探険家の歴史第3部 第4章 マンモスハンター達の軌跡

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新人類が日本に到達したのは今から3万年前、その頃の日本は氷河期の最終氷期の終期に当って、樺太と北海道と本州と四国と九州は繋がっており、朝鮮半島と日本列島も繋がっていた時期があったと考えられる。

  氷期になると間氷期に比し平均気温が7~8度下がり、海岸線が極端に遠退き、陸上の大部分が氷に覆われる。海面は100mも下がり、大陸と日本は陸続きとなる。

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(氷期では、樺太、北海道、本州、四国、九州、朝鮮半島は全部陸続き。)

 下表は、現在我々が生活している4000万年前からの氷河期(過去地球上では、少なくとも4回の大きな氷河期があり、最も厳しかったほぼ7億年前の氷河期では、氷が赤道まで覆いつくしスノーボールアースを作り出した。)の60万年前からの氷期(氷河期の中の寒い時期)と間氷期(氷河期の中のかなり暖かい時期)の年表である。

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 氷河期用語ではビュルム氷期の後半に、スンダランドから中国大陸、朝鮮半島を経て、九州へ到達したのが、最初の新人類の日本到達ということになる。

 極端な言い方をすれば、新人類は氷河期に誕生し、氷の世界を掻い潜って進化して来た生き物である。

 その犠牲となり絶滅したのが、原人や旧人だった。

 新人類は旧人達に比し、遙かに環境適応能力と拡散能力が高かった。それは、生命力の強さという言葉でも置き換えられる。

 人類学・考古学・遺伝学的に検証すると、新人類が日本に到達したルートは3つあり、最初の新人類の日本到達は、この南方ルートと推察されている。

 この他に、海上ルート(スンダランドから南西諸島と経て九州南部に到達)と北方ルート(バイカル湖付近から沿海州、樺太を経て北海道に到達)があるが、マンモスハンター達はこの北方ルートを経て、獲物を追いながら、樺太から北海道に入って来た。

 マンモスハンターとは、マンモスがシベリアの大地を歩いていた氷期に、マンモスをはじめ毛サイやトナカイ、バイソンなどの動物たちを狩猟して生活していた人たちのこと。

 彼らは技術開発と創意工夫によって寒さに挑戦し、ついには寒さを味方にして、マンモスやトナカイを追って、シベリアまで居住範囲を拡大していった。

 そして、彼らの中から、ベーリング陸橋を経てアメリカ大陸へ到達し、南アメリカの最南端まで到達した人々が出るのである。

 人類拡散の中でも最大級の拡散の旅で、この旅はグレートジャーニーと呼ばれ、この旅を成し遂げた人々は、僕らと同じアジア人の遺伝子を持つ人々である。

 篠田謙一氏著書「日本人になった祖先たち」を教科書にして、日本人の持つミトコンドリアDNAを調べてみると、実に13もの集団に分類される。 

 この中で、マンモスハンターの遺伝子はハプログループAとして登場し、日本人の7%を占めている。 

 ユーラシア全体の分布では、主として中央アジアから北アジアに限られるが、新大陸では普遍的に見られ、特に北東シベリアと北中米の先住民では、人口の過半数を占めている。  

 北東シベリアのチュクチ族はセイウチ狩りをすることで知られているが、この海のマンモスのような海獣を相手に戦うチュクチの男達の姿を見ると、彼らがマンモスハンター達の末裔であることが改めて確認できる。

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(マンモスハンターの血を濃厚に受け継いできたチュクチ族のセイウチ狩り風景)



 僕ら日本人の体内の中にも、世界最大の旅を達成したマンモスハンター達の遺伝子が、わずか1割程度ではあるが混じっているのは、東日本の縄文人の先祖となった彼らの血が、僕ら現代の日本人にも受け継がれているという証拠でもある。


 ここで質問です。

 気象変動の激しい時代ですが、もし日本の気候が①②のように変わったら、あなたはどちらの世界に住みたいですか?その理由も書いてね!!

 ① アラスカのような気候

 ② アマゾンのような気候

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