大阪散歩 その46  空海の御廟に到達 

 奥の院は霊廟であるが、霊廟の本来持っている暗さが全くなく、清潔で透き通るような風に洗われているような気分にさせる場所である。
 ここは結城秀康の墓所である。
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 秀康は徳川家康の次男で、越前松平家宗家初代である。
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 そのほぼ向かい側の、横道を入ったところに浅野内匠頭墓所があった。
 いずれも江戸時代を生きた人たちの墓所である。
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 一の橋から歩き始めて40分、ようやく御供所(ごくしょ)が見えてきた。
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 御供所はお大師さまへお供えする毎日のお食事を調理する場所で、食事は嘗試地蔵(あじみじぞう)に味見してもらってから、毎日6時と10時30分の2回、弘法大師御廟へ運び入れている。
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 御供所の隣にあるのが、この護摩を焚き祈祷をする護摩堂である。
 護摩堂のすぐ隣に並んでいるのが、水向地蔵さん達である。
 よく意味も解らずに、見よう見まねで水をかけてしまったが、後日ネットで調べたら大変失礼なことをしているのがわかった。
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 「水掛」と「水向」は根本的に意味が異なるのだそうで、「水掛け」と書かれた仏様にはお水を掛けても構わないが、 「水向」書かれた仏様は「水を手向ける」という意味なのだという。
  「神仏や死者の霊に供える手向水」と、「身に溜まった汚れを洗い流し祈願してご利益を頂く掛水」の違いである。

 ここでの正式なやり方は、御供所で自分の家の故人の法名又は名前を書いてもらい、水向き地蔵の御前の足下に経木を立て掛け、右手で柄杓を持ち左手は胸の前にもってきて、柄杓に水を満たして経木に3回ゆっくり水を掛けながら同時に大日如来のご真言を3回唱えるというものである。
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 しばらく水向地蔵の前で皆さんの様子を見ていたが、一人として正式な作法で水を扱っている方はいなかった。
 水向地蔵を後に、先に進んでいく。
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 ここが弘法大師御廟へ向かう御廟橋で、ここから先が本当の聖域ということで、写真撮影は一切禁止となる。
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 御廟橋前方正面に見えているのは、燈籠堂である。
 ここまで行って参拝して、また御廟橋を渡って戻ってきた。
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 この奥はどうなっているのか気になって、ネットで調べてみたのが上図である。
 空海は御廟の地下の石棺の中で、永遠の眠りについているとのことである。

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