探険家の歴史 第2部 ミシシッピ川の旅 その3 セントルイス

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 セントルイスはミシシッピー川の中流に位置することから、古くから河港都市として栄え、現在も全米有数の工業都市のひとつとなっている。

 また、セントルイスは西部開拓への入り口となった都市でもあり、そのシンボルとして1965年に建てられた、高さ192メートルのゲートウェイ・アーチは有名。

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 だが、ゲートウェイ・アーチを除いては、特に見るべきものが無い都市でもある。

 ブルースの名曲『セントルイス・ブルース』はこの地で生まれた曲。
また世界一の販売量を誇るビール『バドワイザー』の本社アンハイザー・ブッシュ社もここにある。

 ゲートウェイ・アーチの地下にある西部開拓ミュージアムからはアーチの中を一番上まで運んでくれるエレベーター式トラムがある。

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 200m近い高さからこの街や遥かな大西部を眺めると、やはり感動を覚えずにはいられない。

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       ゲートウェイ・アーチからの眺望 ↑ 

 セントルイスからミシシッピ川を渡り、東へ車で30分ほどのところにカホキア遺跡がある。

カホキア(Cahokia)は、イリノイ州、セントルイス郊外にあるミシシッピ文化期(A.D.700~1600頃)の大遺跡。

 12~13世紀当時の政治、宗教の中心地であって、人口は1万人に達したと考えられている。

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 防御用と推定される柵で囲まれた遺跡の中心部分には、「中央広場」を囲んで20基ほどのマウンドがあり、そのうち最大のものは広場の北側にあるモンクス=マウンド(Monk's Mound)で、大きく2段の階段状になっていて、その規模は、長さ316m、幅241mの長方形で高さは30.5mである。

 マウンドの機能は、ミシシッピ文化共通の特徴でもあるが、基本的には神殿と考えられるが、発掘調査によって、墓としても使用されたことが判明している。

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      赤い線の中のマウンドは前方後円墳に見える  ↑

 墓は被葬者の身分によって様々なタイプがあった。副葬品には、貝殻ビーズ、バイ貝やホラ貝の容器、真珠、打ち出し細工を施した銅板などが見られる。主人に殉死した従者の遺体の見られる墓もある。
 1982年に「カホキア・マウンド州立史跡」として世界遺産に登録されている。

 セントルイスは西部への扉であり、同時にそれはインディアンを淘汰して行った西部開拓史の序章ともなるべき地でもある。

 ホテルでミシシッピの流れを見ながら、インディアンのことを調べてみた。

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 1890年12月ウンデッド・ニーの虐殺により、白人によるインディアン戦争は終結した。

 最後のバッファローの死滅により、狩猟採取生活を行なっていたインディアンの歴史も事実上終わりを告げた。

 推定1000万人いたインディアンは白人の直接・間接虐殺により実に95%が死に絶えた。

 今はその当時から見れば、人口は増加している。

 1990年の調査によれば、イヌイット等アラスカ先住民を含めたインディアンの総人口は179万6千人で、米国民全体の、0.7%を占めている。この数値は、10年前の同調査に比べ、47万人、35.4%も増えており、インディアン人口が急激に増加していることがわかる。

1)居留地(Indian Reservation)の紹介
 居留地とは、連邦政府等によって、インディアンのために留保されている土地を総称して呼ぶ言葉である。居留地内では、通常の土地と異なり州政府の権限は一部例外を除き及ばない。

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          ナバホ居留地  ↑

  歴史的にみると、多くの居留地は、米国政府が西部への開拓を進めていく過程で、インディアンが本来もっていた領土を、条約や議会の法令などによって取り上げた代償として提供された土地である。

 現在連邦政府の認定する居留地の総数は300で、33の州に存在している。中でも最大のものは、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコの3州にまたがり、1千4百万エーカーもの広さを誇るナバホ居留地である。

 州別にみると、カリフォルニア州は州内に最多数の居留地を持ち、その数は95にものぼる。またアリゾナ州は、全州面積の実に27%が居留地である。

2)部族(Tribe)の紹介
 かつてインディアンの部族は一つの地域にかたまって住み、コミュニティを形成していた。
 
 その当時はインディアン・コミュニティーは単一部族であった。ところが、米国政府の移住政策により、何箇所かの居留地に強制的に移住させられたインディアンの中には、近隣の部族同士互いに交わったり、同一部族が離れて住むようになったものもあった。

 連邦政府によって認定されたそのような部族は、31州で318にものぼる。これらの部族はその自治組織である部族政府を持ち、連邦政府に対して政府対政府としての関係をもっている。

 各部族の規模は多岐にわたっており、人口14万人あまりを擁するナバホがある一方、メンバーがわずか数十名という小部族も存在する。

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           ナバホ砂絵  ↑
 
3)生活形態の紹介
 現在のインディアンの生活形態は、大きく分けて2種類に分けられる。部族の一員として生活するインディアンと都市に住むインディアンである。

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          居留地の小学校  ↑

 居留地やその近辺に住み、部族の一員として生活を送っているインディアンの多くは、部族政府のメンバーであり、その部族の文化、風習に則った生活を営んでいることが多く、他の米国市民とは伝統、価値観、生活習慣等が大きく異なっている。

 といっても、ほとんどの部族は、伝統的行事の時以外は洋服を身にまとい西欧式の住居に住んでいるというように、多かれ少なかれ近代的文明と融合した生活形態をもっており、それらを完全に拒絶している部族はほとんどない。

 インディアン総務局によれば、現在居留地及びその近辺に住むインディアンは95万人と推定されている。

 インディアンの高学歴化が進むにつれ、都市に定住するインディアンも多くなっており、それにつれてインディアンであるという意識の稀薄化も問題になっている。

4)インディアンの未来は
 かつて、インディアンは白人によって“消え行く民”と呼ばれていた。19世紀には、西欧文明がアメリカ大陸全土を覆いつくし、野蛮人であるインディアンは教養のある文化的な西欧人に教化されやがて消滅していくだろう、と本当に信じられていたのである。

 今後、どういう文明の波風が彼らの文化や生活に振りかぶってくるかわからないが、僕は、世界に数多く存在する先住民族の一つの文化の形態を保って、これからもインディアンの文化やアイデンティティは存続していくと信じている。


 今はこの地の先住民の言葉に少し、耳を傾けてみたい、そして静かに考えたい。

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 自分自身のことでも、自分の世代のことでもなく、来るべき世代の、私たちの孫や、まだ生まれてもいない大地からやってくる新しい生命に思いを馳せる。
    (アメリカ先住民の古老)

 おまえが大きな船に乗り、私が小さなカヌーに乗っていても、
    私たちは同じ生命の川を分かち合わねばならない。
      (アメリカインディアンの古老、オーレン酋長)

   岩は偶然ここにあるのではない。
   木は偶然ここに立っているのではない。
         そのすべてを造った者がいる。
      私たちにあらゆることを教えてくれる者が。
         (クリーインディアンの詩)

     大地は知っている。
       もしおまえが、間違いを犯せば大地は知っている。
         (コユコンインディアン)

      大地が横たわっている。
        大地の魂が横たわっている。
          その上はすべての生き物で装われている。
            聖なる言葉が横たわっている。
             (ナバホインディアンの歌)
 

 セントルイスの夜は、この地で生まれたブルースの名曲『セントルイス・ブルース』を聞きながら、世界一の販売量を誇るビール『バドワイザー』で乾杯となった。

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 静かにインディアンの来し方行く末を考えながらね。

 本場のビールは最高だったよ。アメリカ、万歳だ。

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