東京散歩Ⅱ その44 引き続き、神田駿河台を散策

 食事後、まず中央大学駿河台記念館に立ち寄った。
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 中央大学は、現在は東京都八王子市に本部を置いているが、1926年から1978年の多摩移転までは、この駿河台記念館の建てられている場所にあった。
 記念館は、1985年の中央大学創立100周年記念事業の一環としてその跡地に造られた施設。
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 学校の沿革だが、1885年に増島六一郎ら18人の法律家により英吉利法律学校として設立され、近代法が整備されると、校名も東京法学院、東京法学院大学と変更していき、1905年に中央大学と改称して今に至っている。
 法曹界や官界、財界、政界などに多くの卒業生を送り出している難関私立大学である。
 ここで20分ほど休んで、また駿河台の街中に出た。
 次に、神田駿河台一丁目1番地に本部を置く明治大学に向かった。
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 明治大学も中央大学と並び、法曹界などに多くの卒業生を送り出している難関私立大学である。
 学校の沿革だが、近代国家を樹立する上で近代法制度の確立が最重要課題であった明治政府は、欧米諸法の比較研究による新法典の編纂及び近代法制度を理解しその運用にあたる官僚の養成 が急務となり、こうした事項を担う機関として1871年、司法省に明法寮(後に司法省法学校)を創設した。
 明法寮は、その後1881年 に数寄屋橋内旧島原藩の邸内に、明治法律学校として開校された。
 大学となったのは1903年で、 専門学校令により明治大学と改称された。
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 大学に入ると、まず明治大学博物館に向かった。
 明治大学博物館は、以前からあった商品博物館・刑事博物館・考古学博物館を統合して2004年に開館した。
 この考古学博物館に興味があったので、そこを見学した。
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 この旧石器時代と人類の拡散の展示は、「関野吉晴のグレートジャーニーの旅」を思い出しながら、楽しく展示パネルに見入った。
 考古学部門は、日本の石器時代から古墳時代までの各時代の遺跡から出土した発掘品を展示している。
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 ここには日本において最初に発見された旧石器時代遺跡である群馬県の岩宿遺跡の出土品などを始め、国の重要文化財に指定されている、埼玉県砂川遺跡、神奈川県夏島貝塚、栃木県出流原遺跡の出土遺物等国内有数のコレクションがあり、海外からも多くの研究者が訪れるという。
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 この中にあるかはわからなかったが、大英博物館へ出品した「山形土偶」などを始め、国の重要文化財、重要美術品に指定されているものが多数あるという。
 日本の石器時代から古墳時代までを短い時間で散策し、有意義な時間となった。
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 明治大学を出ると、外は雨模様で風も強くなってきて、最後にニコライ堂に立ち寄り、ニコライ堂の内部を見学した。
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 ただ、内部を見学中はいろいろうるさい程管理されてしまって、見学に来たのか叱られに来たのかわからない感じとなった。
 信者の方が大勢居られたので、外で雷の鳴る度にここでは異教徒である僕は、ギリシャ正教の神に叱られている気がした。
 適当なところでここを退散し、今日の旅を終了した。

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