因幡と伯耆の旅 その26 上淀廃寺跡に到着

大山から、今日の午後に見る予定だった妻木晩田遺跡に向かった。
イメージ 1

これが今日予定していた日程だが、悪天候を予測して大幅に日程を変更し、この旅で一番楽しみにしていた妻木晩田遺跡へこれから向かう。
妻木晩田遺跡群は、鳥取県西伯郡大山町から米子市淀江町に及ぶ国内最大級の弥生時代集落遺跡で、遺跡の面積は156ヘクタールにもおよぶ大規模なものである。
島根県安来市からこの妻木晩田遺跡までは、弥生後期に栄えた古代出雲の中心地であったと考えられている。
妻木晩田遺跡のある辺りは、現在は「伯耆の国 千年郷」という名称で呼ばれている、弥生、古墳、飛鳥時代と続く古代人の千年の記憶が眠る郷である。
イメージ 2

イの妻木晩田遺跡へ向かう途中で、アの上淀廃寺跡を見ることにした。
上淀廃寺跡は淀江町にある古代寺院の遺跡で、淀江町教育委員会が発掘調査を実施し、法隆寺金堂壁画と並ぶ日本最古級の仏教壁画が初めて出土して社会的に注目された場所である。
飛鳥時代後期の683年頃に建立され、8世紀中頃の改修を経て、平安時代中期の1000年頃に焼失したものと考えられている。
イメージ 3

午前9時前には、上淀廃寺跡に到着した。
イメージ 4

近くに案内看板があったので見てみると、この丘陵地帯にこのような寺が建っていたとの説明が書かれていた。
イメージ 5

上淀廃寺跡周辺の地形図が造られていて、薄い朱色で塗られている部分が上淀廃寺跡で、その向こうの丘陵地帯に妻木晩田遺跡がある。
イメージ 6

上淀廃寺周辺は古くは潟湖で、豊かな自然の幸に恵まれ、原始より人々が生活していて他地域との交流も盛んで陸上・海上交通の要所となっていて、そのことをうかがわせる遺跡が数多く見つかっている。
平野を見下ろす小高い丘に、この地方を治めた有力豪族によって、上淀廃寺は建立されたりのである。
これから実際に上淀廃寺跡に入っていく。
イメージ 7

ここは、金堂が建てられていた場所である。
イメージ 8

築地塀の上にあがると、金堂の柱の土台に使われたと思われる黒く丸い石が縦横等間隔に、整然と並べられていた。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント