越前と若狭の旅 その48 三丁町と小浜公園を散策

 「ホテルアーバンポート」は、今回の越前と若狭の旅では一番格の高いホテルだったと感じている。

 従業員を集めての夕方の集まりと朝の集まりを垣間見たが、女社長のホテル業にかける気概と気合が半端でなかった。

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 その一番格の高いホテルの朝食であるが、分不相応の贅沢を舌で感じながら、美味しく残すところなくいただいた。

 朝食を食べ終わり、小浜市内を少し歩いてみた。

 最初に三丁町(さんちょうまち)に行った。

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 小浜市の香取地区にある三丁町は江戸時代には遊廓で栄えた町で、今でもその頃の古い家並みが残っている。

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 今も芸妓を抱えている料亭もあり、千本格子の家々が軒を連ね芸妓の三味線の音が流れる情緒豊かな通りが残っている。

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 ここは旧料亭の逢嶋楼で、土日は午前10時から開館するのだが今はまだ午前8時35分なので、門は固く閉ざされていた。

 さらっと小浜の町を見て三方五湖に向かう予定としているので、三丁町はこのくらいにして、近くにある「小浜公園」に向かって歩いた。

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 小浜公園は小浜市街の西端で、小浜湾に面し海望山の東麓に位置する公園である。

 青井川が公園内を流れ、小浜市出身で幕末の尊王攘夷派の志士の梅田雲浜の碑や明星派の女流歌人山川登美子の歌碑が立っている。

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 右手の歌碑は山川登美子の歌碑で、歌碑にはこの有名な歌が刻まれている。

 髪ながき少女とうまれ しろ百合に 額(ぬか)は伏せつつ 君をこそ思へ

 (髪長き少女の私は白百合に自分の額を添え、恥じらいながら差し出し、あなた(与謝野鉄幹?)のことを想っています。)というような意味であろうか。)

 この歌は、山川登美子「しろ百合」、登美子の日本女子大での学友増田雅子「みおつくし」、そして与謝野晶子「曙染」の3人の合同歌集である「恋衣」(1905年発刊)の中の歌である。

 恋衣とは心から離れない恋を身につける衣のことで、与謝野鉄幹の主催する明星派(自我の解放と官能の賛美と夢幻美をうたい,浪漫主義文学運動の中心となった。)の最盛期に女性3人が仲良く参加して「恋衣」を発刊したが、実は本の題名もすべて鉄幹の企画だという。

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 今僕は山川登美子のアの歌碑のところにいるが、登美子の歌碑を辿って黄線の道を上がっていった。

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 ここは赤字イの場所である。

 ここには、「幾ひろの波は帆を越す雲に笑み北国人と歌われにけり」という歌碑が建っている。

 鉄幹と晶子と一緒に鎌倉の海岸を散策したとき、「自分は北国の出身なので、こうした明るく輝く海に憧景の念をもつ」と登美子は語り、鉄幹は笑みを浮かべたという。

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 しかし、2015年8月2日午前9時に黄星印の頂上の展望台に到着し、そこから見た小浜湾は明るく輝き、まるで鎌倉海岸のようであった。

 この展望台に一人旅のおじさんがいて、どうやらここに寝泊りしていたらしく、僕が山上からの景色を楽しんでいると話しかけてきて、「昨日小浜の花火をここから見たが、敦賀の花火の方がもっと良かった。」と、がっかりしたように話していた。

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 展望台を降りながら振り返って見上げると、一人旅のおじさんが干していたシャツやタオルが、無造作に手すりに引っ掛けられていて、気楽な貧乏旅行がちょっぴりうらやましくなった。

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