東京散歩Ⅱ その55  「東京散歩Ⅱ」、最後は鬼門封じの日枝神社を拝観

 「東京散歩Ⅱ」の8泊9日の旅も、今回で最後である。
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 清水谷公園から再び弁慶橋を渡って、山王権現日枝神社に着いた。
 今日の最後に、江戸街の鬼門封じの意味で天海和尚によって創建された寛永寺と対をなして、江戸街の裏鬼門に設置された日枝神社を拝観する。
 ちなみに、京都の街の鬼門封じは、桓武天皇の時代に京都の表鬼門に建てられた比叡山延暦寺と日吉大社(神社)である。
 江戸では、鬼門封じの寺が寛永寺、鬼門封じの神社が日枝神社となる。
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 裏参道の大鳥居から入っていく。
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 裏参道から入って、15分ほど黄線のように日枝神社境内を歩き、表参道の大鳥居から出た。
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 まずこの千本鳥居を潜って、山王稲荷神社に向かう。
 この千本鳥居は都内に二つしかないとのことで、立派な鳥居を上りながら途中で立ち止まって下を覗いたが、やはり立派な稲荷参道がずっと下まで続いていた。
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 ここが山王稲荷神社の拝殿である。
 この稲荷神社は、もともとは福知山藩主松平忠房の邸内に祀られていた屋敷神と伝えられ、1659年に日枝神社が麹町隼町から移転してきた際に、日枝神社とともに社殿が建立されたという。
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 ここは日枝神社の本殿で、いかにも風格があり立派な造りである。
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 境内を下っていくと神門があり、この表には日枝神社、裏(内側)には皇城之鎮の額が掛けられていて、表の左右には随神像が、裏の左右には神猿像が奉安(ほうあん)されている。
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 神門を出て、重厚な山王男坂を下り、山王鳥居を潜って娑婆の世界に戻った。
 今日は雨が突然降って来たりして、今までの旅の中で一番大変な日であったが、ほぼ計画通りに見学できたので、そういう意味では気分の良い一日となった。
 徳川の江戸時代に形成されてから既に400年の歴史を持ち、世界に誇れる日本の首都となった東京の街を、歴史や風土を確かめながら歩いた旅だったが、見たりないものも多々残ったので、機会をあらためて旅したいと考えている。

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