天  職

 昔々のその昔、ネットで知り合ったるるさんの「天職」
 この方は小説家も出来そうな方で、人をひきつける話を書くのがうまい。


天  職


私は今まで生きてきた中で、何度か転職をしている。

アルバイトに関しては何年も続けたものから3日で終わったものまでを含めて40種類ぐらいの職についた。

これ一筋というものがないのは、今のフリーターと呼ばれる人たちに近いのかもしれない。

その中で、特に自分が「これは天職かもしれない」と思ったものがふたつある。

ひとつは、「クラブホステス」という仕事。

私は情に流されず、あっさりしてクールで、何でも割り切れるタイプだった。

お酒がめちゃ強くて、決して酔いつぶれるということがなかった。

わりと話題が豊富で、誰にでも話しを合わせられた。

一度店に来たことのある人のことは、何ヶ月経っても、名前と顔と職業、一緒に来た人も、話した内容も、大概のことは覚えていた。
(店のオーナーは、私のこの特技を一番評価して重宝がった)

人と話しをしながら、他の多数のテーブルでの会話も同時に把握できた。
(醒めていたから)

あ、これ全て若い頃の話ね、今は全然、こんな能力のひとかけらもない。

当時(20数年前ね)、これらの特徴が容姿や色気よりも、水商売で成功する条件としてあったらしく、複数のプロの引き抜き屋から何度も高額ハンティングされた。店を一件持たせたいという人まで現れて話が具体化して、あなたはこれが天職ですなんていわれたとき、そんなはずない!と憤慨してやめた。

実は怖くなったのだ。 本当にそんな気がしていたから。

惜しいことをしたもんだ。



もうひとつは、「版下製作」という地味~な仕事だ。

広告代理店からの依頼で、印刷に回す直前の紙面上の版を手作業で作っていた時代の話である。

出来上がった写植文字を切り張りしたり、烏口で線をひいたり、写真の現像をしたり、トレースやレタリングも全て手作業。

職人技とスピードとセンスが勝負。

何時間やっても飽きなかった。 自分のデザインの版下は るるべさんにしかやってほしくないというデザイナーも増え、職人意識を満足させられた。
一日平均12時間労働で、時には徹夜もあったが苦にならず、他のことが何もできなくても、これだけで充実した毎日だった。

技もどんどん磨かれた。 これぞ天職?

ところが時代は進み、パソコンの普及と共に版下屋は「いらない職業」となりつつあったとき、グラフィックデザイナーに転職し、自分の才能のなさに絶望してやめた。創造的なことには向いていないと痛感したし、クライアントや同僚との摩擦もストレスになって、苦痛意外感じられなくなったからだ。

あの時もう少し頑張って、せめてMacの使い方でも徹底的にマスターしておけば、少しは状況が変わっていたかもしれないが。


いずれにせよ、自分で天職かなあと思った職業をまっとうすることができなかった。

他に、もしかしてこれは天職か、と思う職業もいくつかあるが、いずれも幻想だった証拠に今に続いていない。


ああ、なんて浅はかで、行き当たりばったりな人生なんだろう。

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