因幡と伯耆の旅 その16  「倉吉千刃」を見る

「なしっこ館」の次に、倉吉博物館・倉吉歴史民俗博物館に行った。

 
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館内では主に考古・民俗・美術部門の資料を展示しており、美術部門では、郷土ゆかりの作家である前田寛治や菅楯彦などの作品展示をはじめ顕彰事業、企画展などを行っている。
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美術部門は最初から見る予定はなく、民俗資料の展示コーナーに一直線に向かった。
ここには、倉吉市および周辺地域の遺跡から発掘した重要文化財を含む考古資料、千歯扱きや倉吉絣、太一車など明治・大正時代を中心とした民俗資料が常設展示されている。
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江戸時代の話になるが、因幡の国は米を中心とする農業で成り立っていた日本全国どこにでもある国だったが、倉吉がある伯耆の国は商工業で栄えていた。
江戸時代をどう捉えるかということは色々諸説があり、通常には徳川幕府を中心とする武士が社会を支配していたということになる。
司馬さんは「街道をゆく 因幡と伯耆のみち」の中で、江戸時代は米を中心とする文化の他に、一般庶民を中心として商品経済が非常に進んだ時代だったと捉えている。
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江戸時代の中心的な商品は「鉄製品」と「木綿」で、倉吉を中心とする伯耆の国は出雲の国の延長として、砂鉄から鉄製品を造る文化が発達していた。
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中でも倉吉の町を有名にしたのがこの「倉吉千刃」であり、今回はこれを見るためにここに来たようなものである。
倉吉の商人たちは、「倉吉千刃」と、同じように町のヒット商品となった「倉吉絣」を、富山の薬売りや近江商人同様に、全国を巡回しながら売り歩いた。
これらの商品が倉吉に莫大な富と財を呼び込み、町に繁栄をもたらしたのである。
倉吉の倉の風景は、そんなかつての栄華を物語っているという。
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「倉吉千刃」の残影を抱きながら、「赤煉瓦の町倉吉」のど真ん中に位置する日本料理屋「飛鳥」で、昼食とした。
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食べた料理は「みちくさ」という、地元の食材を使用した美味しい和食で、値段は1296円である。
いっそう、食事後の「赤煉瓦の町倉吉」の散策が楽しみになった。

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