喫茶タンジールでのこと そのⅡ

 タンジールは古臭い喫茶店で、1970年代の音楽とマグレブ調とでもいうような調度品を売りに、営業していた。
 しばらくいると、骨董品の中にいるような錯覚をたいていの客に与える、一風変わった店だった。
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 店の名は、実際にある地名、タンジールに由来しているようだ。
 タンジールはモロッコ王国北端の港町で、ジブラルタル海峡を隔て、対岸はスペインである。

 モロッコはアルジェリアやチェニジアとともにマグレブ三国といわれている国だが、マグレブとは、アラビア語で“陽の沈むところ”を意味する。その西の端に、モロッコがある。
 フェニキア人の海上交易以降,ヨーロッパ世界とアフリカ世界を結ぶ拠点として栄えた港町タンジール、彼女は何を思ったか、僕をここへ連れてきた。

 今でもあの頃のことを思うと、まるで異国にでもいるような気分で、僕は彼女と不思議な時間を過ごしたと感じる。
 子どもの時から飲みなれているカフェ・オーレをあの店で頼んだ時のことを、僕は今でもはっきりと覚えている。
 その時、彼女は「そういう、いい加減な飲み物は頼まないで」と、僕に怖い顔で言った。
 「喫茶店だから、コーヒーか紅茶にしなさい。」今度は、命令口調で僕に言った。
 「あなたは、コーヒーがどんなものであるかも知らないでしょ?まず、コーヒーとは・・・」

 彼女の講義はそれから、1時間も続いた。その間に、彼女はお気に入りだと言う、モカ何とかを頼み、それを飲みながら奔流のように話し出した。
 まず、話しはコーヒーの原種からだった。
 「コーヒーの原種は3つしかなく、アラビカ種・リベリカ種・ロブスタ種に分けられる。

 アラビカ種とは、最も世界で広く栽培され(世界の2/3がこれにあたる)、味・香りともに優れている。ブルーマウンテン・キリマンジャロ・モカ・コロンビアなどの上級品ががこれにあたる。

 リベリカ種とは、日本ではなじみがないもので、低級品が多く輸入されていない。
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 ロブスタ種とは、インドネシアやアフリカなどで主に栽培され、インスタントコーヒーや缶コーヒーに使用されている。ちゃんと聞いてるかな。」

 こういうことをしゃべっている彼女は本当に幸せそうだった。僕はけっこう真面目に彼女の講義に付き合った。今でも、彼女の話した知識は、半分は頭に残っている。
 「コーヒーは意外と気難しい植物で、雨が多くてもダメ、少なくてもダメ。気温が低くても高くてもダメ。年間平均気温20度。いうなれば“日本の夏の避暑地”みたいなところが好きなようです。」
 たぶん、彼女もコーヒーのような生き物なのだろうと、この時、僕は思った。

 「ということで、1年中そういった環境が保てる『暑い国の高地』がコーヒーの産地となるわけ。さらにコーヒーは標高が高ければ高いところ(標高約1200m以上)でとれた豆ほど高品質とされ、当然運搬や手間がかかるため価格も高くなっているのよ。
 そういうところから、一般的にコーヒー豆の名前にマウンテン(山の名前)がつくものは上質のコーヒーであるといえます。」

 さらに彼女は、有名なコーヒー豆のブランドとその違いまで教えてくれた。

ブルーマウンテン(ジャマイカ)
ジャマイカ産の世界最高品種。誰でも一度は聞いたことのある「英国王室御用達」としても知られているもの。酸味・苦味・甘味・香り・コクにおいて絶妙なバランスが保たれている。ストレートで飲むなら最もオススメ。

コロンビア(コロンビア)
まるい酸味と甘い香りが特徴で、メデリン地方で収穫されるコーヒーは豆の形も大きく、円熟したコクがある。

ブラジル(ブラジル)
世界第1位の生産量のコーヒーで、味は中性で適度な苦味を持つ。ブレンドのベースに適している。コーヒーの初心者には一番適している。

キリマンジャロ(タンザニア)
アフリカを代表する豆。非常に酸味が強い。また、ほどよい苦味、鋭い味わいが特徴。

マンデリン(インドネシア)
アジア最大のコーヒー豆の産地インドネシアのスマトラ島のみで生産される貴重品種。高価で世界の名品の一つに数えられる。程良い苦味・甘味がありややクセがあるのが特徴。

モカ(ハラー)エチオピア
 コーヒー発祥の地エチオピアの品種。ストレートでは、芳醇な甘味と香りを楽しむことが出来る。また、果物のような甘味からブレンドの隠し味としても使用される。酸味はイエーメン産のモカよりも強い。

モカ(マタリ)イエーメン モカコーヒーの代表品で、甘い香りと程良い酸味が特徴。

 そして、彼女はここから勝ち誇ったような笑みを浮かべ、モカ(マタリ)を選んだ理由を話した。
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 「コーヒーはエチオピアが原産と言われているが、実際には飲用として始めて飲み始めたのはイエメンが最初なのよ。「シバの女王」の治めていた国、それがイエメン。わたしはこれを飲んでシバの女王にトリップするの。」
 アル中のお父様と一緒に生活しているだけに、彼女の言動もアル中並みだった。

 だが、彼女から聞いたコーヒーの話は鮮烈で新鮮で、飲み物は健康のために飲むという僕の今までの発想をあざ笑うかのようで、古い常識の上に新しい価値観が進入するような強烈な感覚だった。
 彼女は、突然、大胆に、僕の健康優良児のようなスポーツマンの世界に飛び込んできたのだった。

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