甲州街道と佐久平みち その24 海野宿 

 今日8月2日(金)は、2019年夏の旅「甲州街道と佐久平みち」の事実上の最終日である。  これが今日の日程であるが、今日は1日佐久平と言われた地域を走り抜け、そこを歩く旅となる。  お世話になった「かわせみの宿」に別れを告げ、佐久平へ出発する。  まず海野宿に向けて出発するが、ここまで17km、30分程の道のりである。 午前…
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韓のくにの旅 韓のくにの旅その13  韓国郷土料理「ゴンドレ定食」を食す!!

 丹陽(タニャン)での昼食は、このレストランで韓国郷土料理「ゴンドレ定食」を食した。  ゴンドレとは、釜飯ご飯の上にのっている高麗アザミのこと。風に搖れる姿が酒に酔ってコンドゥレマンドゥレ(ぐでんぐでん)になった人のようだと言うの名前の語源。  丹陽(タニャン)は、韓国で唯一海に囲まれていない忠清北道(チュンチョンブクド)にあるので…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 阿賀野川源流の宿で岩魚三昧

今日の宿は、南会津 舘岩村 の木賊(とくさ)温泉である。木賊温泉は発見されてから約1000年が経つといわれ、古くより「会津の隠れ湯」と呼ばれている。  温泉の名は、植物の木賊が群生していたことに由来する。  宿泊した宿は岩魚料理の福本屋で、岩魚の卸業もしていて敷地内には生簀がある。  宿の主人は芳賀盛一さんという方で、 舘岩村 のゲート…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その6 鎌倉大仏で有名な高徳院まで

長谷寺の見学をしている間に、午後2時に近くなってきた。 長谷通りに出て、鎌倉名物のしらす料理を扱っている適当な食堂を探してあるいていたが、ちょうどいい食堂が見つかった。  それがこの「きしめん むつ富」である。 100年ほど昔にきしめんの本場の名古屋に誕生し、50年前に東京・新宿、そして吉祥寺に移転した。そして13年前に鎌…
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奈良散歩 その16 戒壇堂の広目天 

 なら仏像館を出て、再び入江泰吉旧居まで行った。   ここから黄線の道を通って、戒壇院と二ツ池(大仏池)と正倉院と転害門を回った。まず、最初に戒壇院である。  戒壇院の前に行くと、階段の手前に境内図があった。奈良時代の754年に、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真から戒を授かり、翌年に日本初の正式な授戒の場として戒壇院…
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思い出の中の川 第8回 勝木川と大毎川

 平成21(2009)年から平成25(2013)年までの5年間、5月の連休の間に1泊2日の日程で、海府(笹川流れの)の小渓流へ釣りに出かけていた。 今回はその視察のような釣行で、2009年の4月24日に勝木川中流域と大毎川に入渓した。   具体的には、黄四角の範囲の川である。  この釣行はちょうどこの辺りの桜が見ごろとなっていた時期…
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東京散歩 その18  漱石と鷗外で散歩を終える

根津神社を出ると、赤線の沿って歩き、赤星の場所にある喫茶店で小休止した。 やはり思ったより足にきていて、ここで靴を脱いで足を椅子の上に置いて、じっくりと30分程休ませた。 東京散歩の旅も、残るところは赤字ア;夏目漱石旧居跡と赤字イ;森鴎外旧居跡を訪ねるのみである。 まず、夏目漱石旧居跡を訪れた。 夏目漱石旧居は今はこ…
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日本という呼称の起源について

言語の歴史は人類の起源ほどにはわかっていないらしいが、人類の移動・拡散に伴ってどんどん数を増やしていった言語の数は、かって1万種以上もあったということだ。  それが文化のグローバリゼーション(地球規模の文化の均一化)によって、現在は6千語くらいしか話されていないという。  その言語を語族として分類すると大まかに20くらいの数となるが…
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探険家の歴史第3部 環オホーツク海の探険家達 プロローク

 探険家列伝第1部は、北極、南極、世界の最高峰「ヒマラヤ」、世界の7サミットを目指した探険家・冒険家達を取り上げた。  探険家列伝第2部は、世界の7サミットと関野吉晴「グレートジャーニーの旅」にあやかり、世界5大陸の最長河川をアマゾン川、ミシシッピ川、長江、ボルガ川、ナイル川と、その河口から源流まで極める旅に出…
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甲州街道と佐久平みち その23  かわせみの宿 

 「かわせみの宿」は創業70年の、山あいに建つ緑の中の一軒宿である。  敷地内にある池には「かわせみ」も飛んで来るそうで、この旅館のマークはその「かわせみ」のマークになっていた。ここは1泊朝食付き10800円で、決して安い旅館ではない。 しかし、露天風呂から温泉街が一望できるなど、別所随一の高台からの眺望が自慢の旅館である。 …
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韓のくにの旅その12 忠州湖観光 その3 嶋潭三峰(トダンサンボン)にて

 僕らの観光バスは、「赤字2」の観光地点である嶋潭三峰(トダンサンボン)に到着した。  丹陽を流れる南漢江の真中にそびえた三つの岩を「嶋潭三峰」と言う。朝鮮開国功臣の鄭道伝が自分の号を三峰とするほど好んで訪れたところとして有名で、この嶋潭三峰もやはり丹陽八景の一つである。  嶋潭三峰の中央の峰を男峰(ナムボン)、右で男峰を向いている峰を…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第11回はカンボジア

 カンボジアと言えば、国を二つにして流れるメコン川、そして国の中央に位置するトンレサップ湖、クメール帝国の遺産であるアンコールワット、アンコールトムなどが頭に浮かびます。  9世紀から13世紀に栄えたクメール帝国は、アンコールにあるアンコールワット(寺の都の意味)とアンコールトム(大きい都の意味)という人類の偉大な遺産を残しました。 …
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その5 阿弥陀如来坐像を見学

次に隣の阿弥陀堂の阿弥陀如来坐像を見学した。 この阿弥陀堂に安置されている2.8mの阿弥陀如来座像は、源頼朝が42歳の厄除けのために建立したという伝承から厄除阿弥陀と呼ばれており、鎌倉六阿弥陀の一つでもある。 この阿弥陀如来像は、もとは廃寺となった誓願寺の本尊だったという。 ここで阿弥陀如来というものの簡略な説明をする。 …
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奈良散歩 その15 「なら仏像館」

入江泰吉旧居を終え、昼食とした。   昼食の場所は、奈良国立博物館の道を挟んで反対側で営業している、まめじか食堂である。   食堂の中は、こんな風である。    ここで比較的手ごろな値段?となっているカツカレーを注文したが、特別高級品でもないようなものが1620円、観光地というものの怖さを食べ物の値段でわからされる…
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東京散歩 その17 根津神社を歩く 

朱舜水に別れを告げ、次に根津神社に向かった。 この神社は東京都文京区根津にあり、古くは根津権現とも称された古社で、東京十社の一社に数えられている。 黄線の道を歩いて、黄星印の根津神社表参道口まで歩いた。 表参道口の前に焼きかりんとう屋があり、そこを覗いていたら根津権現浪漫ちっくマップ(上図はその一部)なるものをくれた。 そのマッ…
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アルメニア 汝は、イスラムの大海に浮かぶ孤高のキリスト教国

ロシア人は、ソ連時代には自国民であったアルメニア人を「カフカスのユダヤ人」と捉えて、そのように処遇して来た。 歴史的にトルコ人やペルシャ人やモンゴル人に国土が侵入され、国土荒廃の結果、10世紀に多くのアルメニア人が故国を捨てる(ディアスポラ)になった。 16世紀以降もアルメニア人居住地域は、オスマントルコ、ペルシャ、…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その9 源流にて(ファイナル)

   セネシオの繁茂するルェンゾリ(月の山)  ナイル河には三箇所の源流地点がある。  一つ目は、1862年に、探検家スピークが発見したビクトリア湖から流れでる川の最上流地点である。そこにはナイル河源流の碑が建てられている。この地点は、一般的にはナイル河の源流として大多数の人々に受け入れられている。 …
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甲州街道と佐久平みち その22 北向観音 

 常楽寺の次に、北向観音に行った。  北向観音は天台宗の寺院で、近隣にある同じ天台宗の常楽寺が本坊であり、その伽藍の一部として同寺が所有管理している。寺伝によれば、825年に円仁(慈覚大師)によって、常楽寺とともに開創されたとされる。  北向観音下の駐車場は午後4時半までは有料となっているが、まだ午後3時を少し過ぎた時間だったので、…
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動画 韓の国の旅 忠州湖クルージングツアー(生のハングルが聞けます!!)

平成24年10月18日〜22日まで韓国大周遊の旅に参加。ここは2日目に行った丹陽の忠州湖という。南漢江(ミナミハンガン)の多目的ダム建設により出来た湖である。この辺りは韓国の中部山岳地帯で、景勝の地として有名。 それでは動画をご覧下さい ↓ http://youtu.be/S6zx5-N0sIA
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 韓のくにの旅 その11 忠州湖観光 その2

  このツアーは絶景の中を遊覧船で行くのだが、絶景となっている岩の謂われなどを遊覧船の男性ガイドが韓国語で説明し、その後女性ガイドが日本語で説明していた。  説明の中では儒学者と妓生の話が心に残った。    妓生が16世紀後半の時代、1000ウォン札の肖像となっている儒学者の李滉(り こう / イ ファン;号は退渓)の身の回りの世話…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 阿賀野川源流地到着

南会津街は2006年(平成18年)3月20日の合併で出来た町で、それまでは田島町、舘岩村、伊南村、南郷村を名乗っていた。 阿賀野川の旅の源流の町は南会津町、ここが源流の旅の目的の町となる。 それでは本格的な午後のスタートである。 まず車で阿賀野川源流地を目指すが、その場所は福島県南会津郡南会津町と栃木県日光市の境界に位置する標高1…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その4 長谷寺の十一面観音を拝観

極楽寺駅から江ノ電に乗り、再び長谷駅で下車した。 ところで、極楽寺駅と長谷駅の間には、極楽寺坂切通しの下を通っている江ノ電唯一のトンネルがある。 2013年製作の日本映画で江ノ島プリズムというのがある。福士蒼汰、野村周平、本田翼の三人が主人公の青春ドラマである。 この映画については、江ノ電に乗って湘南海岸と江ノ島を散策したこの…
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奈良散歩 その14 入江泰吉旧居にて 

 東大寺ミュージアムを出たあと、黄線のように歩いて入江泰吉旧居に行った。   入江泰吉は奈良を中心に活躍した高名な写真家である。東大寺の旧境内地である片原町に生まれ、古美術品の鑑定で生計を立てていて、家は裕福ではなかったが美術を愛好する気風があった。母は観音信仰をもっていて、入江を伴ってよく東大寺二月堂に詣でたという。後に東大寺別当と…
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思い出の中の川 第7回 海府(笹川流れ)の小渓流 NO2

 山北海府の小渓流の2番目は「普川」、その河口風景である。  ここは川の瀬音と海の潮鳴りが同時に聞こえる。遠く霞んで、待望網とわっぱ飯で有名な粟島が見える。  釣り場所は線路下のポイントをまず狙う。上流はボサが多いので、この辺を適当に流す。  早速、川に入って釣り始めるが、思ったより水の勢いは強い。水温を測ったが10度程で、山女の…
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紙ふうせん・・冬が来る前に

坂の細い道を 夏の雨にうたれ 言葉さがし続けて 別れた二人 小麦色に焼けた肌は色もあせて 黄昏わたし一人 海を見るの 冬が来る前に もう一度 あの人とめぐり逢いたい 冬が来る前に もう一度 あの人とめぐり逢いたい 秋の風が吹いて 街はコスモス色 あなたからの便り 風に聞くの 落葉つもる道は 夏の想い出…
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東京散歩 その16 朱舜水と水戸藩の話 

 次に東大農学部校内にある朱舜水記念碑を見学である。  本郷の東京大学校内は加賀藩屋敷跡であったが、東大農学部校内は江戸時代は水戸藩の中屋敷があった場所である。 水戸藩上屋敷は、現在は後楽園スタジアムとその隣にある小石川後楽園(江戸時代初期に水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた築山泉水回遊式の大名庭園であり、現在は都…
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東方見聞録に登場する「カタイ」と「マンジ」の起源

マルコポーロの東方見聞録は、東洋の地理や風俗を初めて詳細にヨーロッパに紹介した旅行記として有名である。 この中にはいささか奇妙な地名が登場するのであるが、この中から「カタイ」と「マンジ」の起源を紹介する。 まず、マルコポーロがいうところの、元朝をさす「カタイ」である。  「カタイ」の語源は、モンゴル系の一支族で10世紀に「遼」を建…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その8 ウガンダにて

↑これは「ハンガーマップ(Hunger Map)」という世界地図です。  地図の色分けの意味は次の通りです。  緑色・・・十分に食料がある国(平均寿命の長い先進地域)  黄色・・・とりあえず食料がある国(それなりの国々)  赤・・・著しく食料が無い国(平均寿命の短い後進地域が多い。アフリカは、ほぼここです。) …
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青銅の騎手──ペテルブルグの物語── プーシキン

  序  言  この物語に書かれた事件は事実によっている。洪水の詳細は当時の記録からとられたものである。好事家はヴェ・エヌ・ベルフの編纂になる記事によってただすことができる。   序  詩 荒寥とした水の岸辺に、 彼*はたっていた、偉大な思いにみちて、 そして遠くを眺めていた。彼の前には広々と 川が流れ、見す…
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甲州街道と佐久平みち その21 常楽寺にて 

 次に常楽寺に行った。 常楽寺は天台宗の寺院で、北向観音の本坊にあたる。 寺伝によれば、平安時代初期の825年に七久里の里と呼ばれていた別所温泉に観音菩薩が出現し、菩薩を安置するために円仁が開創したとされる。  常楽寺では蝉しぐれが出迎えてくれた。「寺域は緑に包まれ、あたり一面に蝉しぐれが振り続けて、もうそれだけで十分である。」と、司…
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韓のくにの旅その10 忠州湖観光 その1

 地図で位置を確認すると、龍仁市から赤字でAと表示されているあたりから右手に大蛇が何匹か並んでいるような湖が広がっているが、ここが忠州湖である。  忠州湖は韓国内で唯一海に面した部分がないエリアである忠清北道にあり、ダムの建設によって南漢江の水を溜めて作られた、国内で一番大きい湖。  この湖を「赤字1」の丸囲み箇所、「赤字2」の…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第10回はタイ

 タイは日本人には馴染みのある国で、江戸時代初期にはバンコク近郊のアユタヤに山田長政の築いた日本人町があり、当時は2000人ほどがここに住んでいたそうです。  アユタヤの他にチェンマイは日本で言えば京都のようなところで、ここの観光も人気スポットとなっています。  釣り師は少年の頃、観光旅行でタイを旅したことがありますが、…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その3 極楽寺坂切通しを歩く

鎌倉権五郎神社の見学を終え、江ノ電の踏切を渡って極楽寺坂切通しに向かった。 この力餅家の角の左手方向が極楽寺坂切通しである。 力餅家であるが、創業は元禄時代にさかのぼるという300年以上の伝統を誇る老舗で、柔らかい餅をこしあんでくるんだ力餅で知られる店である。 力餅は右目を射られながらも戦ったと伝わる鎌倉権五郎景政の怪力にちなんだ…
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奈良散歩 その13 東大寺ミュージアム 

  次に南大門の近くにある東大寺ミュージアムに入った。   この東大寺ミュージアムでは、展示室が第1室から第5室まであり、部屋ごとにテーマが設けられている。第1室のテーマは創建期の東大寺、第二室には重要文化財の千手観音菩薩立像などの仏像や、誕生釈迦、菩薩半跏像の彫刻、工芸品などがあり、メイン展示室となっている。 第3室は、奈良時代か…
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ふぁじゃんぐる こちご 화장을 고치고(化粧を直して)/WAX

赤字クリックです ↓http://youtu.be/HLkOqamTxL8 うよに なる ちゃじゃわ さらんまん なんぎご がん の우연히 날 찾아와 사랑만 남기고 간 너 偶然 私を訪ねてきて 愛だけを残していったあなたはるが じな みょってが ふるろど あむ そしっと おんぬんで하루가 지나 몇해가 흘러도 아무 소식도…
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東京散歩 その16 朱舜水と水戸藩の話 

 次に東大農学部校内にある朱舜水記念碑を見学である。  本郷の東京大学校内は加賀藩屋敷跡であったが、東大農学部校内は江戸時代は水戸藩の中屋敷があった場所である。  水戸藩上屋敷は、現在は後楽園スタジアムとその隣にある小石川後楽園(江戸時代初期に水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた築山泉水回遊式の大名庭園であり、現在は都立…
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世界最大の「独立した祖国を持たない民族」 クルド人

民族紛争はいろいろ世界各地に散らばって発生しているが、オスマントルコの崩壊によって生じた、クルド人問題から始めていく。 クルド人は世界最大の「独立した祖国を持たない民族」で、人口は約3000万。 居住地域はトルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯。 彼らの祖先は紀元前8世紀にイラン高原でメディア王国を建国したイ…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その7 神々の地「エチオピアにて」

 クリスマスの巡礼 ラリベラ(野町和嘉写真集より)  青ナイル川(あおナイルがわ、英語:Blue Nile、アラビア語:النيل الأزرق(an-Nīl al-Āzraq))は、エチオピアのタナ湖に源を発する川で、スーダンのハルツームで白ナイル川と合流する。    タナ湖からハルツームまで流れる…
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CONVERSATION PEACE スティーヴィー・ワンダー

音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I  スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder, 本名:Stevland Hardaway Judkins, 1950年5月13日 - )はアメリカのミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。歌のほか、様々な楽器を演奏するマ…
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甲州街道と佐久平みち その20 別所温泉安楽寺

 信濃国国分寺から別所温泉までは、距離にして13km程、30分程で到着の予定である。  別所温泉はネット情報では夕飯時に営業している店がほとんどないとうことだったので、別所温泉に探していく道中で今夜の晩飯を調達するためにコンビニを探し回っていて、結局見つけられなかった。  仕方なく、別所温泉駅構内にある観光案内所に立ち寄ったが、時間…
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Tyunnsanの韓のくにの旅その9 ガイドの周さんが話してた兵役とリストラの話

 2日目は430kmもの距離を駆け抜けるバスの旅となる。  ハンファ リゾート 龍仁(ヨンイン)で朝7時からバイキング方式の食事をとった後、ホテルを朝8時に出発した。  向かう先は丹陽、ホテルから約170kmの距離で時間は3時間程かかる予定だが、ガイドの周さんはこの距離を2時間半で行くと話した。  このマイクロバスは定員30名程だが…
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奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その2

 荒神社の社を後ろから道なりに左廻りし、森を下っていくと姫川源流はそこにあった。  まさに案内書のとおり、源流は荒神社の境内の下から湧き出ていた。  今は渇水期なのだろうかそう水の勢いはなかったが、それでも湿地に生息する植物類の間から噴出すように流れ出ていた。  境内の上から若い女性グループが感嘆して、さかんにカメラのシャッタ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その2 御霊神社に参拝

コミック「鎌倉ものがたり」は1980年代の鎌倉が舞台で、江ノ電やJR横須賀線はもちろん、「鳩サブレー」の豊後屋や、「梅花はんぺん」の井上蒲鉾店、「あがり羊羹」の北鎌倉・松花堂、小町通の喫茶店「門」など鎌倉でおなじみの店名が多数登場している。 一色正和の住まいは長谷1丁目となっているので、そこがどんな場所であるか気になったのでヤフーで検…
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奈良散歩 その13 東大寺ミュージアム 

  次に南大門の近くにある東大寺ミュージアムに入った。   この東大寺ミュージアムでは、展示室が第1室から第5室まであり、部屋ごとにテーマが設けられている。第1室のテーマは創建期の東大寺、第二室には重要文化財の千手観音菩薩立像などの仏像や、誕生釈迦、菩薩半跏像の彫刻、工芸品などがあり、メイン展示室となっている。 第3室は、奈良時代か…
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思い出の中の川 第7回 海府(笹川流れ)の小渓流 NO1

第7回は海府(笹川流れ)の小渓流である。平成21(2009)年から平成25(2013)年までの5年間、5月の連休の間に1泊2日の日程で、海府(笹川流れの)の小渓流へ釣りに出かけていた。 この時期はゆきしろが出て、どこの川も増水して釣りにならない。それで、山菜採りを兼ねて、海府(笹川流れ)の小渓流に釣りに行っていた。 宿泊したのは勝木の山…
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ある先輩

 「吠える犬は噛まない」と先輩は言った。  僕は安心して吠えている犬に手を出した。  犬は僕の手をしっかり噛んだ。  「先輩、噛まれたんですけど」僕は言った。  先輩は続けて言った。「少なくとも吠えている間は・・・・」  「最後まで君が話を聞かないからだ」  先輩はとどめをさした。
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東京散歩 その15 東大散策を終え、追分へ 

昼食後は並木道の中を、東大校内の雰囲気を楽しみながら正門へ向かって歩いた。 正門付近で歩いて来た道を振り返った。 安田講堂は遥か向こうにあり、それとともに東大も少しずつ僕の中から離れていく。 門をくぐって東大を出たが、今くぐり抜けた門が、東大総長時代の浜尾新が造らせた東大正門である。 赤門から入って、黄色線のように東…
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トルコ民族が中央アジアに残した言語そしてカラ(kara)

 トルコ民族はアルタイ山脈(モンゴル)の麓からアナトリア(トルコ)まで6000kmの大移動をした民族。  その移動の中で、そのまま中央アジアに住み着き、トルコ系の地名を多数残していった。  チェルク語での意味  アルタイ=金  天山南路の分岐点にあるトルファン=町  カザフスタンの旧都アルマアタ=りんご…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その6 スーダン南部

     牛と共生生活を送るディンカ族 ↑(問題は最後ダヨ、)  スーダンは現代アフリカの縮図であり、とりわけ南スーダンはその典型と言える。  それは、誰もが連想する貧困、飢餓、感染症による病死、少数民族の間で今も続く原始的な牧畜や農耕生活の風習、アニミズムと呼ばれる原始宗教による日々の暮らしぶりという意味であるが…
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旅人かへらず 西脇順三郎

旅人かへらず /1節(冒頭節)旅人は待てよこのかすかな泉に舌を濡らす前に考へよ人生の旅人汝もまた岩間からしみ出た水霊にすぎないこの考へる水も永劫には流れない永劫の或時にひからびるああかけすが鳴いてやかましい時々この水の中から花をかざした幻影の人が出る永遠の生命を求めるは夢流れ去る生命のせせらぎに思ひを捨て遂に永劫の断崖より落ちて消え失せ…
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甲州街道と佐久平みち その19-2 信濃国分寺

 上田城址跡を見たあと、今夜の宿である別所温泉へ行こうかと考えていたが、その前に信濃国国分寺に寄った。 信濃国国分寺までは距離にして4km程、時間にして10分程である。 上田市には信濃国の国府が設けられたと見られており、古代信濃国の中心地であった。当時の遺跡として信濃国分寺跡・信濃国分尼寺跡(合わせて信濃国分寺跡)が、国分寺の南方300…
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韓のくにの旅その8  ハンファ リゾート 龍仁(ヨンイン)で1泊目

 今夜の宿舎ハンファ リゾート 龍仁(ヨンイン)へは午後8時40分頃戻って来た。  竜仁ハンファリゾートは250室の客室と室内プールなどの付帯施設を備えており、しかもソウルの都心や空港から一時間距離にあるため、旅行ツアーなどでは気軽に宿泊できる施設として使われているようだ。  夜はホテルの写真を撮っていなかったので、午後4時半頃にここへ…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第9回はベトナム

 ベトナムというと、ベトナム戦争がすぐに思い浮かぶせいか、暗い印象の国というイメージになってしまいます。  現在、ベトナムは共産党の一党社会主義体制を採用しており、社会主義市場経済やネット検閲など中国と類似する政策を行なっているために「ミニ中国」と言われているそうです。  ベトナムは長い歴史の中で中国の歴代王朝から繰り返し支配…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その1 ものがたりの始まり

2015年11月5日(木)から11月12日(木)まで7泊8日で、古都鎌倉と、横須賀を基地として三浦半島を巡ってきた。  鎌倉に4泊し、横須賀に3泊した。 普段は車で釣り旅を中心に日本の国を気ままに旅しているので、今回のようなほぼ電車とバスだけの旅は初体験に近く、旅に出るまでいろいろと心配していた。 終わってみればそう心配するような…
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奈良散歩 その12 南大門まで歩く

 次に東大寺四月堂(三昧堂)である。 ここは二月堂や三月堂のある上院エリアの小さなお堂で、三月堂の向かいに位置する。  本来の名前は三昧堂だが、このお堂で毎年四月になると法華三昧会(ほっけさんまいえ)と呼ばれる法要が執り行われることから、四月堂という名で呼ばれるようになっていった。堂内にはかつて脚が短く独特の佇まいを見せる千手観音菩薩…
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東京散歩 その14 東京大学の核心部を見学その2

 次はCの安田講堂である。 安田講堂は、東京大学本郷キャンパスにある講堂で、正式には東京大学大講堂といい、 1968年の東大紛争では、全学共闘会議によって占拠され、その後長期にわたり大講堂は荒廃状態のまま閉鎖されていた。 1990年の大改修により、1991年より卒業式・学位記授与式が再び安田講堂で行われるようになった。 また…
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トルコ系民族とその大移動

 最近いろいろと話題になっているトルコであるが、今回はこのトルコの国の先祖であるトルコ系民族とその大移動にスポットを当てる。 トルコ系諸民族は古くから内陸アジアのアルタイ山脈周辺の草原の道(ステップ=ロード)で活動した騎馬遊牧民であり、中央アジアのトルキスタンに定住してからはイスラーム化して広くイスラーム世界に広がり、現在でも中央アジ…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その5 ハルツーム

   青ナイルのほとりで  ナイル河の旅、アブシンベルを南下すれば、そこはスーダンの国となる。  「スーダン」、アラビア語で「黒い人」を意味する。もともとスーダンは西アフリカから東アフリカに至るまでのサハラ砂漠以南の広い地域を指す地域名称。  現在のスーダンは、歴史的には東スーダンと呼ばれた地域。  人口の構…
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甲州街道と佐久平みち その19 上田城跡と真田氏 

 川中島古戦場から、次に上田城跡に向かった。  上田城跡まで距離にして30km程で、午前11時半頃には上田城跡駐車場に到着した。  ここから城内までは500m以上あり、ペットボトルの水を飲みながらとぼとぼと歩いた。 後でわかったことだが、レンタカーを停めた駐車場が適切でなく、真田神社の近くの駐車場に停めればこんなに歩くことはなかった…
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韓のくにの旅 その7  「本水原カルビ」で本格焼肉料理の夕食!!

 今日の宿舎は、水原から1時間ほどのところにある龍仁ハンファ・リゾート、水原からいったん宿舎に入り、午後5時半ホテルフロント集合で今日の夕食の場所となる水原の韓国100選レストラン「本水原(ポンスウォン)カルビ」に向かった。  市内中心部の八達区を中心に水原カルビの有名店が並んでいるが、本水原(ポンスウォン)カルビもその一つで、創業35…
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奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その1

 姫川の源流で渓流釣りをする機会を持った。  姫川は河川総延長距離がたった58km、しかしその平均勾配は1000分の13ということで、まさに日本の川の典型のような短い急流の川である。  姫川は名前も美しい、その急峻な流れも美しい。  川の名前のルーツは古事記にまでさかのぼるが、古代、姫川下流の越(高志)の国に、奴奈川姫という才色兼…
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思い出の中の川 第6回 小川

 第6回は小川である。  大石川の本流に金俣集落を通り大石川に注ぐ支流が小川である。 この川はけっこう上流までいい釣り場が続くということだが、釣り師は堰堤までの黄線部分でしか釣ったことがない。 この小川で、2006年(平成18年)6月18日に27cmの山女と26cmの山女を釣り上げた。 27cmのこの山女は銀毛化していてパーマークが消え…
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能登(日本道)への道 その39  絶景の東海岸で旅を終える

黄☆印の金剛岬を出発した。  奥能登絶景街道に引き続き絶景となる東海岸を40分ほど走って、恋路海岸の見附島(軍艦島)に到着した。 見附島は自然が造り出した高さ約28mの無人島で、島の形が大きな軍艦のような形をしているところから、別名軍艦島とも呼ばれており、能登半島を象徴する景勝地として知られている。 軍艦島で小休止して、ここか…
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奈良散歩 その11 手向山八幡宮と三月堂 

十分に廬舎那仏や大仏殿を見た。   このあと、赤⇒の道を通って手向山八幡宮や三月堂、四月堂などを見ることにした。  その道中で、東塔院跡発掘調査中と書かれた遺跡発掘現場に出会った。ここは大仏殿で見た右側の塔の在った場所で、早ければ20年後に100mクラスの七重の塔が再建される場所のようである。東塔は東塔院とも呼ばれ、重厚な回廊が塔を…
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プル(pur)「集落・城塞を意味」が世界を駆け回った話

 インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)のサンスクリット語は古典学術用語として栄えたラテン語・ギリシア語とともに「三大古典印欧語」と称される。     このサンスクリット語で「集落・城塞」を意味するプル(pur)という言葉がある。  今日はこのプル(pur)が世界を駆け回った話。     直接purに由来する地名は、インド、東…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その4 アスワン (難問付きです!!)

    ナイル河から見たアスワン市街  アスワン(Aswan)は、エジプト南部の都市でカイロの南899km、ナイル川の東流域に位置する。  市街地は、エジプトの国家の一大事業であったアスワン・ハイ・ダムとその前に建設されたアスワンダムの間にあり、 市内には、アガサ・クリスティが『ナイルに死す』を執筆し、その舞…
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東京散歩 その13 東京大学の核心部を見学 その1

これから東京大学の核心部を見学する。 Aの三四郎池、Bの浜尾新像、Cの安田講堂の順で見学し、赤星印の大講堂下の中央食堂で昼食である。まず、Aの三四郎池からである。1615年の大坂夏の陣の後、加賀藩前田家は幕府から現在の東京大学(本郷キャンパスの一部)およびその周辺地を賜った。 1629年4月、前田家3代藩主利常の時に徳川3代…
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甲州街道と佐久平みち その18 八幡原史跡(川中島古戦場)にて 

 長野トヨタレンタ長野店から、まず八幡原史跡(川中島古戦場)公園を目指した。  距離にして6.5km、時間にして20分もかからない。  午前10時には川中島古戦場に到着した。 川中島と言えば武田信玄と上杉謙信の合戦で有名な場所である。 川中島の戦いは、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信との間で、北信濃の支配権を巡って行われた数次の戦いを…
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韓のくにの旅 その6 「イ・サン」の創建した龍珠寺

 龍珠寺(りゅうじゅじ、ヨンジュサ)は、大韓民国京畿道華城市にある仏教寺院である。 韓国仏教界で最大勢力の曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)の第7教区本寺である。   曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)は、新羅時代の854年(文聖王16年)に廉居和尚が葛陽寺が創建したことをもって、龍珠寺の創建としている。  李氏朝鮮の時代、太宗による1407年(太宗7年)…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第8回はインドネシア

 インドネシアは赤道にまたがる1万3,466もの大小の島により構成される島国です。  大きな島ではスマトラ島、ボルネオ島、セレベス島、ニューギニア島、そして首都ジャカルタのあるジャワ島などがあります。  地図を見るとジャワ海を取り囲むようにこれらの島々が配置されていて、人口は2億6,400万人を超え世界第4位の規模、また東南アジ…
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能登(日本道)への道 その38  最果ての禄剛埼灯台にたどりつく

 ほぼ2時間かかって、禄剛埼灯台にたどり着いた。  「さいはてにて」のロケ地などを色々見てくればもう1時間はかかっただろうが、夕方までに七尾の宿泊ホテルに着くには、今のペースが適当である。  このシーンは、350m程の禄剛埼までの登り道を振り返って見たところだが、勾配がきつくて息が切れ、何度も立ち止まって休んだ。 …
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奈良散歩 その10 「華厳経」と「奈良の大仏(廬舎那仏)」

 盧舎那仏の後ろ側には、昔の伽藍配置の模型が作られていて、大仏殿の左右には高さ96mの七重の塔が建てられていた。  この二つの建物は落雷にあって焼失し、今は跡地しか残されていない。  ところで、今この右側の塔に再建の話が持ち上がっていて、早ければ20年後に東大寺の大仏殿の右側に、100mクラスの七重の塔が見られる…
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「民族」の簡略な定義と複雑な「民族問題」

文化、言語、生活様式などの特定の要素を絆(きずな)として共有し、「われわれ」という意識を持った人間集団。  (1)文化、宗教、言語、生活様式、肌の色など身体的形質を標識として、他集団との相違を確認できる客観的な側面と、  (2)歴史意識、利害関心、未来志向などを介して、集団に共属しているという意識や感情の主観的な側面がある。 …
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ナイル河の旅 その3 ルクソールにて(楽しい問題付きだよ)

              ルクソールの王家の谷から見上げたエル・クルン山 ↑ この山をピラミッドに見立て、王や王妃の墓を作った。古代エジプトの歴史の概要だが、紀元前3000年頃から統一王朝が始まる。第1王朝から第30王朝まであり、30もの違う血の王が国を治め、その後ギリシャ人の制服王朝プトレマイオス王朝となり、クレオパトラ7…
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東京散歩 その12 東大という怪物その3

最後に文芸部門である。あ行阿川弘之(小説家・評論家、文学部国文科、文化勲章受章者)芥川龍之介(小説家、文学部英文科)浅倉卓弥(小説家、文学部)阿部昭(小説家、文学部仏文科)安部公房(小説家・劇作家、医学部、芥川賞受賞者)阿部次郎(作家、文学部哲学)阿部知二(小説家・英文学者、文学部仏文科)荒正人(文芸評論家、文学部英文科)いいだもも(評…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その4

 この満腹状態で、やまびこ荘で少し休んで、再び中ノ沢へ釣りに出掛けた。  塩ノ沢は水の量が極端に少なく、とても釣りどころではなかった。 中ノ沢の、浜平方面から神流川本流が流れ込むあたりに車を停め、僕はいつもの僕ではなく、内山節になった気分で、中ノ沢に降りた。  心は内山節になって、気温は今日も体温並の真夏の昼下がりに、山女釣りを始めた。…
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甲州街道と佐久平みち その17 松本城

午後1時半には大王わさび農場を出発した。  16km程の安曇野の道を走って、午後2時半には松本城に入った。  今まで現存12天守(北から弘前城、松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、姫路城、松江城、備前松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城)のうち9か所(弘前城、丸岡城、彦根城、姫路城、松江城、丸亀城、松山城、宇…
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韓のくにの旅 その5 蒼龍門(チャンロンムン)にて

音楽付きでお楽しみください。 クリックです!! ↓ http://youtu.be/pu7Nn3f2tgU  今回の水原華城見学での終着駅は蒼龍門(チャンロンムン)である。 華城には東西南北に4つの大門が設置されているが、北側に設置されている門が蒼龍門である。  ここで4箇所の大門を簡単に説明すると、城の北の方角に華城の正門の長安門があ…
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