越前と若狭の旅 その33 北の庄城跡を見学

 昼食後、福井を本拠地に選び現在の福井のまちの礎を築いたもう一人の武将である柴田勝家の居城である北ノ庄城があった北の庄城址公園に行った。

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 この辺り一帯に北ノ庄城本丸があり、向こうにある柴田神社の辺りに天守がそびえていたと推定されている。

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 上図は北ノ庄城下の推定復元図であるが、この薄茶の部分が城下である。

 現在の地図と重ね合わせると、ほぼこのようになる。

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 この黄枠斜線部の中に、柴田勝家の城下町があったと推定されている。

 天守閣は赤丸の中である。

 柴田勝家は朝倉氏の滅亡後、越前を支配していた一向一揆を平定した功績によって越前国北ノ庄を与えられ、1575年にこの地に築城を開始する。

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 公園内には槍を持ち、前を睨みつけている堂々とした柴田勝家の像が建っている。

 勝家は1583年の賤ヶ岳の戦いに敗れ、妻・市と共に自害して城にも火が放たれ、建造物のほぼ全てが焼失することになる。

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 自害した二人の間に、茶々、初、江の三姉妹の銅像が建っていて、戦国の歴史に登場して数奇な運命をたどった方々のドラマが目の前で終わることなく再現されている。

 柴田氏の北ノ庄城遺構は、この跡地に結城秀康により1601年から新たに北ノ庄城が築城されたために、長い間地中の中に埋もれたままになっていた。

 1993年からの6度にわたる発掘調査の結果、ようやく本丸の推定位置である柴田神社の地下から石垣の跡と思われる石が出土した。

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 ここは茶々、初、江の三姉妹を祀る三姉妹神社で、柴田神社、稲荷神社の再建に合わせて1998年に新たに建立された。

 三姉妹神社の左奥に見えるのが柴田勝家を主祭神とし妻の市を配祀する柴田神社である。

 両方の神社に旅の無事を祈り、北の荘城址公園を後にした。

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