「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その42 ウェルニー記念館を見学 

 これから横須賀港を散歩する。

 横須賀は米軍基地とともに歩んできた異国情緒あふれる港町で、港には米軍の艦船が浮かび、町のあちこちに米軍カラーが溢れていて、少し歩いただけで厳重な警戒で入ることも写真撮影することも絶対許されない米軍施設がある。

 この横須賀港散歩では、ウェルニー記念館やウェルニー公園、ドブ板通りなどを巡り、米軍基地もほんの少し垣間見ることにする。

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 まず、ウェルニー公園に向かったが、ここから海を眺めると米軍の軍艦が港に停泊している。

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 ペリー提督が1853年7月に久里浜に上陸してから162年後の現在、横須賀の町は米軍基地と共存共栄する町となった。

 横須賀港では最初に、公園の敷地内に建っているヴェルニー記念館に入った。

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 ウェルニー記念館は、日本近代化の起点ともいえる横須賀製鉄所をつくりあげたフランス人技師ヴェルニーの功績と、横須賀製鉄所の意義を永く後世に伝えるために建てられた施設である。

 ウェルニー公園の港をはさんで向かい側に、今は米軍基地となっている横須賀製鉄所跡は建っていた。

 ペリー来航を契機として幕府はそれまでの政策を改め、アメリカ、イギリス、フランスなどの欧米列強国と交渉しながら、開国に向けて動きはじめた。

 こうした交渉の中で、幕府は本格的な造船施設の必要性を痛感するようになり、幕末の1865年、江戸幕府の勘定奉行小栗上野介忠順らの進言により、フランスの技師レオンス・ウェルニーを招き横須賀製鉄所建設となった。

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 ウェルニー記念館の中に入ると、国指定重要文化財となっている3トン(門型)のスチームハンマーがまず目に付いた。

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 ここにはもう一つ、0.5トン(片持ち型)のスチームハンマーが置いてあった。

 この2台のスチームハンマーは1865年にオランダで作成され、江戸幕府により横須賀製鉄所の据付機械として輸入されたもので、明治時代以降も後身の施設である横須賀造船所、横須賀鎮守府造船部、横須賀海軍造船廠、横須賀海軍工廠、在日米海軍横須賀基地船舶修理廠で使用されてきた。

 ウェルニー記念館を見学しているうちに、幕末から明治にかけての横須賀のことが少しわかってきた。

 小栗上野介達が造った横須賀製鉄所の意義と、この施設が近代日本に与えた影響の大きさを改めて知った。

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