台湾紀行その15   鹿港の老街、九曲巷を歩く

 老街は、中山路と並行し、埔頭街、瑤林街、大有街にまたがるエリア。

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 上図では、赤線の部分が老街である。
現在、古跡保護区に指定されていて、道の両脇にはレンガ造りや木造の家屋が並び、風情溢れる通りとなっている。
 茶芸館やお土産屋など商店も多く、週末は多くの観光客で賑わい、僕等も日曜日に訪れたので、ここはごった返していた。


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 僕等のツアーは、この老街を足早に通り過ぎただけだった。
 この街に関わるエピソードの一つでも知っていれば面白いのだが、それも知らないでただ歩いていた。

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 旅行後にネットで調べてみると、老街にはかつて人徳の有る富豪が自宅の井戸の半分を貧しい人々に使わせた、という井戸「半邊井」があり、現在は使われていないが半分だけ道に飛び出している姿だけが見られる。


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 その付近にある合徳堂は、鹿港文教基金會の創設者である豪教授の邸宅。
2階には梯子であがる勉強部屋があるのだが、この部屋で子供が勉強している間に親は梯子をそっとはずし降りられないように、嫌でも勉強せざるを得ない環境を作り出していたなどという話に興味を惹かれた。

 港町である鹿港には、細いT字路や曲がりくねった道が多く見られるが、中でも有名なのが当時の形がそのまま残っている九曲巷
 僕らはこの九曲巷を反対側から入った。出口は中山路である。
 九曲巷は旧暦の中秋節が過ぎると「九降風」という東北季節風が吹くことから、強風や砂埃を防ぐために作られた道だという。


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 レンガ造りの壁を両サイドに眺めながら、タイムスリップしたような気分に浸れる。
その昔は出入り口に扉があり、不審者の侵入を防いだ他、寒い時期には防寒空間として使われたそうである。

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 九曲巷に入り50メートルほど進むと、赤レンガと緑の瓦で作られたが渡り廊下のようなものが見える。
向かい合う建物を繋いでおり、十宜樓と呼ばれていた。

 鹿港が港町として栄えた時期、文化人たちがここに集まり、酒をたしなみ、月を愛でながら詩を詠み、優雅な一時を過ごしたのだそうだ。

 九曲巷を見終えて、僕らは鹿港見学を修了した。

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