探険家の歴史 第3部 第2章 現生日本人のたった一人の祖先

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 現生日本人のたった一人の祖先

 今から800万年ほど前、地球の地殻変動が激しくなり、エチオピアからタンザニアまで走っている、世界最大の大地溝帯(グレート・リフト・バレー)が生まれた。

 大地溝帯の東側は上昇、西側は沈下して巨大な壁が出来た。
 西側から吹いてくる湿った風がもたらす雨は、壁を乗り越えられず、全部西側に雨をもたらした。
 すると東側のケニア、タンザニア、エチオピアは逆に乾燥してくる。

 こうして、東側に取り残された人とチンパンジーの先祖の中から二本足で歩行するものが現れ、人類(原人)へと進化した。

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 西側の湿った地域に取り残されたものは現在のチンパンジーの生活に適応した。

 アフリカの東側で生まれた原人の地球各地への拡散が始ったのは、今から300万年前のこと。
 この話はイーストサイドストーリーと呼ばれている。
 

 原人と同じく、僕らの直接の祖先である現生人類(ホモ・サピエンス)も、その出生の地は東アフリカとされている。(ミトコンドリアDNAをたどると、現生人類はアフリカのたった1人の女性に辿り着く。
 現生人類の共通の祖先なので、彼女はミトコンドリアイブと呼ばれている。) 

 彼女は当然、僕ら日本人の共通の祖先でもある。(日本人の本当の故郷は、意外なことにアフリカです。)

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 ミトコンドリアDNA(女性)やY染色体(男性)のどちらで調べても、現生人類の出生の地がアフリカであることを示している図 ↑



 国立科学博物館在勤の分子人類学者『篠田謙一』氏の「日本人になった祖先たち」から引用すると、新人が誕生したのが15万年くらい前で、出アフリカとなった時期は7万~6万年前くらい前だとされている。

 この出アフリカを果たした新人達は、紅海を越えアラビア半島を渡りインドを進み、インドシナ半島やインドネシアの辺りにあったとされるスンダランドと呼ばれた大陸に到達、そこで人口を蓄え、再び世界各地へ向かう。

 スンダランドを東へ向かった新人達は、シベリアからベーリング陸橋(当時は氷河期の終わりでアメリカ大陸とは陸続き)を渡り北アメリカを南下、南アメリカ最南端まで到達したのは今から8千年くらい前のこと。(5万年以上旅したのだから、現生人類の遺伝子は創造を絶する探険家というべきですネ。)オーストラリアには5万年前、ヨーロッパには4万年前には到達したとされる。

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東アフリカから出発した人類拡散の旅の経路  ↑


 日本列島は人類拡散コースの途上にあり、南方ルート(スンダランドから中国大陸を北上し朝鮮半島から日本に入るコース)、海上ルート(同じくスンダランドから海沿いに進み沖縄諸島から九州に入るコース)、この二つのコースとは別に、北方ルート(2万年ほど前にナウマン象などの大型の哺乳類を求めてサハリンから北海道へ入るコース)からも、日本人の祖先たちは日本列島に到達した。

 現生人類が日本列島に初めて到達した人類ということではなく、おそらく日本列島には原人も旧人も住んでいたものと思われる。(遺跡の発見がないのであくまでも推測であるが)   

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