東京散歩Ⅱ その6 谷根千散歩スタート、観音寺の築地塀まで

 これから谷根千を歩くが、当初は岡倉天心旧宅を中心に岡倉天心に関係する旧跡を巡る旅を考えていた。
 岡倉天心は明治時代を卓越した識見と天才としての歩みで駆け抜けた巨星で、その活動は美術分野に留まらず、僅か51年の人生の中で後世に残る大きな業績を沢山を残し、彼の偉大な精神遺産はその後も多くの日本人の中に受け継がれている。
 この岡倉天心の旧宅が谷中にあり、そこは岡倉天心の活動の拠点となった旧日本美術院の建っていた場所でもある。

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 当初は「岡倉天心研究会」という会の主催する講座の中の、上記のような「谷中の周辺を散歩する」企画に似たような旅を考えていた。
 しかし、それ程一生懸命調べる時間がなかったため、ネットで手軽に手に入れることができた【(株)ワイズクリエイトの「谷根千」の歩き方】を参考に谷根千を歩くことにした。
 それでは出発である。

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 コースはこのピンク色の道で、適当にカットしながら概ねこの道の上を歩いていく。
 ゴール地点は岡倉天心の旧宅(旧日本美術院跡)である。

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 まず、「東洋のロダン」と呼ばれた朝倉文夫のアトリエ兼住居を改装した美術館「朝倉彫塑館」である。
 ここは中へは入らず、外からここの外観をざーっと眺めて通り過ぎた。

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 また本通りに戻ったが、このような風景の道が続いている。

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 次に観音寺に入った。
 ここは赤穂浪士ゆかりの寺であり、境内には供養塔があった。

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 四十七氏に名を連ねていた近松勘六行重と奥田貞右衛門行高はこの寺で修業していた兄と弟だった。
 また通りに戻って観音寺の南側路地に入ると、築地塀が続く通りとなっていた。

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 この築地塀は谷中の象徴的存在となっているので、近くまで歩いて行く。

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 近くに寄ると良く分かるが、この塀は瓦と土を交互に積み重ねて作った土塀に屋根瓦をふいたもので、幕末の頃に作られたものと言われている。

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