大阪散歩 その39  真田庵を見学

 今日は当初の日程を大幅に変更する日となった。
 今も不通となっていて、代行バスで高野山に行くしかなくなったからである。
 ナビの使い方に不慣れなため何回か道に迷いながら、代行バスの発着基地となっている橋本駅に到着し、バスの状況を係りの方からしっかり確認した。
 午後からのバスではバス待ち時間が1時間以上かかるだろうということで、昼前に高野山へ向かって出発することにした。

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 当初の計画では九度山をじっくり見る予定で、レンタカーを午後3時頃まで借りることにしていたが、九度山で見るのは真田庵と慈尊院だけに留めて、レンタカーをさっさと返す計画に変更した。
 それでは九度山に向かってスタートする。

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 九度山は紀の川の南岸にあり、そこに流れ込む不動谷川の川筋に沿ってできた谷間と、さらにそこへ東から流れ込む丹生川による谷間からなる、高野山への通り道の町である。
 地域内には高野山の開祖である空海の母が暮らしていたという慈尊院があり、空海は月に9度母に会いに来ていたことから、この九度山の地名が付いたと伝わっている。

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 町の中に入ると、真田の六文銭の幟旗が道路脇に並んで立っていた。

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 まず、真田庵(正式名称は善名称院)から見ていく。
 真田庵は九度山町にある高野山真言宗の寺院で、真田昌幸・信繁の蟄居時代の草庵跡と伝わる場所であるが、諸説あるという。

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 真田庵の中に入っていく。

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 入口の門には、この六文銭の紋が刻まれている。
 1600年の関ヶ原の戦いで西軍に属して敗れた真田昌幸・信繁父子は女人禁制の高野山に配流の身となったが、妻を連れていたために九度山に移され、真田庵で蟄居生活(中世から近世の時代、武士または公家に対して科せられた刑罰のひとつで、閉門の上自宅の一室に謹慎させるもの。)を送ったと伝えられている。

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 ここが本堂で、本尊の地蔵菩薩が祀られている。
 ところで、このお寺で怒った姿の昌幸の霊がたびたび見られるようになり、大安上人が昌幸の霊をこの地の大権現の神様にして祀ったところ、穏やかな顔になった昌幸が現れて祀ってもらったお礼にこの地を守ると約束したという。

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 ここが、昌幸の霊を大権現の神様にして祀った真田地主大権現である。
 ここにはいろいろな神様がその後加わったようで、稲荷大明神、金比羅大権現、天満宮、住吉大社なども境内ある。
 さっと真田庵を見て回って、慈尊院に向かった。


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