因幡と伯耆の旅 その27 上淀廃寺跡から白鳳の丘展示館へ

続いて塔のあった跡を見ていく。金堂跡の東側に南北に南塔、中塔、北塔の3基の塔跡があるが、北塔については塔の心柱を支える心礎は検出されたが基壇は未確認で、計画のみで建立に至らなかった可能性もある。計画のみとしても3塔を配置する伽藍配置の例は他になく、2塔でもこれらを南北に配置する古代寺院は他にない。基壇の規模だが、金堂が東西14.2メート…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その6 昆明にて

 長江の旅は、四川省から雲南省に入った。  長江という名も、四川盆地を流れる岷江との合流点である宜(ぎ)賓(ひん)からは、金沙(きんさ)江(こう)と名前を変える。  雲南はアジア大陸の古人類発祥の地といわれ、400万年前には猿人類「東方人」、187万年前には直立人「元謀人」が生息していたと言われている。 …
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平安時代日記 その5 平安時代最強の怨霊登場

 学問の神、菅原道真は同時に、平安時代最強の怨霊である。  そして、陰陽師の最強のライバルでもある。 音出ます 。クリック↓ http://youtu.be/jD4gCH9Azms  画像を小さくして読んでください。(音を聞きながらだと倍楽しめます!!)  菅原道真の履歴書は今風に直せば、こんな感…
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甲州街道と佐久平みち その4 積翠寺から甲斐善光寺へ

 武田神社から、次に積翠寺に向かった。  積翠寺までは距離にした約3km、時間にして5分ほどの距離であるが、積翠寺が標高約530mの位置に立地するため、実際には10分以上車に乗っていた。  真っすぐ目の前の石州瓦のような色合いの屋根の建物が積翠寺である。  この寺の開祖は行基とされていて、「甲斐国志…
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(動画)台湾紀行その8 太魯閣峡谷散策

(動画)台湾紀行その8 太魯閣峡谷散策     この旅は、「びっくり台湾ぐるり周遊5日間」と銘打ち、その旅の間に、台中、日月潭、鹿港、高雄、台東、花蓮、太魯閣、九フン、台北などを見て回る旅。 今回は太魯閣峡谷散策である。 動画をクリックです!! ↓↓  http://www.y…
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台湾紀行 その33 太魯閣渓谷(タロコ渓谷)を見学

 2013年3月26日(火)の朝となった。  台湾4日目のこの日の朝は5時に起床、6時からホテルでバイキング朝食、7時にはホテル出発という強行日程だった。   阪急交通社さんの密度の濃い(よく言えばの話だが)日程には、2012年10月の韓国一周の旅で慣れている。  4日目は、花蓮の北方に位置する太魯閣渓谷(タロコ渓谷)を最初に見学、その…
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古代エジプトのビール

 古代エジプト時代(紀元前3000年~紀元前2000年頃)にもビールは作られ、飲まれていた。 「食べ物」を表す象形文字が「一鉢のビールと一魂のパン」により構成されているところから、その大切さが想像できる。 古代エジプトの文明のビールは、パンと共に食べ物の象徴だった。  エジプトでのビール醸造の記録は、紀元前2000年頃から墓の…
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能登(日本道)への道 その25 總持寺祖院散策

 これから總持寺祖院に向かう。かつては曹洞宗の大本山「總持寺」として末寺1万6千余りを数えていたが、明治31年に火災にあい、それを機に本山の機能が横浜市へ移転、移転先が「大本山總持寺」となり、能登の「總持寺」は「總持寺祖院」と改称され別院扱いとなった。  目の前の橋は白字橋で、…
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因幡と伯耆の旅 その26 上淀廃寺跡に到着

大山から、今日の午後に見る予定だった妻木晩田遺跡に向かった。 これが今日予定していた日程だが、悪天候を予測して大幅に日程を変更し、この旅で一番楽しみにしていた妻木晩田遺跡へこれから向かう。妻木晩田遺跡群は、鳥取県西伯郡大山町から米子市淀江町に及ぶ国内最大級の弥生時代集落遺跡で、…
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ふぁじゃんぐる こちご 화장을 고치고(化粧を直して)/WAX

赤字クリックです ↓http://youtu.be/HLkOqamTxL8 うよに なる ちゃじゃわ さらんまん なんぎご がん の우연히 날 찾아와 사랑만 남기고 간 너 偶然 私を訪ねてきて 愛だけを残していったあなたはるが じな みょってが ふるろど あむ そしっと おんぬんで하루가 지나 몇해가 흘러도 아무 소식도…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その5 蜀の国にて(クイズ付き)

 羌族の村「桃坪村」 大きくしてみてね。 ↑                     (最後に問題があります。見てね。)  成都は四川省の省都であり、中国西南地区における科学、商業、貿易、金融、交通、通信の中心地で、その面積は1万2400km2、人口は960万人(市街地人口は330万)である。  中国の…
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平安時代日記 その4 陰陽師 安部清明参上

 宮廷お抱えの女流作家達が平安時代の昼の顔であるとすれば、陰陽師達は怨霊に呪われた平安時代の夜の顔である。   音出ます 。クリック↓ http://youtu.be/jD4gCH9Azms  画像を小さくして読んでください。(音を聞きながらだと倍楽しめます!!)  平安時代は陰陽師の活躍した時代でもある。…
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ブラジルの笑い話 その50 貧しいハエ

貧しい東北地方から親戚を頼ってサンパウロに出てきたセバスチアンはパン屋のウエイターの見習いになった。 ビールを飲んでいた客は「ウエイター、コップにハエが入っているぞ」 セバスチアンはコップのハエを見て、「お客さん、ご心配なく。このハエは余り飲みませんから」
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甲州街道と佐久平みち その3 躑躅ヶ崎館跡を散策

破却された躑躅ヶ崎館を想像しながら、武田神社の周囲を歩いていく。  現在の参道は武田神社創建時に切り開かれた通路であり、躑躅ヶ崎館の正門は、大手と呼ばれる東側にある。  黄色で塗った道を矢印のように歩いたが、初めて歩いた道なので実際は手探りで歩いているような状態となった。  この…
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台湾紀行 その32 花蓮の宿は統帥大飯店

 アミ族ショーを楽しんだ後は、市内のレストラン(記録がないのでどこかは不明)で広東料理での晩餐となった。  ここでは酢豚などの僕ら日本人が普段親しんでいる料理が出されたので、メモには今まで台湾で食べた料理の中で一番合っていたと書いてあった。  なお、スープはとびきり美味しいコーンスープと記録にあった。  晩餐の後は、今夜の宿である花蓮…
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2020年8月30日 大石川 第2ラウンド

朝食は午前8時半頃から、大石川の展望所のベンチの上で済ませた。  今回のメニューは、海苔弁、自宅冷蔵庫から持ってきたマスカット、トマト1個、ヤクルト1本、それにUCCコーヒーである。20分ほどで朝食とあとかたづけを済ますと、第2ラウンドの開始である。   第2ラウンドは展望所近くのこの辺にしようかとも思っ…
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能登(日本道)への道 その24 総持寺祖院に到着

福良港をあとに、これから能登半島の西海岸を輪島まで北上するが、最初に巌門に向かった。 ここを降りていく。 巌門は、能登半島国定公園に指定されている能登金剛の一部である天然の洞窟である。 2分ほど歩いて、日本海の荒波によってぽっかりと空いた幅6メートル、高さ15メートル、奥行き60メートルにも及ぶ巨大な洞窟である巌門…
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因幡と伯耆の旅 その25 大山寺から大神山神社へ 

天気予報では今日の大山は午前中から雨降りということで、今にも雨が降り出しそうな気配となっていたので、早めに朝食を済ませて緑荘をあとにした。  まず、大山寺を見ることにした。 この寺は奈良の東大寺を開いた良弁が755年に開山したのに始まり、その後行基の高弟である光増が良弁を継いで…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第2回 北朝鮮

 北朝鮮といえば・・ピョンヤン、拉致問題、ミサイル、極端な独裁政治、食糧難と貧困、金正恩などがすぐに思い浮かびますが、いずれにしてもいいイメージは一つもありません。  韓国と北朝鮮に国が別れる前までの朝鮮半島は、実態が未だ不明確な古朝鮮を除いて、新羅、高麗、李氏朝鮮(大韓帝国)と各統一王朝がいずれも400年以上に渡って、朝鮮半島を…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その4 三峡にて

  中国三峡、宜昌から重慶までの地図、大きくして見てね。 ↑   長江の中流域に、今とてつもない工事が進められている。  三峡ダム工事である。       工事現場です。 ↑  このプロジェクトは1919年、中国革命の父孫文が提唱、中国建国の父毛沢東がダム着工の方針を固めた国家の威信を賭けたもの。…
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平安時代日記 その3 清少納言と紫式部が漫才すると

平安時代の才女二人が漫才すると、こんな感じかな? 音出ます 。クリック↓ http://youtu.be/wpnpgbdBM9A画像を小さくして読んでください。(音を聞きながらだと倍楽しめます!!) 清少納言  日本一の才媛と言われてはずかしくないの?紫式部  日本一のブスと言われてはずかしくないの?清少納言  おまえは源氏物…
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甲州街道と佐久平みち その2 武田神社宝物殿などを見る

武田神社は甲府市古府中町にある神社で、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地に建てられている。  この神社は、武田信玄を祭神としている。  神社に参拝してから、この宝物殿に入った。  宝物殿は、軍配を持ったこの信玄公像のみが撮影が許可されていたので、これだけを宝物館の中で撮った。宝物殿は、昭和48年…
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(動画)台湾紀行その7 花蓮・アミ族のショー

(動画)台湾紀行その7花蓮・アミ族のショー  この旅は、「びっくり台湾ぐるり周遊5日間」と銘打ち、その旅の間に、台中、日月潭、鹿港、高雄、台東、花蓮、太魯閣、九フン、台北などを見て回る旅。 今回は花蓮・アミ族のショーである。 動画をクリックです!! ↓↓  https://www.youtube.com/wat…
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台湾紀行 その31 台湾原住(先住)民族アミ族のショー

 それでは、アミ族のショーを見学である。 花蓮市内の地図だが、赤矢印の位置がアミ族ジョーの行われる阿美文化村である。  ショーは1回目が夕方の午後5時半から、2回目が午後7時半からということで、それぞれ1時間程行われる。  僕等のツアーは1回目の開演時間に合わせて、午後5時少し過ぎに、ここに到着していた。  ここで偶然、台中でバスの乗り…
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2020年8月30日 大石川 第1ラウンド

今年は月ごとにはっきりと天候が変わってくるようだ。 7月に入ると連日雨の日ばかりだったが、8月は一転して猛暑となり、8月で雨の降った日があったかどうかという程連日晴天だった。 ところで、昨年は40kg収穫したキュウリだが、今年は7月がたったの6本(785g)、8月になって猛暑の夏となり期待していたのだが、結果は17本(2280g…
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能登(日本道)への道 その23 渤海の話Ⅲ

日本との交易のために渤海が整備した道が中国の歴史書にも記されている「日本道」である。「日本道」は上京の都を出て、そこからロシア沿海地方に出て日本海を渡るルートである。渤海使が船出した地点がクラスキノ遺跡である。ウラジオストクから車で6時間、クラスキノ遺跡はそこにある。中国とロシアの国境付近、ロシア沿海地方にクラスキノはある。クラスキノ遺…
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因幡と伯耆の旅 その24 大山の宿

大山は標高1,729mの山で、鳥取県および中国地方の最高峰である。角盤山とも呼ばれるほか、伯耆大山あるいはその山容から伯耆富士とも呼ばれ、日本百名山にも選定されて鳥取県のシンボルの一つとされている。今日はあいにくの天気で、山頂はおろか山腹の半分もすっかり雲に覆われていて、その秀麗な姿は垣間見ることすらできなかった。宿の部屋で旅の疲れを癒…
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花束を君に / 宇多田ヒカル

https://youtu.be/yCZFof7Y0tQ 普段からメイクしない君が薄化粧した朝 始まりと終わりの狭間で 忘れぬ約束した 花束を君に贈ろう 愛しい人 愛しい人 どんな言葉並べても 真実にはならないから 今日は贈ろう 涙色の花束を君に 毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く ただ楽…
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ブラジルの笑い話 その49  リオの海岸 

ブラジル人とアルゼンチン人がリオの海岸を散歩しているとき、魔法のランプにつまずき、アラジンが現れて1つづつ願い事を叶えてあげようと言った。 まず初めにアルゼンチン人は、「アルゼンチンの国土の周りに、能力が我々の足元にも及ばないブラジル人、チリ人やパラグアイ人などが入らないように、大きな壁を築いてほしい」と頼んだ。 アラジンは「お…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その3 武漢(ウーハン ;現在はコロナ発祥の地ですネ)にて 

  長江第1大橋(武漢)  ↑最後に問題があります。     武漢は長江の中流域に位置し、長江と長江最大の支流である漢水の交わる地点に開けた町。  漢水は陝西省の秦嶺山脈に源を発し、水量の多さでは黄河をしのぐと言われる。  全長、1532キロもある。  武漢は、古来より水陸交通の要衝であった。内陸の港町としては…
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平安時代日記その2 そんな結婚ありかよ、もう嫌?

 ある気違いじみた、栄光の男の話です。人は彼を望月の人という。  音出ます 。クリック↓ http://youtu.be/jD4gCH9Azms  画像を小さくして読んでください。(音を聞きながらだと倍楽しめます!!)  藤原道長、藤原氏繁栄の頂点に立つこの男は、紫式部の「源氏物語」の主人公である「光…
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ロシア人が遠くに旅行したくなる「プーシキン」

 そのプーシキンの詩を1・2覗いてみる。 「 忘れない、あの美しいひととき 」  忘れない、あの美しいひととき あなたが私の前に現れた時を まるで束の間の幻のように 美しい妖精のように あてどない悲しみの中 空しい日々の暮らしの中 幾度あなたの声を いとしい姿を夢にみたことか 時が過ぎ、嵐…
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甲州街道と佐久平みち その1 甲府駅前「奥藤本店」で昼食

7月29日(月)、旅の最初の日である。 計画通り上越新幹線に乗って東京駅で下車、東京駅からは中央線で新宿まで行き、新宿から特急かいじ号で甲府まで行った。 朝食は新潟駅のコンビニで買ったミックスサンドとおにぎり1個ですませた。 予定通り甲府駅に到着した。 電車に乗っていた時は気付かなかったが、外は既に相当な暑さで、少し…
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台湾紀行 その30  台湾原住(先住)民族アミ族のこと その2

台湾原住民の祖型がわかったところで、話を進めて行く。 現在、政府から認定された原住民族は、タイヤル(アタヤル)、アミ、ヤミ(タウまたはタオ)、プユマ、パイワン、ルカイ、ブヌン、ツォウ、サイシャット(サイシヤット)、サオ、タロコ、カバランの十二族で、住み分けは上図のとおり。 台湾原住民族の歴史だが、1603年(明:万暦31…
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能登(日本道)への道 その22 渤海の話Ⅱ

これからロシアに200箇所以上ある渤海の遺跡の一つを、ロシアのウラジオストク郊外まで訪ねていく。最初に向かったのが、渤海時代の山城の跡である。ここは山城の跡で、山城は4mの石垣で囲まれていたということで、NHKの杉浦知紀アナウンサ-の手の高さの2倍位の高さがあったことになる。渤海人はこのような山城を幾つも造り、山城を拠点として農業や狩猟…
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