大阪散歩 その36 覚鑁(かくばん)のこと

 ここは大師堂で、真言宗を開いた弘法大師を祀っている。

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 後ろに見える大塔とともに秀吉の焼き討ちをまぬがれた建物で、本尊の造立銘から1391年頃の建立と推定されている。
 これから西方へしばらく歩き、光明殿や行者堂、聖天堂などを見て回る。

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 ここは光明殿へ入る前にある江戸時代建築の鐘楼門である。
 ここからは真言宗中興の祖にして新義真言宗始祖となった覚鑁のことを考えながら、根来寺を散策していく。

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 まず光明殿に入り、そこから廊下で繋がっている行者堂や聖天堂に向かう。

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 ここは役行者を祀っているお堂である行者堂で、窓から見えるのは覚鑁の思想を体系化したとされている聖天池である。
 覚鑁は真言宗の中に密厳浄土という考え方を取り入れた人である。
 真言密教の本尊は宇宙そのもので、その宇宙の名を真言密教では大日如来とよび、修行者がそれに合一すれば即身成仏を遂げることができるという自力本願の宗教である。

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 遂げるために修行者は三密行を行うが、三密とは身(身体)、口(言語)、意(心)のことで、この三密を法に従って行ずることで宇宙の内奥(仏)に入っていくことができ、やがて即身で成仏できる。
 ところで、平安中期頃から日本では浄土信仰が盛んになったが、浄土は西方にあり、そこに光明そのものというべき阿弥陀如来がおられて、いっさいの人間を救ってくれるという思想である。

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 聖天堂に向かいながら、引き続き覚鑁について考えている。
 空海は阿弥陀如来について無関心ではなかったが、その思想体系には全く浄土思想は含まれていず、日本人には性に合っていた浄土信仰を思想体系に取り込んだのが覚鑁であった。
 覚鑁は大日如来が不動の光明ではなく、救済をする時には阿弥陀如来に変わるという思想をうちたてた。
 もし厳密な三密行ができなくとも、一密だけすればそのまま密厳浄土に生まれるという考え方をとった。
 天才でなくても即身成仏ができるという思想、これが覚鑁の「密厳浄土略観」である。
 覚鑁はひとまず置いて、司馬さんが紀ノ川流域で書いていた根来塗りの須弥壇が置いてある、歓喜天を祀っている聖天堂に入った。

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 根来寺では本物の根来塗りはもうこれしか残ってないという有名なもので、カメラを向けながらありがたく須弥壇を拝んだ。

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