能登(日本道)への道 その15  渡月庵など和倉温泉を散策

 総湯の足湯でリラックスしてから、加賀屋の近くにある湯本の広場に向かった。

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 広場には開湯の伝説にちなんだシラサギのブロンズ像と記念碑があり、ブロンズ像の真ん中にある涌浦乃湯壺湯では、流れ落ちるお湯で温泉玉子が作れる。
 和倉温泉は1200年前の開湯と伝えられていて、一羽のシラサギが傷ついた足を海中から湧き出る湯で癒していたのを漁師が発見したのが和倉温泉の始まりだとされている。

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 左方向に廻ると、こんなモニュメントが建っていた。
 加賀屋の横を歩いて、渡月橋という橋を渡った。

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 ここはなかなか風景の良い場所で、橋の向こうには池のように見える内海が広がり、その向こうには大正ロマンの宿とうたわれている渡月庵が、いい雰囲気で建っている。

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 渡月庵は、大正四年に建てられた建物を今もなお大切に使用している老舗温泉旅館で、庵主は外観がジブリアニメ「千と千尋の神隠し」の建物のようだと自負していて、確かにそんな味のある雰囲気の旅館である。
 和倉温泉の旅館の中でも最も古い建物とされており、数寄屋造りの伝統的な趣の客室が全10部屋あるという。

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 渡月庵の裏を3~4分歩いて、少比古那神社に行った。
 ここからは記紀の世界に入る。
 古事記によれば、スクナビコナは大国主の国土造成に際し、天乃羅摩船に乗って波間より来訪し、オホナムチ(大己貴)大神の命によって国造りに参加した。
 日本書紀にもこれと同様の記述がある。
 スクナビコナは、国造りの協力神、常世の神、医薬・温泉・禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造・石の神など多様な性質を持つ神である。

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 少比古那神社の起源だが、涌浦(今の和倉町)の湯の谷という所に温泉が湧き出たので、村民大いに喜び、これ神の恩恵であるとして一社を造営し、温泉の神である少彦名命を奉斎したという。
 当初は薬師菩薩神社と称したというが、明治28年に現社号に改称したという。

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 和倉温泉散策の最後に、長い階段の参道を駆け上がって、曹洞宗の寺院である青林寺にたどり着き参拝した。

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 このあたりは、和みの丘公園として整備されており、帰りには和倉温泉街が一望できた。

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