長江の旅 その7 大理にて

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   大理風景、問題が最後にあります。楽しみにネ?↑

音楽あり、↓クリックです!!
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 雲南省の代表的な都市である大理は、昆明の西、麗江の南に位置する白族(ぺーぞく)の都市である。

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   大理を代表する風景(洱海(アルカイ)と聖寺三塔) ↑

 都市の人口は50万ほど、その3分の2は白族(ぺーぞく)で占める。この都市には白族の歴史と伝統がそのまま残っている。

 大理は、中国のどこにでもある漢民族支配の経済拠点となる衛星都市風な新市街(下関)地区と、古い町並みの残っている旧市街(古城)地区との2つに分かれている。

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    新市街(下関)地区の町並み  ↑

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    古城地区の城門 ↑

 また、大理石の産地としても名高く、その語源ともなっている町。

 標高は2000m程あり、空がとても近く、すぐそばに4000m級の山々が迫り、気候は四季を通じ温暖、「東方のスイス」とも呼ばれている。

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 前漢代には、西南夷の地域であり、葉楡県が置かれた。

 その後、唐代では雲南洱海地区に勃興したチベット・ビルマ語族の王国である南詔国の都となり、宋代の937年には白蛮(タイ系のペー族)出身の段思平が南詔にかわって大理国を樹立し、大理は国の都となった。
 1390年に明に併合されるまで、南詔からの独立王国は、この地で栄えていた。

 僕は旧市街(古城)地区に宿を取り、この町を散策した。

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 大理はバックパッカーのメッカとのことで、町には、キリストそっくりの外人や似顔絵を描いて売っている日本人と思われる女性、町を歩く女の子を片っ端から口説く中国人などが居て、この町の風景として存在していた。

 彼等はもう、ここから当分の間離れることはないのだろうと、僕は感じた。
 外人に開かれており、居心地がすごくいい町なのだ。
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 「洋人街」という通りまであり、外人向け(日本人もここでは外人だね)に作られたレストランやカフェの看板には西洋料理や中国料理に混じって、日本料理や韓国料理のメニューまでが並んでいた。

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    「洋人街」通り  ↑

 街角のしゃれた小さなカフェは、欧米人や中国人のツーリストで溢れかえっていた。

 カフェのラタンの椅子に腰かけ、ここで4元(日本円で60円くらい)のコーラを頼み、最新の洋風音楽を聴いていると、ここが中国であることを忘れてしまうようだ。

 
 ペー(白)族は、古代羌人を祖先に持ち、宗教心が強く、仏教徒であり道教の影響も色濃く、建築技術に優れ、性格は陽気で誇り高く、また友好的で、男女とも白い色を好む。

 このペー族の人々の歴史や伝統や文化に深く触れたいと願い、僕は郊外の村へ出かけた。

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     大理近郊 周城の市場  ↑

 ペー族の人々が8000人ほど暮らしている洱海(アルカイ)の畔の町周城、そこの「ペー族レストラン」で、僕は彼等の最大のご馳走である「豚の刺身」を食べた。

 ぺー族は豚肉の刺身を食べることで知られている。ただ、この料理はご馳走ではあるが、日本人は食べたあと必ず、腹痛を起こし七転八倒するという。

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   正式な豚の刺身は、軽く焼いてから造る。 ↑

 中国の豚は、衛生的に管理された日本の豚とは違って、道端のゴミや人糞を食べて成長している。
 この豚の肉の中の寄生虫が、腹痛を起こす原因である。

 豚の生肉を食べなれているペー族は、僕等と違い免疫力が相当あるらしく、少々の寄生虫や雑菌の入った水くらいでは腹痛にはならないようである。

 アマゾンを経験している僕の胃袋もペー族並みなので、このくらいの食べ物では体がおかしくなることはないと確信し、アルコール度56度の白酒を飲みながらの豚刺しに挑戦した。(結構いけたよ。)

 そして、最高の飲み物である「三道茶」を飲む。

 ペー族伝統の民族衣装を着た女性に運ばれて、お茶が出て来る。

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 1杯目は「苦茶(クチャ)」。粗い苦味のある葉を選び、弱火で燻ってからお湯を注ぐ。
 人生の辛さと厳しさを表す。

 2杯目は「甜茶(テンチャ)」。
 お茶に、クルミ、チーズ、砂糖などを入れる。
 甘くて滋養強壮効果があり、人生の喜びを表す。

 3杯目は「回味茶(カイミチャ)」。
 お茶に蜂蜜、ショウガ、胡麻、トウガラシなどを入れる。
 複雑な味で、実に「味わい深いお茶」となる。
 人生を振り返ることを表す。

 中国のことわざに「苦尽甘来」という「苦あれば樂あり」に似た表現があり、この意味を「三道茶」は表しているという。(なかなか深い、ペー族独自の茶の文化を味わったよ。)

 

 雲南省はやはり、中国の辺境地帯、そこにはつい最近まで原始的な生活をしていた少数民族がいる。

 まず、ジノー族の登場である。
 1979年に中国55番目の少数民族として認知された民族。

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   ジノー族の夫婦  ↑

 雲南最南端のシーサンパンナのうっそうとした森林のなかに、神秘の山、ジノー山がある。
 ジノー族はそこで生活している。

 太陽を崇拝し、衣類にも太陽の図案を刺繍している。
 また、年長者を尊敬する風習があり、年長者は村の父と母として、村や公社の事務を管理している。

 また、耳たぶにあけた穴の大きさに比し人間の勤勉さが決まるため、男女とも幼少時に穴をあけ、年齢と共につけるイヤリングと穴を大きくするという風習が、いまだに残っている。

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    ジノー族の娘  ↑

 特に面白いのが、決まりを破ったものは、村中の人を食事に招待するというものである。
 軽い罪の場合は酒を10杯、重い場合は米50キロ、豚2匹と酒10升を振舞わなければならないという。(アマゾンにもこんな原住民族がいたよ。)

 また酒を欠かさない民族で、米やとうもろこしを発酵させて作った自家製の酒を飲用している。
 茶の習慣もあり、有名なプーアール茶はこの地の特産品。(痩せたい方はぜひ。)

 そして、少数民族の中でも最も人口の少ない(6000人ほどの人口)トールン族の登場となる。

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    トールン族の老人  ↑  

 トールン(独龙)族は、雲南の西北端、ミャンマーとの国境に近い独龍江沿に住んでいる。

 つい最近まで大部分は狩猟、採集、焼き畑農業を主な生活手段としており、衣服も麻布や毛皮といったものしかなかった。

 トールン(独龙)族は、現在でも原始社会末期の父系家族公社の特徴を保っている。
 女性は1950年代までは、顔面に入れ墨をする風習が残っていたため、現在でも年配の女性には文面という入れ墨が見られることがある。

 トールン(独龙)族は、お客を招くことを非常に好み、通りすがりの見知らぬ人でも家に招き歓迎する。

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   トールン族の若者 ↑

 また、信義を重んじる質素倹約な道徳意識を持っており、“道に落ちているものでも拾わず、夜間でも戸締りをしなくていい”というのが彼らの美徳として現在でも残っている。

 物質的な貧しさはあるものの、彼等の生活には現代人が見習わなければならないことが沢山あると感じた。


 ここで問題です。
  
 雲南の少数民族で結婚してもいいと思う民族は? 

 1 ジノー族 2 トールン族 3 ペー族  

 理由はコメントに書いてね。結婚となると考えますね。

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