思い出の中の川 第5回 仙見川(k)

 第5回は仙見川である。 「どうせ人生歩くなら、旅するように人生を歩いてみたい」 とロシアを旅した学生の頃から思っていたが、その思いが実際に実現するのは、スバルレオーネツーリングワゴン1800STを手に入れた時からである。  この車を購入したのは昭和62年のこと、西暦で直せば1987年の7月のことだったと記憶している。  車の名もツーリ…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その9 大仏殿をまわる 

大仏殿に入ると、10数人程の人たちを対象に、若い男性のガイドが説明を行っているところだった。 このガイドの説明を聞きながら、大仏殿をまわっていくことにする。   これが東大寺盧舎那仏像で、現存の大仏の像の高さは約14.7メートル、基壇の周囲70メートルである。盧舎那仏は聖武天皇の発願で745年に制作が開始され、752…
コメント:0

続きを読むread more

中国の地名の語源

漢字の表記通りの意味のもの 北京と南京=北の都と南の都 長安と西安=「西方を安んずる地」と          「長に平安な地」 天津=「天子がいる帝都への渡し場」      天津は北京の外港です。 香港=「香木の香りが漂う港」     周辺の島で香木栽培が行われていて、香木の積出港が…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その2 カイロにて 

  宿泊したホテルからギザの三大ピラミッド遠望  ↑  カイロ(Cairo)は、エジプトの首都であり、ナイル川河畔の交通の要衝の地として、イスラム世界における学術、文化、経済の中心都市となっている。  現在、カイロ首都圏の人口は1500万程、中近東やアフリカ大陸の中で最大の人口を誇っている。  ナイル川…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その11 東大という怪物その2

次に都道府県知事である。大村秀章(愛知県知事)舛添要一(東京都知事、元厚生労働大臣、元参議院議員)阿部守一(元横浜市副市長、元総務省過疎対策室長、長野県知事)荒井正吾(元海上保安庁長官、参議院議員、奈良県知事)飯泉嘉門(元自治省官僚、徳島県知事)石井隆一(元消防庁長官、富山県知事)石川嘉延(元自治省行政局公務員部長、前静岡県知事)井戸敏…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その16 万水川のほとりで 

 安曇野の大王わさび園は2003年の「姫川の旅」で一度行ったことのある場所である。  黒沢明監督の「夢」の舞台となった「万水川のほとりの水車小屋」は当時のままで、そこを流れている透明感の高い清流万水川の流れも当時のままだった。  尺を越えると思われる虹鱒も泳いでいた。 その清流の横を歩いて、まず大王わさび農場…
コメント:0

続きを読むread more

韓のくにの旅 その4 「イ・サン」の築城した水原華城にて その2

  今回は行けなかったが、西将台は八達山の頂上に位置した軍事指揮所で、別名華城将台とも呼ばれ、2階建ての楼閣になっている。  2階に上がると、四方を一望することが出来、正祖大王が華城陵参拝の際にここに訪問し、直接軍を指揮したといわれている。  東将台からは、東北空心墩が遥か遠くに見える。  東北空心墩が近くなって来た。 …
コメント:0

続きを読むread more

釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第7回はフィリピン

 釣り師が少年の頃フィリピンをツアー旅行したことがあって、この旅行で毎回一緒に食事したKさんの旅行体験の話が面白くて、肝心のフィリピンの方はさっぱり記憶にありません(^^)!  Kさんとはツアーの間中、毎食向かい合って食事をしていましたが、食事のことや世間話などが中心で、それまで突っ込んだ話をしたことが無く、ツアーの最終の食事の際…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その37 奥能登絶景街道をゆく 

 今日は能登半島の最北端最果ての地である禄剛埼灯台を目指し、それから能登半島の東海岸を南下して七尾に向かい、そこで泊まる計画である。  まず、新橋旅館から47km時間にして1時間ほどかかる、最北端最果ての地である禄剛埼灯台に向けて出発である。  この道は奥能登絶景街道と呼ばれていて、運転する者にとっては誘惑の多い魅力的な道で…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その8 大仏殿まで歩く

 この三日間は、小さなホテル「奈良倶楽部」が旅の拠点である。  そのホテルの白い壁にちょうど朝日が差し込んでいて、いい風景となっていた。 これからホテルの食堂で朝食となる。  ホテルには現在5~6組の宿泊客が泊っているようで、いずれの組の方々もかなり年配で、中には須田画伯そっくりの方もおられた。  食事は午前8時からである…
コメント:0

続きを読むread more

世界最大の民族集団「漢民族」にスポットを当て、民族を考える。

漢民族(かんみんぞく)は、中華人民共和国(中国)、中華民国(台湾)、シンガポールで大多数を占める民族で、約13億人もおり、人類の20%を占める世界最大の民族集団である。 中華人民共和国では漢族と呼ばれ、中華人民共和国の人口の90%以上を占める。(残りは55の少数民族)   漢民族の由来は中国の漢の時代に遡る。…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その1 アレクサンドリア

 カイトベイ要塞全景  ↑  アレクサンドリア(Alexandria)は、カイロに次ぐエジプト第2の都市である。  現地語であるアラビア語ではアル=イスカンダリーヤ(الاسكندرية al-Iskandarīya)、意味は「アレクサンドロス(アラビア語でイスカンダル)の町」である。  マケドニア王アレクサンドロ…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その10 東大という怪物その1

東京大学の起源は、1684年に江戸幕府が設立した天文方と、1858年に江戸の医者の私財によって設立された神田お玉ヶ池種痘所、1797年に創設された昌平坂学問所である。天文方はその後、1857年に蕃書調所、1862年に洋書調所、1863年に開成所と変遷していった。また、種痘所も1860年(万延元年)に江戸幕府へ移管された後、1861年に西…
コメント:0

続きを読むread more

「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その3

 車を塩ノ沢に進め、国民宿舎やまびこ荘に向かった。 今日の宿泊場所のやまびこ荘は、イメージしていたよりずっと格調のある建物だった。 内部も絵画が適度に配置され、家具なども工夫されていた。 少し良すぎる今晩の宿舎という印象で、そこそこのホテルの宿泊と同じだと思った。 部屋に荷を置き、少し部屋で休んでいる間に、時間は12時を回っていた。 昼…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その15 「やまっちそば」を食べる

 約500メートルの唐沢そば集落には7件のそば屋が軒を連ねていて、当初は根橋屋というそば屋に決めていたが、駐車場が満杯でこの店の近くも車を停めることができなかった。  結局集落を下って、そば集落が始まる箇所に店を構えている「水舎本店」に入ることにした。  この店は昭和58年「居酒屋 水舎」として開店し、のちに…
コメント:0

続きを読むread more

韓のくにの旅 その3 「イ・サン」の築城した水原華城にて

音楽付きでお楽しみください。クリックです!! ↓http://youtu.be/pu7Nn3f2tgU  水原華城(スウォンファソン)は韓国京畿道水原市にある李氏朝鮮時代の城塞遺跡。  一般的には、韓ドラ「イ・サン」の主人公である李氏朝鮮第22代国王・正祖により築城された城として有名である。   水原華城の錬武台観光案内所の前で、…
コメント:0

続きを読むread more

思い出の中の川 第4回 山熊田川と金剛川

 新潟県の最北端を流れる川が府屋大川で、その支流が中継川と小俣川である。 小俣川は雷集落で向川と雷川に分かれる。 一方、中継川は山熊田集落で金剛川と山熊田川に分かれる。  第4回は2005年5月21日に中継川の源流集落である山熊田集落に行った時に釣った山熊田川と金剛川である 新潟県村上市の山あいにある山熊田集落は人口40人あまりの小さな…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その36 新橋旅館にて  

今日の宿舎は、輪島川に架かる新橋近くに建っている新橋旅館である。  この旅館は一泊二食の6,640円で予約していたが、第一印象は値段相当の外観だった。 しかし、旅館の中に入ると館内全体が和紙のギャラリーとなっていて、和紙は輪島市三井で作られている仁行和紙を主に使っているとのこと。  廊下には棟方志功を思わせ…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その7 朝焼けの二月堂

二月堂は堂の手前左右に階段があり、堂への通路となっている。向かって左(北)側の階段は屋根付きで登廊と称され、練行衆が参籠宿舎から二月堂へ上堂する時にここを通る道となる。 この向かって左(北)側の階段を上がっていく。ちなみに、右(南)側の階段は、3月12日深夜の「水取り」の時に、若…
コメント:0

続きを読むread more

「純情小曲集」より「旅上」(萩原朔太郎)

ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠しせめては新しき背広をきてきままなる旅にいでてみん汽車が山道をゆくときみづいろの窓によりかかりてわれひとりうれしきことをおもはむ五月の朝のしののめうら若草のもえいづる心まかせに
コメント:0

続きを読むread more

地名の起源 カン(中国語発音はハン)のこと

カン(中国語発音はハン)のこと  お隣の国韓国の韓(ハン)の意味だが、どうもアルタイ語(トルコ語やモンゴル語の総称)のハン【偉大、上に立つ、君主】を語源としているようである。  紀元前後に栄えた王朝の名を最大の民族集団としてもっているそのお隣の中国、その世界最大の民族集団漢族の漢(ハン)も、偉大な、上に立つという意味だという…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 序章

探検家リビングストンが発見したビクトリアの滝 (ジンバブエのザンベジ河畔の町、リビングストンにある) ↑    ナイル河、「5大陸最長河川の旅」最後の河であり、世界最長の川である。  その長さは6695km、アフリカ大陸の東側を、赤道直下から悠々と北上して流れ、地…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その9 東大散歩で理学部2号館まで

東京大学東洋文化研究所(略称は東文研)は東洋の文化の総合的研究を目的として設置された研究所である。 主に人文・社会科学の研究者が所属し、アジア地域の文学、歴史、社会、政治、経済などの研究・教育を行っている。 また、附属施設に東洋学研究情報センターを置き、アジア研究に関する情報の発信を行うなど、日本のアジア地域研究の研究・情報センター…
コメント:0

続きを読むread more

星野道夫 星のような物語

 星野さんの子供の頃のことから話していただけますか?生まれたのはJR本八幡駅のすぐ近くなんです。駅の構内放送が聞こえるぐらいでしたから。 小学校も市川なんですよね。ええ。平田小学校です。中学・高校は東京の方へ通っていました。 当時の思い出があったら聞かせてください。その頃の市川は紙芝居の人が来るような空き地があちこちにありま…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その14 旧制松本高校から唐沢そば集落に 

 松本深志高校から3㎞程離れた旧制松本高校(新制信州大学の発足にあたりその母体の1つとなり、文理学部に改組された。)に向かった。  旧制松本高校は1919年4月、長野県松本市に設立された官立の旧制高等学校である。改正高等学校令に基づき9番目の官立旧制高等学校として設立された学校で、ナンバースクールの高校に続き設立された…
コメント:0

続きを読むread more

韓のくにの旅 その2 コダワリの旅とは名ばかり、なかなか強行日程の旅!!

 周さんは、阪急交通社の正社員、派遣社員でも臨時社員でもないことを誇らしげに話していた。  現在韓国は朝鮮半島において軍事境界線(38度線)を挟み朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の統治区域と対峙する分断国家となっており、日本海を挟んでは日本と、黄海を挟んでは中華人民共和国と国境を接している。  韓国の人口は約5000万だが、その4割の人…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その35  白米千枚田を歩く

昨日は千枚田を上から眺めただけだったが、今日は実際に千枚田の中を歩いてみる。 忙しい旅をしていると、絶景という表面の美しさだけを見るだけで終わって、本来もっと楽しく千枚田の実際の姿を味わう機会を失ってしまうので、いくらでも時間が出来た今日の午後は千枚田の中身を知る絶好のチャンスである。 まず、千枚田を下って海のすぐ傍…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 東大寺二月堂への道 その6 二月堂に到着

 ようやく、東大寺二月堂に到着である。  東大寺は聖武天皇を除けば、良弁と行基が最もその設立に貢献したということになる。良弁は東大寺の初代別当(僧官の一つで、東大寺などの大寺に置かれた長官で、一山の寺務を統轄した。)になっている。  その下で、事務局長のような仕事をしていたのが実忠である。  東大寺設立…
コメント:0

続きを読むread more

民族の世界地図 人種とは、自然環境への人の適応形のこと

 人種(じんしゅ)とは、ヒト・人間を分類する用法の1つである。  現生するヒトは、遺伝的に極めて均質であり、種や亜種に値する差異も存在しない。    現代における「人種」とは、形質人類学や自然人類学などにおいて、身体の特徴を生物学的な相違に基づいて区分したヒトの集団のことで、汎地球的な分布をもつヒトの自然環境への地域的…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その6 河口「アストラハン」にて(この川の最終回)

  市内の小公園「白鳥の湖」  アストラハン(ロシア語:Астрахань アーストラハニ;Astrakhan)は、ロシア南部の都市でアストラハン州の州都。  人口は502,800人(2004年)でカスピ海低地、ヴォルガ川下流域デルタに位置し、カスピ海岸からは約90km離れてる。11の島から市街地は形成されて…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その8 東大散歩は赤門から

 東京散歩はこれから東大散歩となる。 菊坂から赤門に向かった。   赤門は参勤交代制度の確立によって造成された加賀前田家江戸上屋敷の正門である。参勤交代制度は鎌倉時代にみられた御家人の鎌倉への出仕が起源とされ、将軍に対する大名の服属儀礼として始まった。 1635年に徳川家光によって徳川将軍家に対する軍役奉仕を目的に制度化されたが、こ…
コメント:0

続きを読むread more

「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その2(k)

 車は峠を、上野村に向かって降りていく。  昇る時と同じくらい苦労して峠を降りて行き、しばらくすると、右手に絶好のポイントを有する沢の流れが始まった。 ここで降車して、ぶどう峠の方を振り返った。  今来た道を少し戻って左折すると、その道は御巣鷹の尾根に続く。  1985年8月12日に日航ジャンボ機(JAL123便)が群馬県上野村御巣鷹山…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その13 旧開智学校の中に入る 

 旧開智学校の中に入ったが、特に印象に残るような展示は無かった。  親切に説明してくれたガイドとも別れたので、全く訳の分からないものにとっては、さらっと建物の中を一階から二階へ通り抜けるような見学しかできなかった。  ここは一階の廊下で、目立つような展示は無かった。  二階に入っても展示教室はガランとしてい…
コメント:0

続きを読むread more

韓のくにの旅 その1 もう着くの!!仁川空港までつかの間の空の旅

音楽付きでお楽しみください。クリックです!! ↓http://youtu.be/uoP7IdgXleE  先月10月18日(木)〜10月22日(月)、韓国旅行をして来た。  気分は司馬遼太郎の「韓のくに紀行」、実際は大部違ったけれど。  10月18日(木)新潟空港発午前9時30分、大韓航空機KE764便で韓国の仁川(インチョン)空港ま…
コメント:0

続きを読むread more

旅人かへらず 西脇順三郎

旅人かへらず /1節(冒頭節)旅人は待てよこのかすかな泉に舌を濡らす前に考へよ人生の旅人汝もまた岩間からしみ出た水霊にすぎないこの考へる水も永劫には流れない永劫の或時にひからびるああかけすが鳴いてやかましい時々この水の中から花をかざした幻影の人が出る永遠の生命を求めるは夢流れ去る生命のせせらぎに思ひを捨て遂に永劫の断崖より落ちて消え失せ…
コメント:0

続きを読むread more

思い出の中の川 第3回 関川村A沢

  第3回は、2004年6月27日に釣行した関川村A沢である。  季節は既に夏で、梅雨時期の晴れ間をぬっての釣りで、一面緑の田んぼの畦道に、ピンク色の可愛い花が咲いていた。  A沢を抱える森は、一層緑の色を濃くして深くなっていく。  この沢で尺岩魚を釣ったのは2002年5月19日に釣った33cmが初めてであるが、この日この沢で2匹目の尺…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その34 昼食後、石川県輪島漆芸美術館へ

不完全燃焼のまま輪島市街に戻り、やぶ新橋店で昼食とした。 この店は輪島では有名で、蕎麦のほかに海鮮丼などもメニューに並び、いつも大賑わいとなっているとのこと。 今日は1300円の天ざるを美味しくいただいた。 午後いっぱいは大沢集落で過ごす予定だったので、急きょ予定を変更し輪島塗関連施設を回ってみようと、まず石川県輪島漆芸美術館に行った。…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その5 奈良時代とは

大仏殿を裏から見ながら、二月堂への道を歩いている。   道の左手から奈良名物の鹿がゆっくりと現れ、まったく何の警戒心もなく道を横断して右手の広場の方に歩気去っていく。このような風景は、たぶん東大寺境内の最も自然な風景なのだろう。   ところで、奈良時代は710年から794年までの僅か84年間しかない時代で…
コメント:0

続きを読むread more

更に更に続いてロシア人とウォッカの話を 小話その4

1 ロシア女性に聞いた結婚したい人 3位 よく働く人 2位 暴力を振るわない人 1位ウォッカを飲まない人 2 ある泥酔者  赤の広場で、泥酔者がウオッカの空瓶を振り回しながら喚いた。  酔っぱらい  「エリツィンのバカ、アル中、インポのくたばりぞこない」  するとクレム…
コメント:0

続きを読むread more

ボルガ川の旅 その5 「スターリングラード」にて最後のクリスマスの話

                  ママエフの丘の母なる祖国の像(スターリングラード大攻防戦の記念碑の一つ。)   ヴォルゴグラードは、ヴォルガ川沿いに開けた海運要衝の街で、ヴォルゴグラード州の州都である。人口はおよそ110万人。 北緯48度42分、東経44度31分に位置する。(日本最北端稚内は北緯45度31分14秒。北緯50度だと、樺…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その7 樋口一葉と菊坂旧宅

 最後に赤字ウの樋口一葉旧宅と、赤字エの樋口一葉ゆかりの伊勢屋質屋に行ってみた。  樋口一葉菊坂旧居跡は路地裏の見つけにくい場所にあるが、入り口に目印の看板があり、何とか辿りつけた。  入り口から路地に入ると緑色の井戸が目に入るが、この井戸が一葉一家使用の有名な井戸である。  この井戸の左側にあった庭付きの貸家に、明治23年(1890年…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その12 旧開智学校

旧開智学校に入ると、学芸員と思われる男性が、十数名ほどの観光客に向かって説明しているところだった。  旧開智学校については事前知識がまったくないので、ちょうどいい機会に遭遇できたと感謝しながら説明に耳を傾けた。  説明の男性は、今は重文になっているこの建物が今年中には国宝になる予定だと話し、それから国宝に格上…
コメント:0

続きを読むread more

(動画)台湾紀行 その10 台北101と夜市を観光

(動画)台湾紀行その10 台北101と夜市を観光    この旅は、「びっくり台湾ぐるり周遊5日間」と銘打ち、その旅の間に、台中、日月潭、鹿港、高雄、台東、花蓮、太魯閣、九フン、台北などを見て回る旅。 今回は「台北101と夜市」を観光 である。 動画をクリックです!!  
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行 その42  饒河街夜市見学(台湾紀行の旅最終回)

 饒河街夜市見学で台湾紀行の全日程は終わる。  今まで、北京、ソウルと、日本と並ぶ東アジアのリーダーの国々の首都を十分とは言えないまでも、ある程度把握できる程度に散策する機会を持った。  しかし、同じ東アジアの隣国である台湾の首都である台北は、故宮博物館と夜の台北を垣間見るに留まった。  首都を知らずして台湾の概要を理解したということに…
コメント:0

続きを読むread more

釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第6回は香港

 香港は国と言えるかどうかわかりませんが、ここでは国扱いとします。  香港と言えば、ビクトリア・ピーク、九龍、100万ドルの夜景などを思い出しますが、アヘン戦争でイギリスの植民となったあと、1997年7月1日にイギリスから中華人民共和国へ返還されて、現在は中華人民共和国の特別行政区(一国二制度)の一つで、東京、パリ、シンガポール…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その33 真垣の里への旅 

これから、津村希一家が住んだ桶作家のある輪島市の大沢地区に向かう。  出発はレンタカーの停車している住吉神社で、目的地は真垣の里として有名な大沢地区の中ほどにある田中屋旅館である。 ところで、間垣とは長さ約4メートル程のニガ竹という細い竹隙間なく並べてつくった垣根のことで、日本海から吹き付ける冬の強い風から家屋を守る…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その4 大仏建立の秘話

東大寺の二月堂までの道には猪も出るらしい。    境内への道のすぐ傍に、奈良奥山ドライブウェイなるいかにも山深そうなドライブウェイへの入口があるのである。昨日散策した時に「猪に注意」という看板もあって、二月堂への近道と思われる道を避けて通ったが、今朝も安全な道…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その4 「ウリヤノフスク」にて(最後に問題あり。)

   ソビエト社会主義共和国連邦の産みの親 レーニンの像 ↑  20世紀の歴史に七十数年もの間強大な影響を与えたソビエト社会主義共和国連邦はロシア史上最大で最強の国家であった。  東はベーリング海、西はバルト海、北は北極海、南は黒海・カスピ海に臨み、その領域に住む15共和国の人民を共産主義という思想で…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その6 宮沢賢治の青春時代の旧居で、彼の世界で遊ぶ

 続いて、イの宮沢賢治旧宅に向かった。  この坂を下って突き当りにあった稲垣という家主の家(当時の住所は本郷菊坂町75番地)の二階六畳間を借り、賢治は馬鈴薯中心の菜食主義者らしい自炊生活をしていた。  菜食主義者としての彼の思想を示したものに「ビヂテリアン大祭」という作品がある。この中で賢治は彼の思想を語っている…
コメント:0

続きを読むread more

動画 新潟散歩 久しぶりに感動の城の山古墳現地説明会

 城の山古墳は、新潟県胎内市にある古墳で形状は円墳、国の史跡に指定されている。  水田地帯の中に、比高5m程度の墳丘部が残り、頂部には祠が祀られている。  4世紀前半に築造され、前期古墳時代のものとしては、日本海側最北端であると目されている。1995年以降、地元の教育委員会の手により調査が実施され、2012年からは副葬品…
コメント:0

続きを読むread more

「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地 「内山節の上野村」その1

 信濃川の源流を訪ねる旅は終わり、2002年7月31日、旅の2日目はいよいよ山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅である。  7月30日午前7時10分、朝飯を食べるとすぐ宿舎の金峰山荘を発ち、上野村へ向けての旅が始まった。  早朝の川上村を昨日のルートとは別のルートで走り抜けた。  川上村はまさしく高原野菜の村で、な…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その11 信州松本の旅の始まり

 信玄堤を見たあとレンタカーを返して、甲府駅から特急あずさ号に乗って松本へ向かった。  松本駅までは計画表のとおり1時間ほどで、予定の時間に到着した。ただこの電車は特急と言っても山岳地帯を走るので、鈍行列車並みの速さとなっていた。  今夜宿泊するホテルはエースイン松本である。 松…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行 その41 台北101展望台見学

この台北101(赤字1)は夜景が目的、この後は夜市(赤字2)見学である。  まず、噂の101の夜景からである。東南の方角に南港山があるので、夜景見学は南から西そして北と順に見ていった。 エレベーターを降りると、まず南方の夜景。  この方角はそう目立った建物も少ないので、地味な感じの夜景が広がっている。  西方だが、この方角は台北の中心部…
コメント:0

続きを読むread more

思い出の中の川 第2回 1992年の中継川

過去の釣行時に撮影した記録写真を元に、思い出の中に入ってしまった、もしくはすっかり忘れてしまった釣行のことを書くことにする。  釣り師の渓流釣り記録の中で記録に残っているのは、平成4年(1992年)4月18日の中継川釣行の時からで、この時初めて尺岩魚(31cm)を、山田さんの指導で釣り上げた。  師匠の山田さんが、まるで自分…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その3-2 「朝の二月堂散策」に出発

二月堂から黄線の道を歩いて、転害門バス停からバスに乗って赤線の道を行き、近鉄奈良駅で降車した。  今夜から三日間宿泊することになる小さなホテル「奈良倶楽部」は一泊朝食付の宿泊なので、夕食を何処かで食べるかコンビニ弁当に頼ることになるのだが、ここで泊まる三日間はホテル近くに飲食店がないこともあり、コンビニ弁当で済ますこと…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その3 「カザン」にて

 いつものように最後に問題があります、答えてね・・    カザンはタタルスタン共和国の首都。人口の半分はタタール人であり、彼等はムスリム(イスラム教徒)でもある。   カザン中心部の白いクレムリン  ↑  ここはアジア人種の飛び地であるせいか、ロシアでも珍しいイスラム的な街並みが特徴、 また人々…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その5 まるや肉店で休憩後、菊坂を歩く

旧菊坂町や菊坂の名前の由来が案内板に書いてあったので紹介する。  この辺一帯に菊畑があり、菊の花を作る人が多く住んでいた。 それで坂を菊坂、坂上の方を菊坂台町、坂下の方を菊坂町と名づけたと書かれている。 菊坂に入ると今はこんな景観となっているが、明治から大正の頃には、この坂の周辺に…
コメント:0

続きを読むread more

動画 甲州街道と佐久平みち 信玄堤み

https://youtu.be/kqiR74kHoU0 釣り師ジュンチャンからのお詫びです( ^)o(^ )。 御勅使川(みだいがわ)をしきりに御勅使川(みちょくしかわ)と言っていますが 正解は無論御勅使川(みだいがわ)です。 あせって、ふりがながあるにも関わらず、こう読んでしまいました。 愛嬌と思って笑って許してく…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その10 信玄堤を見る

 県立美術館の職員から場所を聞いて、楽しみにしていた信玄堤に向かった。 信玄堤は山梨県甲斐市竜王にある堤防で、武田信玄により築かれたとされている。  堤防の位置は信玄橋の下流のピンク色で囲まれた地帯だと教えてもらったが、いくら探してもそんなものはなく、消防訓練の一団が車でやって来て、駐車しているレンタカーが訓練の邪魔…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行 その40 Kavalanを買って台北101展望台へ

 2012年3月26日(火)の残された日程は免税品店でのショッピング、その後市内の食堂でバイキング形式での夕食、最後に「台北101展望台と夜市散策」となっていた。明日はもう飛行機で帰国するだけの日程である。  まず台北唯一の免税店EVERRICH DUTY FREE SHOP(昇恒昌)へ案内された。 ブルガリ、バーバリー、カルティエ、セ…
コメント:0

続きを読むread more

釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第5回 モンゴル

 モンゴルは一言で言えば、世界一を誇る遊牧の国、そしてそれを育む豊かな草原の国というイメージです。  思い出す人物は白鳳、鶴竜、朝青龍など相撲力士ばかりで、日本人代表なら開高健、そして司馬遼太郎かな。  開高健はモンゴルへ出かけイトウを釣り上げた。  司馬さんは大阪大学モンゴル語学科を出ています。  開高健と司馬遼太…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その32 みなと橋から住吉神社、鳳至上町通りへ 

朝ドラ「まれ」の街中のロケ地巡りの続きである。ロケ地巡りは、みなと橋から住吉神社、そして黄で塗られた鳳至上町通りへと続く。 ここはみなと橋で、ここで高校時代の紺谷圭太が津村希に告白した場所である。 次に、希たちが高校時代の思い出としてキリコを出し、夏祭り「輪島大祭」を行った主会場である住吉神社に向かった。ここが住吉神社である。夏祭り「輪…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その3 夕暮れの二月堂 

空海寺の次に正倉院を目指したが、閉門時間の午後3時を既に過ぎていたので、最終目的地である二月堂を直接目指すことにした。   今の時間は既に午後4時を回っていたので、黄色で塗られた道を急ぎ足で歩いて、憧れの二月堂を目指した。   ここは東大寺大仏殿裏手の境内であるが、奈良名物の鹿さん達がのんびりと芝草を食べている風景に出くわし…
コメント:0

続きを読むread more

続いてロシア人とウォッカの話を少々 ロシアの小話その2

   ロシアの小話その2 その1  世の中にブスはいない。ウォッカが足りないだけだ。 その2  このウォッカは南京虫の臭いがするという人をペシミストという。  この南京虫はウォッカの臭いがするという人をオプティミストという。 その3   「父ちゃん、酔っ払うってどういうことなの」 …
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その2 「ヤロスラヴリ」にて

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405 ボルガ川河川地図   ヤロスラヴリ河港風景  ↑(最後に問題ありです。)  ヤロスラヴリは、モスクワの北東約260キロ、大河ヴォルガのほとりに発展した、教会や修道院などの歴史的建築物に恵まれた…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その4 かねやすから菊坂へ

 今僕は本郷三丁目の、赤ハートマークの場所にいる。 これから黄線に沿って見返り坂・見送り坂を確認しながら左折し、多くの文豪が住んでいた菊坂界隈を散策する。 眼の前に本郷三丁目の標識が見えているが、江戸の市域がどこまでかという目安になるのが、道路を挟んで左手に見えている「かねやす」ビ…
コメント:0

続きを読むread more

ロシアのアネクドート傑作集から その2 ソ連時代の小話

ロシアのアネクドート傑作集から その2  その1   場所はモスクワの中学校。  先生が地球儀を指して、授業をしている。 「みなさん、ここには失業と暴力と、そして人種差別と不正の横行しているアメリカがあります。そしてこちらは幸福と、完全雇用と住みよい公正な国ソ連であります」 すると後から、ちょっとウスノロのアリョーシャ…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その9 山梨県立美術館

 次に、山梨県立文学館の向かいに建っている山梨県立美術館に入った。  文化不毛の地と評されていた山梨県では戦後博物館建設構想など文化事業振興の気運が高まり、山梨県知事となっていた田邊圀男は1975年に山梨県立美術館の設置事業に着手し、翌1976年には山梨県農事試験場跡地に美術館の建設が着工された。田辺と初代館長の千澤テイ治によりコ…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行 その39 「場所の悲哀」

 この辺で故宮博物院を後にするが、台湾人にとって台湾がどういう国であるか、真摯に考えてみたい。  司馬遼太郎は「街道をゆく 台湾紀行」の巻末に、蒋介石の息子で台湾総統だった蒋経国の後を引き継ぎ、1988年から2000年まで10年以上に渡って、はじめて本島人出身の身で台湾総統となった李登輝総統との対談を掲載している。  対談の名前は「場所…
コメント:0

続きを読むread more

思い出の中の川 第1回 2004年6月の中継川

 今回から、過去の釣行時に撮影した記録写真を元に、「思い出の中に入ってしまった、もしくはすっかり忘れてしまった釣行」のことを書くことにする。  初回は2004年6月に釣行した中継川である。  中継川は釣り師の現職時代に、その職場で非常勤嘱託をしていた山田さんについて行って初めて釣った川で、その後も十数年の間山田さんと誘い合わせて…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その31 キリコ会館 

 朝ドラ「まれ」の街中のロケ地巡りの続きで、キリコ会館に行った。  ここでは能登の伝統的な夏祭りである「キリコ祭り」に実際に使われているキリコの展示や、神事の紹介をしている。キリコとは、「切子燈籠」の略であり、「切籠」でキリコと読ます。 キリコは祭りの御神灯であり、神輿の足元を照らす照明役として、神輿とともに担ぎ出されるものである。…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その2 上司海雲の墓

上司海雲は、司馬さんの「街道をゆく 奈良散歩」の中では、街道をゆくの挿絵を担当して取材旅行にも同行した須田剋太画伯を庇護し続け、須田画伯と父と子のような関係を持った方として紹介されている。司馬さんが須田画伯と空海寺を訪れる場面も「街道をゆく 奈良散歩」には書かれていて、上司海雲の眠る空海寺の五輪塔に、須田さんが駆け寄るように近づいて野の…
コメント:0

続きを読むread more

ロシア人とウォッカの話を少々

飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。   ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口   そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。  そのウォッカとロシアにまつわる小話を少々。…
コメント:0

続きを読むread more

探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その1 「ボルガ源流地」から

 ボルガ川上流部地図、大きくして見てね。 ↑(いつものように最後に問題あり、答えてね。)  ボルガ川は、モスクワとサンクトペテルブルク(旧レニングラード)の中間に位置するロシア西部のバルタイ丘陵に、その源を発する。  源流の村は、ボルゴベルホーベ村、白樺の林やトウヒらしい松の巨木、モミの木やドロの木の…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩 その3 湯島天満宮とからたち寺を散策

これから湯島天満宮へ向かう。湯島天満宮の旧称は湯島神社で、通称は湯島天神。 古来より江戸・東京における代表的な天満宮であり、学問の神様として知られる菅原道真公を祀っている。そのため受験シーズンには多数の受験生が合格祈願に訪れるが、普段からも学問成就や修学旅行の学生らで賑わっている。現在境内には、「みどりの保護条例」に基づく文京区保護樹林…
コメント:0

続きを読むread more

ロシアのアネクドート傑作集から その1

 ロシア人は酒の席になると「おい、何か新しいアネクドート知らないか?」と始まる。 アネクドートとは、酒の席で話すロシア人の小話である。  その1 母親が息子に「どうしてあんたびしょ濡れなの?」 「友達と犬遊びをしたんだもん。」 「で?」 「僕、木の役だったんだ。」  その2 「服を脱いで。」医者が…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その8 山梨県立文学館にて

 せっかく明野まで来たので、アルプスの少女ハイジをモチーフにしたテーマパーク「ハイジの村」に寄った。  アルプスの少女ハイジは動画の方が有名だが、もともとはスイスの作家ヨハンナ・スピリの児童文学作品である。1880年から1881年に執筆されたもので、原題は「Heidis Lehr…
コメント:0

続きを読むread more

台湾紀行 その38 故宮博物院で「肉形石」を見学

 三大至宝の一つである肉形石(にくがたいし)も「翠玉白菜」の近くに展示されていた。このように、一見しただけでは、豚の角煮そのものである。  「玉髄(ぎょくずい)」という天然石で出来ていて、色は着色したもの。 清時代の作品で、皮の表面には、毛穴まである。 肉形石の素材は、幾層もの模様が重なった碧玉類の鉱物で、彫刻師はこの天然の特徴を生かし…
コメント:0

続きを読むread more