東京散歩 その18  漱石と鷗外で散歩を終える

根津神社を出ると、赤線の沿って歩き、赤星の場所にある喫茶店で小休止した。

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やはり思ったより足にきていて、ここで靴を脱いで足を椅子の上に置いて、じっくりと30分程休ませた。

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東京散歩の旅も、残るところは赤字ア;夏目漱石旧居跡と赤字イ;森鴎外旧居跡を訪ねるのみである。

まず、夏目漱石旧居跡を訪れた。

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夏目漱石旧居は今はこんなで、旧居の痕跡は全くなく、案内看板と大理石で造ったメモリアルが建っているだけである。

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この地に漱石がイギリス留学から帰国後の明治363月から3912月までの310ヶ月住んだ家があった。

その家は「吾輩は猫である」の舞台であることから猫の家と呼ばれ、この地で漱石は倫敦塔、坊ちゃん、草枕などの名作を次々に発表した、いわば漱石文学発祥の地である。

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この地は人気スポットらしく、僕の前にもこの辺りの風景や案内看板と大理石で造ったメモリアルなどを熱心に撮影されている方がおられたが、文学関係の専門家のような雰囲気の方だった。

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次に森鴎外旧居跡を訪ねた。

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旧居跡の前に赤ん坊を乳母車に載せた若い母が石の椅子に座って休んでいて、妙に気になり声を掛けたが、中国の方でカタコトの日本語で答えてくれた。

後ろ姿も素敵だが、前を向いたその顔は本格的な中国美人で、目鼻の整ったとても美しい女の人だった。

この女の人の座っている場所の通りをはさんで反対側に森鴎外旧居跡はあり、今は森鴎外記念館となっていた。

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ここが鴎外の旧居である、藪下通りにある「観潮楼」の入口で、当時の建物は既に無く、今は正門の門柱の礎石と敷石が残っているのみだった。

ここは鴎外が30歳から亡くなる60歳までの半生を過ごした場所で、家は団子坂上に位置し、増築した二階からは品川沖の白帆が遠く眺められた。

鴎外はこの家で、青年や雁や阿部一族などの小説や翻訳を執筆した。

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 森鴎外記念館から出ると、団子坂が目の前に広がり、明治の人たちの行き交う姿が見えたような気がした。

ここで、東京散歩を終える。


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