ネットで拾った秘境部族の老人のジョーク

あるTV番組の取材班は、 秘境の部族の生活をドキュメンタリー番組に撮ることとなった。 「明日の外の収録は無理かな。この分だと雨のようだ」 どす黒くたち込めた雲を見てディレクターがつぶやくと、 側にいた部族の老人が、ぼそっと言った。 「明日は晴れじゃ...」 翌日は、抜けるような晴天だった。 取材…
コメント:0

続きを読むread more

青銅の騎手──ペテルブルグの物語── プーシキン

 序  言  この物語に書かれた事件は事実によっている。洪水の詳細は当時の記録からとられたものである。好事家はヴェ・エヌ・ベルフの編纂になる記事によってただすことができる。   序  詩 荒寥とした水の岸辺に、 彼*はたっていた、偉大な思いにみちて、 そして遠くを眺めていた。彼の前には広々と …
コメント:0

続きを読むread more

探険家列伝第1部 その4 南極に魅せられた探検家たち-奇跡の全員生還

 求む男子。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保障なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る。  これは南極探検隊員を募るシャクルトンの求人広告である。      アーネスト・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton ,1874年2月2日 - 1922年1月5日)はアイルランド…
コメント:0

続きを読むread more

謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅その6 宗谷岬にて(最終回)

 宗谷岬、ここが今回の旅の最終目的地であり、ここで平成23年度9月の「天塩川の旅」は終わりとなり、あとは小樽へ戻ってそこからフェリーに乗って帰るだけである。  早速「日本最北端の地」と記された石碑のある方へ向かった。  その途中には間宮林蔵のりっぱな像が立っている。  少し離れて、日本最北端の地と記された石碑が建てられて…
コメント:0

続きを読むread more

ブラジルの笑い話 その37 何か「力」が欲しい

男は人生に疲れ果てて嘆いていた。 「ああ、俺には何の力も無い。腕力もないし、経済力も無い。 権力は手にしたこともないし、魅力なんてどこにもない。 ああ、何でもいい、何か"力"が欲しい!」 そこへ神様が現れた。 「うむ、お前に一つだけ"力"を授けよう。どんな力でも良い。 欲しい力を言いなさい」 男は信じられない気持ちで考え込…
コメント:0

続きを読むread more

2020年7月19日  大石川釣行第二ラウンド

 第一ラウンドを終了後、朝食場所まで車で移動した。昼食場所はいつも利用している、ワキノ沢の近くにある小高い丘の上の大石川の展望所である。   「清流大石川を守ろう」としっかりと書かれた看板が実に気持ちよく、素直に「今日もしっかりとマナーを守りながら楽しく釣りをしよう」という気持ち…
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その14  金沢城石垣巡りを終える 

 ここは土橋門石垣である。  土橋門を説明する立札が立っていたので掲載する。  この石垣は「切り石積み」の技術が用いられ、石垣に組み込まれた六角形の石は亀甲石で、水に親しむ亀を表していて、防火の願いが込められていた。    ここは数寄屋敷石垣である。 こ…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その19  高雄で道教寺院「慈濟宮」を見学

慈濟宮は龍虎塔の道路を挟んで反対側にあり、台湾の民間信仰の道教寺院でもある。  主祭神は病気平癒の医神“保生大帝”で、中国・宋の仁宗の時代(11世紀)にその皇后の難病を全快させた名医“呉本”を指すと言われている。 先ほどの龍虎塔はこの慈濟宮の一部と見なされている。慈濟宮に入ってみたが、いかにも台湾という感覚の装飾が施され、赤と金で…
コメント:0

続きを読むread more

ウホっ!危ないウホっウホっ!

自動車教習所での思い出。 あれは路上デビューの日のこと。 教官「ウホっ!危ないウホっウホっ!」と突然のゴリラ語。 緊張している私を和ませてくれてるのか、ただのバカなのか、と思っていたら、数分後、 教官「ほら今度はサホっ!」 ・・・ 緊張し過ぎてました。 「ウホっ!ウホっ!」=「右方!右方!」と気付くまでの数…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その12 ビュースポットの風景にくぎ付け

 能登中島駅を出発して、しばらく山の中を走って再び海岸線に出ると、そこに沿線で一番のビュースポットが広がった。   上地図の中島町深浦地区である。  電車はこの場所でしばらく停車し、観光客はカメラを構えてシャッターを押していく。  見れば見るほどうっとりする風景で、何枚か撮った写真の中に、空を飛行するトビまで写り込んでいた。  次…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その13  三徳山三佛寺に到着 

このホテルだが朝食付きで6900円という値段で、鳥取で泊まったホテルよりかなり高く施設設備もより高級感があり、気分よく倉吉のこのホテルでの二日間が過ごせそうに感じた。  夕食は近くに店を構えている「すき屋」で820円の鉄火丼セットを食べた。夜の睡眠も、何の支障もなく眠れた。 …
コメント:0

続きを読むread more

山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その4

参考資料 内山節講演 (希望とか幸せの形が見えて来るかも・・・) https://youtu.be/y2TXhP5oJoU  この満腹状態で、やまびこ荘で少し休んで、再び中ノ沢へ釣りに出掛けた。  塩ノ沢は水の量が極端に少なく、とても釣りどころではなかった。  中ノ沢の、浜平方面から神流川本流が流れ込むあ…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第1部 その4 南極に魅せられた探検家たち-奇跡の全員生還

     求む男子、至難の旅。わずかな報酬、極寒、暗黒の日々、絶えざる危険、生還の保障なし。  成功の暁には名誉と賞賛を得る。  これは南極探検隊員を募るシャクルトンの求人広告である。    アーネスト・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton ,1874年2月2日 - 1…
コメント:0

続きを読むread more

謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅その5 間宮林蔵渡樺の地にて

 宗谷岬先端部の2〜3km手前に「間宮林蔵渡樺出航の地」がある。宗谷岬へ向かう前に立ち寄った。  間宮林蔵は、江戸時代末期の19世紀初頭、日本の北辺に20年以上滞在し、蝦夷・千島列島・樺太において数々の業績を残した探険家。  とりわけ樺太・東韃靼の探査では間宮海峡を発見し、その名を世界地図上に残した。  この案内板に…
コメント:0

続きを読むread more

2020年7月19日  大石川釣行第一ラウンドⅡ(K)

第一ラウンド後半戦は、赤□で囲った流域で勝負する。  釣り場まで歩いて行く間中も、第一ラウンド後半戦は大物の出るような予感がしてきて、高ぶってくる心を静めながら、一歩一歩しっかりと歩いて行く。本命の格好の石裏が続く場所は、今は素通りしていく。その向こうは、大石川の流れが中州によっ…
コメント:0

続きを読むread more

山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その3

 車を塩ノ沢に進め、国民宿舎やまびこ荘に向かった。  今日の宿泊場所のやまびこ荘は、イメージしていたよりずっと格調のある建物だった。  内部も絵画が適度に配置され、家具なども工夫されていた。  少し良すぎる今晩の宿舎という印象で、そこそこのホテルの宿泊と同じだと思った。  部屋に荷を置き、少し部屋で休んでいる間に、時…
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その13  金沢城で石垣巡りにチャレンジ

 足軽資料館から他のところにも行ったが、それは省略する。 このあと今日の宿泊先であるホテルエコノ金沢駅前に入り、部屋の中で、金沢駅で買った中華弁当を食べて夕食とした。 翌5月23日(火)、金沢の2日目であるが、金沢城と小立野大地の石曳の道を巡る上のような日程を組んだ。まず、金沢…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その18  高雄に到着、まず蓮池潭見学

高雄は、台湾第二の都市で、台湾南部に限れば第一の都市。寿山というテーブル状の大きな台地(標高200m)のふもとに位置し、海からの目当てになる山と、旗津という名の砂州に保護された潟があり、古くから良港として知られていた。 日本統治が始まる以前から日本統治期間にかけての市街地は、愛河(日本統治時代の高雄川)の西側、寿山山麓に位置し…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その11 「里山里海号」で七尾湾沿線の旅

翌5月18日(木)は、朝から気持ちの良い晴天だった。  朝食はホテル・ルートイン七尾駅東で、おかゆと梅干しを中心に軽く済ませた。 今日は午前中に予定していた一本杉通り散策を取りやめ、偶然に乗った能登鉄道観光列車「里山里海号」で、大相撲の遠藤関の出身地である穴水町まで、絶景の七尾湾沿線の旅を楽しんだ。 「里山里海号」は、穴水ー七尾間…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その12  倭文神社を歩く 

この神社までの道は相当険しい山道で、少々怖くなったが無事にここまで来た。この階段を上がって、本殿までこれから歩いていく。倭文神社のことについて書かれた説明看板が建っていたので、立ち止まって読んだ。 倭文神社は伯耆の国の一之宮で、御冠山の中腹に位置し、広く安産の神として信仰されて…
コメント:0

続きを読むread more

山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その2

 車は峠を、上野村に向かって降りていく。  昇る時と同じくらい苦労して峠を降りて行き、しばらくすると、右手に絶好のポイントを有する沢の流れが始まった。  ここで降車して、ぶどう峠の方を振り返った。  今来た道を少し戻って左折すると、その道は御巣鷹の尾根に続く。  1985年8月12日に日航ジャンボ機(JAL123便…
コメント:0

続きを読むread more

探険家列伝第1部 その3 南極点に魅せられた男たち・・・・男たちの熱き戦い!!

 南極の探検史をひもといてみる。  南極探検の歴史は、20世紀初頭に命を賭けて,残された最後の大陸に挑んだ3人の男たちの存在抜きには語れない。それでは、男たちの勝負の舞台となった南極探検の歴史を調べてみる。  1772~75年 キャプテン・クック(英) 初めて南極探検 (エンデバー号での太平洋の調査等や壊血病をビタミン摂取によ…
コメント:0

続きを読むread more

謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅 その4 声問川にて

 稚内には抜海岬、ノシャップ岬、声問岬、宗谷岬という4ケ所の岬がある。すでに2ケ所を見たので、今度は3ケ所目の声問岬を目指す。  道道238号線を宗谷岬に向かって15〜16km程走ると、「声問川」の大きな看板が目に飛び込んで来た。道の左手には声問橋と書かれた背の高い看板がある。    司馬遼太郎は旅に出る前に…
コメント:0

続きを読むread more

CONVERSATION PEACE スティーヴィー・ワンダー

 音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I  スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder, 本名:Stevland Hardaway Judkins, 1950年5月13日 - )はアメリカのミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。歌のほか、様々な楽器を演奏…
コメント:0

続きを読むread more

山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その1

   信濃川の源流を訪ねる旅は終わり、2002年7月31日、旅の2日目はいよいよ山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅である。  7月30日午前7時10分、朝飯を食べるとすぐ宿舎の金峰山荘を発ち、上野村へ向けての旅が始まった。  早朝の川上村を昨日のルートとは別のルートで走り抜けた。  川上村はまさしく高原野菜の村…
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その12 足軽の清水家を見学  

家の前に「足軽」の説明看板が立っていたので、それを読んでみた。 「足軽とは戦闘時に駆り出される歩兵のことを指す。戦国時代には弓・鉄砲の部隊を編成して活躍したが、江戸時代には武士の最下層に位置づけられた。」と書かれていた。  それでは江戸時代最下層の武士の家に入っていく。 足軽…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その17  日本の台湾統治時代と八田與一のこと

王ガイドはまた、八田與一についても話した。僕は司馬遼太郎の台湾紀行を事前に読んでいたので、彼のことは知っていた。  司馬遼太郎の台湾紀行には印象に残る傑物が大勢登場し、台湾紀行の格式をグレードアップさせる役割を演じているが、僕が台湾紀行の中で特に惹かれたのが元中華民国(台湾)総統の李登輝、そしてもう一人が日本の水利技術者で日本統治時代の…
コメント:0

続きを読むread more

20キロオーバー

警官  「20キロオーバーですね。免許証出して」 釣り師  「ちょっとぉ、勘弁してくださいよ。スピード違反の車なんていっぱいいるのに、なんで俺だけ捕まるんすか?不公平じゃないですか。ほら、今だってスピード違反してる車はたくさん通ってますよ」 警官  「あなたね、釣りをする人が、川にいる全部の魚を釣ろうとしてる…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その10 能登島をドライブ

「須曽蝦夷穴古墳」から10分ほど走って、ひょっこり温泉に着いた。 ひょっこり温泉は、波静かな七尾湾にひょっこり浮かぶ能登島の中心部にある、日帰り天然温泉施設である。 約2,000平方メートルの建物には、サウナやジャグジーを備えた和風・洋風の大浴場があり、一週間交代で“男湯”と“女湯”が入れ替わるという。 しかし何よりも興味深いのは…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その11  夏泊を経て倭文神社に到着

鹿野町の次は黄☆印の夏泊漁港である。 長尾鼻の西海岸沿いの崖下にあるこぢんまりとした漁港で、亀井玆矩が朝鮮出兵の際に知り合って因幡に来るように誘った筑前の漁民が開いた港とのことである。  鹿野町を出て20分ほどして、魚見台という絶景ポイントに到着した。 この場所は気高町の国道…
コメント:0

続きを読むread more

2020年7月19日  大石川釣行第一ラウンドⅠ

7月に入ると連日雨の日ばかりで、九州熊本を中心とする豪雨被害と、連日拡大するコロナ感染の話題に気を取られているうちに7月の半分が過ぎた。7月16日からようやく日差しが戻り、4日間連続で晴れが続いた7月19日(日)に、ほんとうに久しぶりに関川村に釣りに出かけた。去年も7月からの釣りは大物山女を狙っての釣りと決めていたが、今年も大物山女を求…
コメント:0

続きを読むread more

奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その2

 荒神社の社を後ろから道なりに左廻りし、森を下っていくと姫川源流はそこにあった。  まさに案内書のとおり、源流は荒神社の境内の下から湧き出ていた。  今は渇水期なのだろうかそう水の勢いはなかったが、それでも湿地に生息する植物類の間から噴出すように流れ出ていた。  境内の上から若い女性グループが感嘆して、さかんにカメラのシャッ…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第1部 その2 北極点を目指した男たち

 人類拡散の歴史を逆方向から辿った関野を1番目に取り上げたが、2番目は北極点を目指した探険家で、西洋人として最初に北極点に到達したロバート・エドウィン・ピアリー、そして日本人からも、河野兵市を紹介する。  北極点探検の歴史は、大航海時代の頃から、探検家の足跡が歴史として残っており、まず、オランダのバレンツあたりからスタ…
コメント:0

続きを読むread more

謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅その3 ノシャップ岬にて

 国道40号線を北へ、稚内方向へ向かう。  向かう先は野寒布岬(のしゃっぷみさき)、ノシャップはアイヌ語でノッ・シャムといい「岬が顎のように突き出たところ」「波の砕ける場所」の2つの意味があるという。  この丘陵の左端が海に落ちるところが野寒布岬である。  司馬遼太郎の「オホーツク街道」冬の旅にはノシャップ岬はこんな…
コメント:0

続きを読むread more

「何を数えているの?」

おばちゃんが橋を渡ろうとすると、橋の真ん中で欄干から川をながめながらぶつぶつ言っている学生風の男に気付いた。 男とすれ違った時、橋の真ん中にいた男が「21、21、21……」と言っているのが聞こえた。 おばちゃんは一旦通り過ぎたが、どうしても気になり、引き返して男に尋ねた。 「何を数えているの?」 すると、男は…
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その11  高田家跡と足軽資料館

次に、赤←の道方向に大野庄用水沿いの道を歩いて、旧加賀藩士高田家跡と足軽資料館に行った。 まず、旧加賀藩士高田家跡である。ここには金沢市指定保存建造物の長屋門や、大野庄用水から水を引き入れて作られた池泉回遊式庭園があり、厩や仲間(奉公人)部屋や納屋なども備わり、江戸時代の武士の…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その16 台湾紀行 檳榔(びんろう)の話

鹿港見学後、僕等のツアーは、今日の宿泊地である台湾の南に位置し台湾第2の人口を誇る高雄に向かった。 日程表では3時間の行程と書かれていたが、実際には2時間半で着いたので、午後4時ころの到着となった。  鹿港-高雄の行程は黄色の実線部分で、ほとんど高速道路。  バスの中は半分眠って、半分は王ガイドの話に耳を傾けていた。王ガイドは檳榔…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その9 須曽蝦夷穴古墳にて

 須曽蝦夷穴古墳の駐車場に車を停めて、正面の道を歩いていく。 150m歩けば、須曽蝦夷穴古墳に到着である。七尾市能登島須曽町に所在するこの古墳は、660年頃の古墳時代後期に造られた横穴式の方墳で、日本の古墳には例が少ない高句麗式の構造を備えている特徴がある。今回の旅は、日本と朝鮮…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その10 鹿野城址跡近辺を散策

これから、鹿野城址跡近辺を散策する。 まず、鹿野苑と書かれた門の中に入って行く。城下町がすべて鹿野苑(インド北部のバラナシ郊外のサールナートの地で、釈迦が悟りを開いてのち初めて説法した所)ということであるが、その中でもこの門の中は城鹿野苑の天守閣のような気がして、少々緊張しなが…
コメント:0

続きを読むread more

偉人と遊ぶ釣り師

その1 いっそ釣り師にでもなって ああ生きるのがこんなに難しいものならば、いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。 by林芙美子(日:作家) ああ生きるのがこんなに難しいものならば、いっそ釣り師にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。 by ジュンチ…
コメント:0

続きを読むread more

奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その1

 姫川の源流で渓流釣りをする機会を持った。  姫川は河川総延長距離がたった58km、しかしその平均勾配は1000分の13ということで、まさに日本の川の典型のような短い急流の川である。  姫川は名前も美しい、その急峻な流れも美しい。  川の名前のルーツは古事記にまでさかのぼるが、古代、姫川下流の越(高志)の国に、奴奈川姫という才色兼…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その9 源流にて(ファイナル)

   セネシオの繁茂するルェンゾリ(月の山)    ナイル河には三箇所の源流地点がある。  一つ目は、1862年に、探検家スピークが発見したビクトリア湖から流れでる川の最上流地点である。そこにはナイル河源流の碑が建てられている。この地点は、一般的にはナイル河の源流として大多数の人々に受け入れられている。   …
コメント:0

続きを読むread more

謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅その2 抜海岬にて

  司馬遼太郎の「オホーツク街道」冬の旅には稚内付近はこんな風に紹介されている。  『地図をひろげてみた。こぶしをつきだして親指を立てると、稚内半島である。低い丘陵が背になっている。親指の爪の先が野寒布岬である。さらに人さし指を立てると、その指先が宗谷岬で、親指と人さし指のあいだの海面が、宗谷湾としてひろがっている。』 …
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その10 大野庄用水沿いと土塀のまちなみを歩く

武家屋敷跡野村家の見学を終え、再び長町武家屋敷の通りに出た。 武家屋敷跡野村家の真ん前が大野庄用水に架かる一の橋となっている。ところで、大野庄用水はいつどうやって開削されたかは明確ではないが、天正年間(1573~91年)に完成したと伝えられていて、金沢で最も古い用水となっている…
コメント:0

続きを読むread more

動画 (台湾紀行  その2 鹿港)

動画 (台湾紀行  その2 鹿港)     この旅は、「びっくり台湾ぐるり周遊5日間」と銘打ち、その旅の間に、台中、日月潭、鹿港、高雄、台東、花蓮、太魯閣、九フン、台北などを見て回る旅。 今回は鹿港である。   動画をクリックです!! ↓↓ http://www.youtube.com/…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その15   鹿港の老街、九曲巷を歩く

 老街は、中山路と並行し、埔頭街、瑤林街、大有街にまたがるエリア。  上図では、赤線の部分が老街である。現在、古跡保護区に指定されていて、道の両脇にはレンガ造りや木造の家屋が並び、風情溢れる通りとなっている。 茶芸館やお土産屋など商店も多く、週末は多くの観光客で賑わい、僕等も日曜日に訪れたので、ここはごった返していた。  僕等のツア…
コメント:0

続きを読むread more

学校になんか行きたくない

ある早朝のこと、母親が息子を起こすために部屋に入って言った。 「起きなさい。学校へ行く時間ですよ!」 「ママ、僕学校になんか行きたくない、家でもっと寝ていたいよ。」 「なぜ行きたくないの?その理由は!」 「生徒たちは僕のこと嫌ってるし、それに先生たちまで僕のこと嫌ってるんだ!」 「そんなの、理由…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その8 能登島ドライブの旅の始まり

 院内勅使塚古墳を見終えると、昼食のために七尾市街に戻った。昼食は上地図の能登食祭市場である。この市場の正式名称は七尾フィッシャーマンズ・ワーフ・能登食祭市場といい、七尾市の姉妹都市であるモントレーが位置するアメリカ合衆国カリフォルニア州の沿岸都市に多く見られる観光地「フィッシャーマンズワーフ(漁師の波止場の意味)」を参考に建設された。…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その9 白兎神社参拝

 白兎海岸を見終え、すぐ近くにある白兎神社に向かった。 白兎神社は白兔神を主祭神とする神社で、白兔神とは因幡の白兎のことである。神社の創建の由緒は不詳であるが、かつては兎の宮、大兎大明神、白兔大明神とも呼ばれていて、戦乱で消失したこの神社を鹿野城主だった亀井茲矩が慶長年間に再興し…
コメント:0

続きを読むread more

君と代わりたい

社長「君はまた一時間遅刻したね?いったい何時に仕事が始まるのか知ってるのかね?」 新人社員「いいえ、社長。私がここに着くと、いつもみんな仕事をしてるので」 社長 「君と代わりたい」 新人社員 「いつから・・・・」 こんな笑い話が通用したコロナ以前の会社が懐かしい( ^)o(^ )
コメント:0

続きを読むread more

2020年6月30日  大石川釣行 第2ラウンド

第一ラウンドが終わってすぐに朝食の準備である。準備もいたって簡単で、車の荷台に積んであるコンパクトな折り畳みの椅子を2個組み合わせてテーブルを作る。   シングルバーナーストーブの上でお湯を沸かしている間に、朝食で食べるものをテーブルの上に配膳していく。  今日の朝食はカツサンド…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その8 ウガンダにて

↑これは「ハンガーマップ(Hunger Map)」という世界地図です。  地図の色分けの意味は次の通りです。  緑色・・・十分に食料がある国(平均寿命の長い先進地域)  黄色・・・とりあえず食料がある国(それなりの国々)  赤・・・著しく食料が無い国(平均寿命の短い後進地域が多い。アフリカは、ほぼここで…
コメント:0

続きを読むread more

謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅 その1

 これから、謎の海洋民族であるオホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅のスタートをする。  今回の旅はその序章ということで、本格的な旅は来年度以降ということになるが。  平成24年度から「グレートジャーニーⅠ(街道を行く;国内編)をスタートさせる予定で、そのスタート地点を日本最北端の地である稚内市の宗谷岬にするという計画はもう既に…
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その9 「武家屋敷跡野村家」に到着

西茶屋街を出てバスに乗り、金沢一の繁華街である香林坊でバスを降りた。 この辺りは背の高いビルが林立するあか抜けた街である。 ここを赤→のように歩いて長町武家屋敷に向かうのだが、その前にせせらぎ通り商店街の洋食屋で昼食とした。 洋食屋の名前は「RYO」と言う。 食べたのはこ…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その14  鹿港見学 その2

 それでは、鹿港見学に入ろう。  まず、最初は中山路から天后宮に向かう。それから老街(古市街)、九曲巷と、休日の日曜日でごったがえす鹿港の街を見学する。  鹿港のメインストリートである中山路は、燈籠や中国刺繍、錫物など伝統工芸品の店が多数あることで知られ、200年前の黄金時代には五福大街という名で、現在と同じく鹿港で最もにぎやかなエリア…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その7 院内勅使塚古墳へ

実際には行かなかった七尾城跡の代わりに、七尾市街地から南南西へ6km、JR徳田駅から徒歩5分の位置にある院内勅使塚古墳に行った。車で20分ほどでJR徳田駅に到着、駅で電車待ちをしていた七尾東雲高の生徒と思われる男子高校生達に院内勅使塚古墳までの道順を聞き出して、さっそく歩き出した。こんな王朝時代の香りのするようなのんびりした田舎道を10…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その8 「神話の地 白兎海岸」にて

 陸橋を渡り白兎海岸に向かうと、海岸前に「神話の地 白兎海岸」の立派な標柱が建っている。  標柱の隣の説明看板を読んでみた。  高草郡に住んでいた兎が洪水で於岐の島に流され、兎は陸へ戻りたいばかりに近海のワニザメをだまして陸へ戻ったので、ワニザメは怒って兎の皮をはぎ、赤裸にし…
コメント:0

続きを読むread more

2020年6月30日  大石川釣行 第1ラウンド

6月3回目の釣行となる今回も、前回に引き続き大石川を釣る。前回同様午前5時頃に新潟の家を出て、コンビニで食料を買い、30km程の長さの新新バイパスを30分ほど走って、いつものように新発田から国道290号線に入った。15分ほど走ると、右折すれば胎内スキー場に行ける鼓岡の赤信号の信号機の下に、関川村旧女川集落の霊峰である「光兎山」が微かに見…
コメント:0

続きを読むread more

サロベツ川の旅  その6 3回戦、最終戦も完敗

   3回戦は、サロベツ原野が舞台のイトウ釣りの最終戦。  兎に角台風15号の動向を見ながらの日程調整となっているので、今回のイトウ釣りは、赤③の開運橋が最後の舞台となった。  開運橋上からサロベツ川上流方向を眺めたが、川面に白い雲が浮かんでおり、いかにも大物イトウが潜んでいそうな気配。…
コメント:0

続きを読むread more

ブラジルの笑い話 その36 ハエ 

客「おい、ウエイター。ちょっと来てくれ」 ウエイター「何です、旦那?」 客「これを見ろ。俺の頼んだスープでハエが泳いでいるじゃないか」 ウエイター「ああ、こんなの無視すればいいんですよ。ハエの奴、自分が泳げることを自慢してるだけですから」
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その8 寺町寺院群から西茶屋街へ

加賀藩第三代藩主前田利常が事実上造り上げた寺町寺院群は70近くもある寺からなっている。 赤四角で囲った妙立寺を中心にこんなにあるので、全部回ることは1日がかりの仕事になってしまうので、黄四角で囲った三寺だけを見て回った。 まず、西方寺である。この寺は前田利家の六女菊姫の菩提寺…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その13  鹿港見学 その1

 昼食後は青丸で囲まれた赤い2番の場所「鹿港」の見学である。  鹿港は台湾西岸の中間に位置し、清の統治時代には天然の良港として商業の中心地として発展した。鹿港一体は台湾原住民平埔族のうちパゼッヘ族の居住地だった。なお平埔族(へいほぞく)は、台湾原住民のうち西部の平野部に住む民族を指す総称である。  元々は、台湾の平野部全域に居住…
コメント:0

続きを読むread more

「純情小曲集」より「旅上」(萩原朔太郎)

ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん 汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ 五月の朝のしののめ うら若草のもえいづる心まかせに
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その6 七尾城跡前で 

近くにいた人に聞いたら車で10分ほどでいけるという七尾城跡や城山展望台だが、レンタカーを完全に把握してないこともあり、理性が慎重に行動することを要求したので、今回は城跡へ行くのはやめて、懐古館や七尾城史資料館を見るにとどめた。 懐古館は旧飯田家の建物である。 約200年前に建てられた茅葺き民家で、戸を取り払うと大広間になる間取りも能…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その7 宇倍神社散策

 10分程で宇部神社に到着した。  宇部神社は、因幡の国の一宮である。孝徳天皇大化4年(648年)の創建と伝えられ、延喜式では鳥取県で唯一の名神大社(延喜式神明帳に記載のされた神社の中でも重要とされ、特別の社格が与えられた神社。)となっている。 この鳥居をくぐってこれから社殿…
コメント:0

続きを読むread more

ブラジルの笑い話 その35 右足 

老人が右足が痛いといって医者にかかった。 医者「うーん、検査の結果では特に異常はありませんね。」 老人「じゃあ、この痛みは何です?」 医者「まぁ、お歳のせいでしょう。」 老人「先生、いいかげんな診断は止めてくださいよ。」 医者「どうしてです?」 老人「だって先生、左足も同い歳ですよ」
コメント:0

続きを読むread more

ナイル河の旅 その6 スーダン南部

     牛と共生生活を送るディンカ族 ↑(問題は最後ダヨ、) 音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  スーダンは現代アフリカの縮図であり、とりわけ南スーダンはその典型と言える。  それは、誰もが連想する貧困、飢餓、感染症による病…
コメント:0

続きを読むread more

サロベツ川の旅  その5  2回戦も敗退!!

2回戦は②のパンケ沼が舞台となる。   パンケ沼の概要だが、幌延町に位置し、面積は3.47km2、アイヌ語で「下にある沼」を意味する。(ペンケ沼はアイヌ語で「上にある沼」の意味)、海の一部が閉塞されてできた海跡湖で、沼とその周辺は泥炭地となっている。  天塩川河口域からの海水がサロベツ川を経由して流入するため汽水環境が保たれ、ヤマトシ…
コメント:0

続きを読むread more

ブラジルの笑い話 その34 寿司

ジロー「なあ、入院してるおばあちゃんにお見舞いに何もっていく?」 サブロー「うーん、ばあちゃんの大好物の寿司がいいんじゃないか」 ジロー「寿司?おいおい、病人に寿司はないだろ。」 サブロー「なんで?この間見舞いした時も、食べたいって言っていたよ」 ジロー「馬鹿だなあ、寿司は生ものだからだめなんだよ」 サブロー「なんで生…
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その7 金沢2泊3日の旅はまず忍者寺から

 これから、2017年5月22日(月)から2017年5月24日までの金沢の旅となる。 これは能登半島を旅した後に、北陸新幹線の開通2年後でますます賑わう金沢の町を2泊3日で旅した紀行である。  2泊3日の日程はこのようなものである。 金沢駅に到着するとすぐに北鉄バスの1日フリ…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その12  台中での昼食は飲茶で

文武廟の見学を終えると、僕らのツアーは再び台中に戻り、そこで昼食となった。  阪急交通社の委託を受けてこの旅行のガイドを出している台湾の金品旅行社の専属ガイドの王さんは、ちょうど24名の僕らのツアーを8名ずつ3組に分けた。  数名のグループ参加から一人参加まで幅広い旅行参加形態なので、最初からこういう分け方をしてくれると旅行者も楽、特に…
コメント:0

続きを読むread more

ブラジルの笑い話 その33 歯医者

母親が歯が痛くて泣き喚く子供を歯医者に連れて行った。 治療が終わって会計に呼ばれた。 「150レアルです」 子供の母親は驚いて言った。 「先生、確か1本治療するのに30レアルではなかったのですか」 「お母さん。確かにそうです。しかしあなたのお子様が泣き喚いたために、 治療中に待合室から4人の子供が治療も受けずに帰…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その5 国守の印と、正倉を祀る印鑰(いんにゃく)神社を見学

印鑰神社の次に、30分ほどかけて能登国分寺跡に向かった。 この黄矢印の地点の能登国分寺公園内に能登国分寺跡がある。 まず能登国分寺展示館に入って、国分寺跡の概要を知り資料等をいただいた。 能登国分寺は、かつてこの地方を支配していた能登臣(のとのおみ)の一族が白鳳時代末に建てた大興寺を、843年に国分寺として昇格させたものである。 能…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その6 因幡国庁跡を訪ねる

  身体も頭もすっきり回復して、この夜はぐっすり眠れた。 翌日の朝食も、ホテルで美味しくいただいた。 旅も3日目となったが、今日からはレンタカーを借りて3泊4日で鳥取県を旅することになる。 レンタカーの旅となったことでようやく因幡・伯耆の旅が楽しめそうである。 当初の計画も一部分変更した。 …
コメント:0

続きを読むread more

ブラジルの笑い話 その32 死亡証明書

ある男が入院生活の末病院で亡くなった。 主治医「奥さん、このたびはご愁傷様です。それで大変お辛いところ申し訳ありませんが、こちらの死亡証明書にサインしていただけますか」 妻「・・・はい。」 主治医「奥さん、そこは私がお書きしますよ。そこは死因を書く欄ですので・・・」 妻「ハイ、だから先生の名前を書いているんです。」
コメント:0

続きを読むread more

ガルシア・ロルカの『ジプシー歌集』から夢遊病者のロマンセ

ラテンアメリカは大航海時代のスペイン、ポルトガルに発見され植民地化されて今日に至っているので、良かれ悪しかれ、この両国の影響を今でも引きずっている国々がほとんどである。 この両国の好みがラテンアメリカ人気質にも反映して、ロルカはラテンアメリカ人には人気のある詩人である。 彼は、多芸の人で音楽家、ピアニスト、画家等も兼務し、その才能を発揮…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その5 ハルツーム

   青ナイルのほとりで  ナイル河の旅、アブシンベルを南下すれば、そこはスーダンの国となる。  「スーダン」、アラビア語で「黒い人」を意味する。もともとスーダンは西アフリカから東アフリカに至るまでのサハラ砂漠以南の広い地域を指す地域名称。  現在のスーダンは、歴史的には東スーダンと呼ばれた地域。 …
コメント:0

続きを読むread more

サロベツ川の旅 その4  最初のキャスト!!

音類橋はサロベツ川下流部に架かる橋、釣り場案内の①のポイント。  このポイントを神様神川竜一にすがって釣る。  彼の初心者でも三日以内にイトウをキャッチする方法どおり、イトウにアタックする。  タックル装備は1. ロッド(1.7~1.9mのミディアムライト、ライト、ミディアムのロッド)     僕の場合は、2.7mミディアムのロッド …
コメント:0

続きを読むread more

金沢紀行 その6 「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」を散策

「金沢しつらえ」で昼食を終え、店の外に出た。  店の入り口には、浴衣を着た二人の若い女性が店先で中をのぞき込んでいた。 僕の方はこれから「ひがし茶屋街」の散策である。 「ひがし茶屋街」の正式な地名は東山ひがしで、ここは重要伝統的建造物群保存地区となっている。 南北約130m…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行(動画) その1 日月潭

台湾紀行(動画) その1 日月潭     この旅は、「びっくり台湾ぐるり周遊5日間」と銘打ち、その旅の間に、台中、日月潭、鹿港、高雄、台東、花蓮、太魯閣、九フン、台北などを見て回る旅。 その最初の旅先は、台湾随一の景勝地日月潭 。 クリックです!! ↓http://www.youtube.com/watc…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行その11 文武廟を行く その3

そして最後が、「崇文」の館である大成殿(後殿)である。  ここは、武聖殿と大成殿(後殿)を繋ぐ階段で、この階段脇の画面中央に九頭の龍の彫刻がある。その階段を上がると大成殿である。  文武廟大成殿は全台で唯一正門を開いた孔子廟である(一般の孔子廟は平常閉まっている)。 ここの管理者によると、日頃から参拝客が多いため、出入りの安全…
コメント:0

続きを読むread more

ブラジルの笑い話 その31 このスープ飲めない

ある男、スープを注文する。10分後、スープが運ばれてくる。 なにやら不機嫌そうな男、ボーイを呼び止める。 男「おい、ボーイ、このスープ飲めないよ。」 ボーイ「かしこまりました。料理長を呼んできます。」 男「おい、料理長、このスープ飲めないよ。」 料理長「かしこまりました。店長を呼んできます。」 男「おい、店長、こ…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その4 石川県立七尾美術館で長谷川等伯展を見学

山の寺寺院群をさわりだけ散策して、これから石川県立七尾美術館に向かって歩いていく。   靴の調子も心配しながら、その後20分以上歩いて七尾美術館に到着した。 七尾美術館はドーム型の七つの屋根が特徴的な能登唯一の総合美術館で、能登にゆかりのある作品を中心に優れた作品を展示している。 春には、桃山時代に活躍した七尾出身の画家である長谷川…
コメント:0

続きを読むread more

因幡と伯耆の旅 その5  馬の背の頂上制覇

砂丘で一番低いオアシスから砂丘で一番高い馬の背を目指して歩き始めた。思ったよりずっと砂丘は急傾斜で、身体を思いっきり前かがみにして一歩一歩足を踏ん張りながら砂丘を登っていく。 皆さん汗を流しながら頑張って登っている中で、一人だけ砂丘の坂を気持ちよさそうに駆け降りている男がいて、帰…
コメント:0

続きを読むread more