「播磨と淡路のみち」 その43 松の島 

話は変わるが、淡路島は昔慶野松原に代表されるような松が島のいたるところに生い茂る松の美しい島であった。

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   今は相当数の松がこのように松くい虫にやられて、往時の面影はこの島にはないという。

このような状態は日本の松の運命とも言えるもので、松は本来痩せた土地を好んで成育する植物である。

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  人が頻繁に手を入れて、松の下の土の下の枯れ枝や枯葉を常に取り除いておき、松の成育している土壌を痩せさせておくと松の生育は良くなるのである。

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  今の時代のように、日本人が松を建築資材や燃料資材に利用しなくなると、松はほっておかれる状態となり、枯葉や枯れ枝は松の下の土壌に溜まる一方となり栄養の富んだ土壌となっていって、痩せた土地を好む松にとっては生育に適さない土地となってしまったのである。

淡路島の松も同様の状態で、すっかり弱ったところに松くい虫が取りつくので、この島の多くの松は枯れてしまったのである。

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   このような状態なので、今はまだ美しい松林を保っている慶野松原も、何時まで持つかは誰もわからない。

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 松林はそんな状態だが、慶野松原の前の播磨灘は古来御食国と言われていた当時と同様、今も豊富な魚資源に恵まれているようである。

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   慶野松原から、次に距離にして10km程の「ウェルネスパーク五色高田屋嘉兵衛公園」に向かった。

高田屋嘉平は洲本市五色町出身で、この公園は海商高田屋嘉兵衛の顕彰を目的として彼が埋葬されている播磨灘を一望する丘陵に開設されている。

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