甲州街道と佐久平みち その2 武田神社宝物殿などを見る


武田神社は甲府市古府中町にある神社で、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地に建てられている。





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 この神社は、武田信玄を祭神としている。



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 神社に参拝してから、この宝物殿に入った。



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 宝物殿は、軍配を持ったこの信玄公像のみが撮影が許可されていたので、これだけを宝物館の中で撮った。

宝物殿は、昭和48年、に武田信玄400忌を記念して建設され、 平成6年に全面改装された。


武田家ゆかりの鎧や太刀や古文書など約60点が展示されているが、重要文化財に指定されている京都・三条家伝来の名刀「吉岡一文字」や、信玄の遺品などの珍しいものや、右手に宝珠、左手に太刀を持つ信玄の守り本尊と伝えられる像「将軍大黒天像」や、北条氏政らとやり取りした書状など数点があった。





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 写真が撮れなかったので不満だったが、宝物館をあとにした。



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 宝物館を出てすぐのところに、躑躅ヶ崎館跡の説明看板が設置されていたので、さっと読んでみた。

躑躅ヶ崎館は武田氏三代の居館であった。


戦国時代の1519年に甲斐守護・武田信虎により居館(躑躅ヶ崎館)が築かれ、家臣団が集住して武田城下町が形成された。





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 以来信虎、晴信(信玄)、勝頼三代にわたって武田領国の中心地として機能し、1582年3月の武田氏滅亡後もしばらくは政治的中心地であった。

なお、豊臣大名時代に甲府市丸の内の現甲府駅付近に新たに甲府城が築城され、江戸時代にかけてはここが甲斐統治の政治的中心地となったため、躑躅ヶ崎館は破却された。


広さは周囲の堀を含めて東西約200メートル、南北約190メートル、面積は約4.6万m2と推定されている。





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 外濠、内濠、空濠に囲まれた三重構造で、中世式の武家館である。

これから館跡に残された遺構の幾つかを見ていく。

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