探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その8 ウガンダにて

画像


音楽あり、↓クリックです!!
http://nicoviewer.net/sm9877405

画像

↑これは「ハンガーマップ(Hunger Map)」という世界地図です。

 地図の色分けの意味は次の通りです。
 緑色・・・十分に食料がある国(平均寿命の長い先進地域)
 黄色・・・とりあえず食料がある国(それなりの国々)
 赤・・・著しく食料が無い国(平均寿命の短い後進地域が多い。アフリカは、ほぼここです。)
 

 ウガンダは、かつて英国のチャーチル首相が「アフリカの真珠」などと呼んで,その美しさを讃えた国。(この国は良く見ると,アフリカ大陸を縮小したような形をしている。)
 
画像

   ↑「アフリカの真珠」ウガンダ地図

 国土面積は本州ほど,人口は2880万人で、アルバート湖、キョウガ湖、ヴィクトリア湖を繋いで、白ナイル川が国の中央を横断する、水と緑に恵まれた白ナイル最上流地帯の国。
 国土の大部分は海抜1200m程度の肥沃で広大な高原地帯で,気候は温暖多雨。
 また、希少動物のマウンテンゴリラが生息していることで有名。

画像

   ↑ ブウィンディ公園内のゴリラさん

 この国には現代のナイル河源流の地とされるビクトリア湖畔の「ジンジャの町」と,プトレマイオスの時代の伝説のナイル河源流地とされていた「月の山,ルエンゾリ山群(最高峰はマルゲリータ峰)」がある。
 
画像

   ↑ 最高峰のマルゲリータ峰

 そのジンジャはウガンダの首都「カンパラ」から東に80km、ウガンダ第2の都市。
 ジンジャにある白ナイルの源流地へは、町から南西に3kmほど離れた「ナイル源流庭園」から船で行く。
 その道の入口には「ナイル川源流の碑」が設置されていて,碑には「この地点はナイル川がウガンダ,スーダン,エジプトを経て地中海に至る長い旅を始める場所を記念している」と記されている。
 
画像

  ↑ ナイル川源流の碑

 船着場から小さな船に乗ってナイル川をヴィクトリア湖方向に10分ほど遡ると小さな島と対岸との間に川底からフツフツと水が湧き出ている場所がある。
 
画像

   ↑  ナイルの源流地点

 その場所が、1862年7月28日、探検家スピークによって発見されたナイルの源流である。
 ナイル源流の対岸地点にはスピーク・メモリアルと名付けられた塔が建てられていた。
 
画像

  ↑  スピーク・メモリアル

 とうとう,ナイル河の旅は、現代のナイル源流の地まで辿り着いた。

 

 ビクトリア湖は代表的な古代湖であり,100万年の歴史と多くの固有種の生息する『ダーウィンの箱庭』で有名だが,近年ナイルパーチというスズキ亜目アカメ科の全長2mを超す肉食の外来魚が食用として放流定着,湖の固有種が激減している。
 
画像

   ↑ ビクトリア湖 

 ナイルパーチによる生態系の破壊であり、生活体系の破壊も、同時に起こった。
 ドキュメンタリー映画『ダーウィンの悪夢』は、ウガンダのビクトリア湖を挟んで対岸の町,タンザニア・ムワンザが舞台。
 この小さな田舎町に,ナイルパーチ捕獲加工企業が進出してから,町はナイルパーチ輸出による「魚景気」に沸き出し,町は一大魚加工・輸出基地に姿を変えた。
 
画像

   ↑  ナイルパーチ(赤目科のスズキの仲間)

 仕事を求めて,町に様々な人々が集まり始める。
 職を求める男たち。

 魚を空輸する旧ソ連地域出身のパイロットたち,彼らを相手に売春する女たち。
 そういうことで、新たな産業は地域社会に雇用と富をもたらしたが,一方ですさまじい所得格差を招いた。
 職にありつけない男たちの間には暴力が,売春婦たちにはエイズが広がる。エイズで親を失い路上で眠るストリートチルドレンの間にはドラッグがあふれかえる。(ストリートチルドレンの平均寿命は幾つくらいなんだろうね。)   
 
画像

   ↑  映画『ダーウィンの悪夢』から

 ムワンザ空港から毎日,魚満載の貨物機が欧州へ向け飛び立ち,戻る時には武器が運ばれてくる。(アフリカ各地の紛争で使われる。)
 歴史の流れの中で繰り返し行われて来たグローバリズムという魔物が,貧しくてもそれなりに幸せだった古き良き世界に襲いかかる。そのシステムに適応しなければ,滅亡が待っている。
 それは良いとか悪いとかを越えた,生存を賭けた生き物としての戦いに見える。(アフリカの現実が,深いところまで見えてきた。)
 


 
 東西の両グレート・リフト・バレーの真ん中に位置する大湖地域は,5万年前から石器時代の人々が狩猟・漁労を営んだ。
 5千年前頃,北からクシ系(アフロ・アジア語族)の人々が牧畜のための草を求めこの地に移動,そのあと,西からバンツー系(ニジェール・コンゴ語族)の人々が農耕文化を携え移動,さらにナイル系集団(ナイル・サハラ語族)も南下した。
 古くから肥沃な土地が広がり,さまざまな人種・民族・文化が入り混じって発展してきたウガンダ一帯に,やがて西からチュChwezi/Cwezi)と呼ばれる半ば伝説的牛牧民が侵入,(ここの先住達を征服し,その影響の元、この地にはブニョロ王国、ブガンダ王国,トロ王国,アンコーレ王国などが次々と起こり,覇を競った。

 
画像

  ↑ ブニョロ王国の旗 
画像

  ↑ トロ王国の旗
   
画像

  ↑ アンコーレ王国の旗

 これらの王国のうち,当初はブニョロ王国が強大だったが,17世紀半ばを頂点に衰え始め,代わって19世紀に台頭したのがブガンダ王国だった。
 ブガンダ王国は他の国と違って,王族にとらわれず,戦闘で功績のあった者を長官に任命して地方に配置し,長官を通じて地方を直接コントロールする中央集権を進め,官僚機構も整っていた。
 
画像

  ↑ 首都カンパラの歴代国王4人が葬られている墓所

 やがて19世紀後半に入ると近代化の波がこの地に押し寄せ、ヨーロッパ列強のアフリカ分割が始まり,アラブ商人によってイスラム教がもたらされ,同時にヨーロッパ人宣教師によってキリスト教がもたらされた。
 その後,この地はイギリスの保護領となり,ブガンダ王国は他の王国と同様,ウガンダ内の1王国として存在した。
 ウガンダは諸王国の緩やかな連合の形で,1962年10月,ムテサ2世が象徴的な大統領となり,イギリスから独立した。
 
画像
    ↑ 独立直後のムテサ2世大統領とオボデ首相

 その後,アミン大佐によりムテサ2世が国外追放となり,諸王国連立時代は終焉となり,オボテ大統領による統一ウガンダの時代となるが,そのオボテもアミン率いる軍隊に国外追放された。
 アミンは大統領となり1971年から1979年まで恐怖政治を敷く。
 


 
 このアミンが今回のスーパーダーティヒーローである。
  (どこか、マウンテンゴリラに似ています。)

画像

  ↑ アミン大統領

 彼は猟奇的にして異常な人物で、軍人時代から捕虜の耳をそいだり、炭火で身体をあぶったり、人間に石油をかけて火をつけるたり、拷問と殺人でのし上がってきた人間。
 1971年から1979年までの大統領就任中も残虐な拷問と処刑を繰り返し、20万人とも30万人とも言われる犠牲者を出した。
 アミンの自宅の冷蔵庫には、いくつもの処刑した人物の生首が入っていたという。アミン夫人の元恋人のもの、自分自身の元恋人のもの、愛人のものなど、である。
 
画像

  ↑ こんな感じで入っていた・・・

 時々冷蔵庫を開けて、それらの生首を見ては楽しんでいたと言われている。
 また、首を切断した胴体を川に投げ入れ、ワニにエサとして与えたりもしていたようだ。
 アミン自身も人肉を食べたことがあり、「人間の肉は何度か食ったが、塩辛い味だった。」という発言まで残している。(彼なら,アファール人の男性器狩りのように,「食人は我々の文化だ」といいそうですネ。)
 
画像

  ↑ 映画「ラストキングオブスコットランド」

 ウガンダにあるマッキンディエ刑務所では、アミンみずからが考案した拷問方法で囚人が処刑された。
 たとえば、丸太にくくりつけられて逆さ吊りにされ、性器の部分には針金まで巻かれ、ほとんど死にかけている囚人を、呼び出された囚人たちがハンマーで撲殺する。(殺さなければ自分が殺されるので、囚人はやってしまう。)
 それらの処刑が終わると囚人たちは別室に移され、何日も食事を与えられない飢餓状態にさせられる。
 そして、何日か後に、わずかばかりの肉のかたまりが部屋の中に投げ込まれる。
 囚人たちは我先にと争って、その肉を手に入れ、夢中でかぶりつく。
 その光景を見ながら看守たちはこう言う。「その肉は何日か前にお前らが殺した仲間の肉だ。」と。  (アミンはこんなことばかりやっていたようだ。)

 アミンはまた元ヘビー級ボクシングのチャンピオンで,アントニオ猪木との異種格闘技戦も行う予定だった。(猪木負けると食べられた?)
 
画像

  ↑ 友情出演「アントニオ猪木」

 好き放題のことを行った猟奇的異常者(彼なら、「残酷は、わが国の文化なんだ」というかもね。)は、隣国タンザニアに支援された反政府ゲリラ「ウガンダ民族解放戦線」(アミンに追い出された前大統領のオボテが糸を引いていた。)に追い出され,国外逃亡となった。
 回教徒「アミン」は,リビア経由サウジアラビアへ亡命、2003年そこで死亡した。
 
 そのアミンの亡霊が、ウガンダで育っている。
 少年兵の問題はアフリカ各地で深刻だが、ウガンダはそれらの国のひとつである。
 ウガンダ北部の国境付近で活動するゲリラはLRA(Lord'sResistance Army)、日本語で「神の抵抗軍」と名乗っている。、「神の抵抗軍」の3分の2は17歳以下の子ども兵士で構成されてる。   
 彼らは人民の十字軍と名乗っており、自分たちの活動は全て神の意志であり、人々のためであるといっている。
 
画像

  ↑ 記者会見に臨むLRAのコニー司令官

 しかし、現実に彼らの行っていることは、少年の誘拐、性的な目的のための少女の略奪である。(ゲリラにとって少年の誘拐は兵士獲得のための常套手段である。)
 子供は脅しに弱く従順で、大人よりも逃亡することが少なく、心が純粋であればあるほど、洗脳すれば残忍な兵士に変身する。
 両親を殺され、誘拐され、拷問を受け、訓練され、数え切れない苦痛の中で誕生した少年兵は、自らがされたことを平気で行うような兵士に育っていく。

画像

  ↑ LRAの兵士

 未来のアミンの誕生である。(兵士の銃は、たぶん、ナイルパーチを運んだ飛行機が持ってきた銃かもしれない。)


 ナイル河の旅は、世界の最短命地帯への旅。その到達点はやはり凄かった。
 平均寿命の総合的バロメーターである、国の平和度、経済事情、福祉状況、衛生状況のどれをとっても最悪の国々が立ちはだかる。
 幸せな状態とはかけ離れた世界が目の前に広がっている。
 「ハンガーマップ(Hunger Map)」は真赤、過酷な世界である。

画像


 生きるために想像以上の努力を強いられる国が、アフリカの他にも世界には沢山ある。
 こんな場所では、生き抜くことが最重要課題となる。

 
 ここで、問題です。

  LRAの活動が盛んなウガンダの村の子ども達は、毎晩あることをしてLRAの毒牙から自分を守っている。
 それは、次のどれですか?

 1  村の呪術師の家に全員集まり、そこで眠る。LRAは呪術師には手を出さないから。

 2  夜になると、村の学校に集まり、体育館で寝泊りする。監視は、親が交代で行っている。

 3  比較的安全な大都市へ母親と一緒に毎晩家を発ち、何時間も歩く。夜明けには再び自宅へ  歩いて帰る。寝泊りはベランダの下、学校、病院の中庭、バスの停留所など。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック