近江街道をゆく その41  いざ、鬼室神社へ

 これから鬼室集斯の墓碑を祀った鬼室神社に向かう。

 今回の旅は、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にたどり着くのが最も重要な目的となるので、古代朝鮮との交流の跡である鬼室集斯の墓を見ることは、今回の旅の最大級の楽しみだった。

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 ナビで検索しても鬼室神社は出てこなかったので、その近くの町である日野町にとりあえず向かい、40分ほど走って日野町の街中に到着した。
 日野町周辺は蒲生の里と呼ばれ、蒲生氏が日野城(中野城)の城下町として開発した町である。
 蒲生氏が伊勢松坂・会津若松へ移ってからは、近江八幡や五個荘と並んで近江(日野)商人の発祥地として繁栄した。

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 この日11月7日(月)は日野商人関連の旧邸等が閉館していたので、メイン通りをさっと車で通り抜けて、国県道沿いの食堂を探して走った。

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 10分ほど走って、この中華食堂に入った。

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 この店で野菜炒め定食を頼んだが、無料でラーメンがつくというので「それお願い」と軽く頼んだのが運の尽きで、ラーメンは単品でも食べ応えの有りそうな普通サイズのものだった。
 結局このラーメンは半分しか食べられず、やはり野菜炒め定食+ラーメンの値段に相応する1080円を払う羽目になった。

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 鬼室神社は黄星印の位置あたりにあるが、ナビでは出てこないため、勘に頼って走って行った。
 やはりそういう走行が災いして、1時間以上無駄に蒲生の里を走った。
 もうこれ以上迷ってもしょうがないということで、日野町役場の観光課に行って地図をもらい、鬼室神社の位置を正確に教えていただいた。

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 それでも、日野町役場から鬼室神社(鬼室集斯の墓)までは、途中で峠道を越えたりトンネルに入ったりしたので、車で20分ほどかかった。


 

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