである。

 そして、驚いた事に一族の酋長として姿を見せたのはサカジャウィアの実兄だった。

 ショショーニの援助を受けて探検隊の一行は、その後、遂に太平洋に到達した。

 年月にして2年半、距離にして8千キロにもおよぶ奇跡の旅を成功させた、伝説のヒロイン、サカジャウィアは今、アメリカの新1ドル硬貨の肖像に描かれている。

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 その後の彼女の消息は殆ど判らないが、インディアンの悲劇的な運命を見ながら長く生き続けたという話が伝わっている。


 ミシシッピの旅は、今回で終わりとする。
 自然は優しいが、自然は時として暴力的なほどの圧倒的な力を人間たちに見せ付ける。

 今回のアメリカミシシッピの旅の中で、何度そのことを感じたことか。

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  アメリカの先住民たちは、ベーリング海峡が陸続きたっだころベーリング陸橋をわたり、アジア大陸へ渡ってきたモンゴロイドの末裔である。

 大河ミシシッピを終えるに当たり、アメリカの先住民を登場させたのは、この国の真の源流というべきものは、やはり先住民の彼等ではないかという想いがあったからである。

 この迷走する時代に、自然とともに生きた彼等の心の声に耳を傾ける必要を、ますます感じたね。

 「明日はどの道を行こう」と8千キロにもおよぶ困難な旅を続けたサカジャウィアの生きる知恵に学ぶ時代だと、そう感じたね。


 では、またしばらくの後、アジアの大河「長江」でお会いしましょう。

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