越前と若狭の旅 その32 福井城址跡を見学

 この後、福井県立歴史博物館で時代の流れを追いながら福井県の歴史をざっと見たりして1時間程過ごしたが、ここは省略する。

 時間は昼ころになっていたが、これから福井を本拠地に選び、現在の福井のまちの礎を築いた二人の武将を訪ねる。

 一人は結城秀康、もう一人は柴田勝家である。

 まず、結城秀康の居城のあった福井城址跡から見ていく。

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 内堀で囲まれた福井城址跡は、今は福井県庁となっている。

 駐車するスペースを確保するのが難しい中、居合わせ県庁のガードマンに頼んでなんとか車を停めて、福井城址跡の旧跡群の見学を始めた。

 城址跡には当時のままの内堀と内堀内に悠然とそびえる立派な石垣が残っていて、この石垣の上にかなりな距離の散策路が造られていた。

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 この散策路を歩いていると、県庁舎の手前右のスペースに建てられている白馬の武将像が眼下に見えてくる。

 この武将が徳川家康の次男として生まれた結城秀康である。

 彼はその後秀吉の養子となり秀康と名乗り、1601年に加賀前田藩に次ぐ越前68万石を拝領して福井城の主となった。

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 しかしそれから6年後に、34歳の若さで一生を終えた。

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 内堀の外から城址内を見ると、城の遺構類は実に堂々と存在していて、結城秀康の残したものの大きさに威圧される。

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 次に、天守閣跡と福の井を見学した。

 結城秀康は1601年から約6年をかけて福井城を築城したが、本丸には外観が四層で実際は五階建て28mの壮大な天守が偉容を誇っていた。

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 今も天守台に上がると、当時の面影を残す大きな礎石が並んで残っている。

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 また天守跡には、福井の地名の由来と伝えられている井戸の底部までの深さが5.7mある 「福の井」という井戸の遺構が残っている。

 福井城跡を見学後、福井県庁の敷地内にある生協関連の食堂で、600円の日替わり定食で昼食とした。

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