近江街道をゆく その4  横川に入っていく

延暦寺駅から15分ほど歩いて東塔バス停に行った。 ほどなくバスはやって来て、このトンネルを潜って叡山三塔の中で一番遠くにある横川にまず向かった。 横川は司馬遼太郎が何回も訪れた場所で、一番気になる場所で一番行きたかった所なので、心を弾ませながらバスに乗り憧れの横川へ行った。 ここから横川に入っていく。「司馬遼太郎の街道をゆ…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その21 「韓のくに紀行」のもう一人の重要な主人公、鬼室集斯 

 もう一人の重要な「韓のくに紀行」の主人公が、鬼室集斯(きしつしゅうし)。  こちらは沙也可とは逆で、日本の古代史上重要な白村江の戦いで敗残し、日本に亡命した百済人である。  白村江の戦い(はくすきのえのたたかい、はくそんこうのたたかい)とは、663年(天智2年)8月に朝鮮半島の白村江(現在の錦江河口付近)で行われた、倭国・百済遺民の連…
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泉靖一の「インカ帝国」

 「インカ帝国」について知るには丁度いい参考書がある。少し古く、古典とも言うべき本ではあるが。  僕が大学へ入って間もない頃(暇に任せて古本屋あさりをしていた頃のことだが)、タイトルに惹かれて文庫本等を20冊ほど買ったことがあった。  その中の1冊に、泉靖一の「インカ帝国」という岩波新書本があった。  泉靖一は、今は故人となっている有名…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第16回はイラン

 現在のイラン(現在の正式名はイラン・イスラム共和国)は、強い反米政策と独自のイスラム政体を築いていて、外国人から見るとぶっそうな国の一つとなっています。  しかしイランはその昔ペルシャと呼ばれた大国(昔の国名はペルシャ猫とかペルシャ絨毯として残っている)で、アラビアンナイトの舞台とか、ステンカ・ラージンの歌にも登場し「ペルシャ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その13  金沢街道を朝比奈峠まで歩く

これから十二所神社までバスで行き、そこから金沢街道を鎌倉市と横浜市の境まで歩いていく。 金沢街道は鎌倉七口(七切通し)の一つの朝比奈切通しのある街道だが、この街道は六浦湊に荷揚げされた物資の運搬に利用されたことから、昔は六浦道と呼ばれていた。 六浦道は金沢八景の瀬戸神社前から鎌倉鶴岡八幡宮前までの道である。  午前11時こ…
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奈良散歩 その25 興福寺国宝館Ⅰ 

 東金堂の次に、お目当ての阿修羅像が展示されている国宝館に入った。  この国宝館は、僧侶たちが集まって食事をする食堂(じきどう)があった場所に、耐火式宝物収蔵庫として1959年に建てられた。地下には、実際に見ることはできないが、旧食堂の奈良時代以降の遺構がそのままの形で保存されているそうである。  国宝館の展示物配置は上図のよう…
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本多勝一「カナダ・エスキモー」

 日本におけるルポルタージュの "古典" とでも言うべき本。 『エスキモー』という人びとの存在は知っていても、その生活については全く知らなかったので、驚きの連続となる印象的な本。  『エスキモー』は「酷寒の地で生活する民族」というイメージぐらいしかなかったが、そこに描かれる生活様式はまさに想像を絶する世界である。  その1 「時間感覚…
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金沢紀行 その9 「武家屋敷跡野村家」に到着

西茶屋街を出てバスに乗り、金沢一の繁華街である香林坊でバスを降りた。  この辺りは背の高いビルが林立するあか抜けた街である。  ここを赤→のように歩いて長町武家屋敷に向かうのだが、その前にせせらぎ通り商店街の洋食屋で昼食とした。  洋食屋の名前は「RYO」と言う。  食べたのはこの焼肉定食で、焼肉もサラダもみそ汁…
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モルドバは古代ダキア人とローマ人の混血児ルーマニアと同じ民族の国

モルドバは古代ダキア人とローマ人の混血児ルーマニアと同じ民族の国 モルドバはお菓子の柿の種のような形の国である。 歴史的にこの地域を見ると、古代からモルドバ平原にはダキア人が住んでいた。 その後やってきたローマ人入植者も加わり、この地帯独自の文化が形成されていった。 271年のローマ軍撤退後は、ヨーロッパとア…
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探険家の歴史 第3部 第8章 間宮林蔵の時空を越える旅

 蝦夷錦を運んだ道は、中国・南京から大陸を流れる大河アムール川(中国名・黒龍江)を経て、樺太から北海道に至る、全長約5千キロにおよぶ壮大な「北のシルクロード」であった。  この北のシルクロードを歩いて清国の仮府(一時的な役所)が置かれていたデレン(現ノボリノフカ)を中心に黒龍江(アムール川)下流での調査…
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茶の本 全文紹介 第1章 人情の椀 NO1

岡倉天心「茶の本」  原文は英語(原題"The Book of Tea")村岡博(1895-1946)氏翻訳全文掲載 第一章・人情の碗第二章・茶の諸流第三章・道教と禅道第四章・茶室第五章・芸術鑑賞第六章・花第七章・茶の宗匠 第一章・人情の碗 NO1  茶は薬用として始まり後飲料となる。 シナにおいては八世紀に…
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近江街道をゆく その3 坂本ケーブルに乗る

坂本ケーブルは昭和2年に開設された全長2025mの日本一長いケーブルカーで、麓の坂本駅から延暦寺駅迄を11分で結んでいる。 初発が午前8時で毎時00分と30分に出発するので、僕はしばらく待合室で時間を過ごし、午前9時30分の便に乗って坂本駅を出発した。 ここは坂本駅を出てから5分程経過した地点だが、ケ…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その20 司馬遼太郎「韓のくに紀行」の最も重要な登場人物沙也可のこと 

 司馬遼太郎の「韓のくに紀行」での目的は、「日本とか朝鮮とかいった国名もなかったほど古い頃、お互いに大声でしゃべりあえば通じた、お互いに一つだと思っていた大昔の頃の気分を、韓国の農村などに行って味わいたい。」ということだった。  そういう気分を少しでも味わいたいなら、街中が史跡と化している慶州の街を、1日でもいいから計画もなしにのんびり…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その4 先祖代々大切にしてきた山里の暮らしを集めた郷土資料館で 

俺の仕事は俺一代という本の中に、大坪さんは「山里のロマン」という、18ページほどの挿絵つきの文章を書いている。こんな書き出した。 「俺が広い世界があるということを知ったのは、4歳の時だった。藤原の冬は寒くて長い。12月になればもう外では遊べない。子どもたちは家の中に閉じこもり、囲炉裏でジャガイモを焼いたり、焼き餅を食ったりして春を待つ。…
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CONVERSATION PEACE スティーヴィー・ワンダー

音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I  スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder, 本名:Stevland Hardaway Judkins, 1950年5月13日 - )はアメリカのミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。歌のほか、様々な楽器を演奏するマ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その12 源頼朝の墓を見に行く

次に源頼朝の墓を見に行くことにした。 黄線上の道路を、上図右上の黄色矢印の源頼朝の墓まで歩いていく。ここへ行くまでの道中が良かった。 雪ノ下3丁目という住居表示のこの辺りは、横浜国立大学付属小・中学校や清泉小学校が建てられていて完全な文教地区となっており、午前10時頃にもかかわらず小・中学生が通りを歩いていて、彼らとすれ違うたび…
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奈良散歩 その24 法相宗というもの

 興福寺は法相宗の寺院なので、ここで一旦境内を巡るのを止めて、法相宗というものはいかなる宗派なのか簡略に紹介する。  法相宗の始祖は玄奘三蔵で、玄奘は7世紀初頭に中国からインドに渡って多くの経典を持ち帰り、経典の漢訳に励んだ。  その中の一つである「成唯識論」という経典を拠り所にして法相宗を開いたのが、玄奘の弟子の慈恩大師である。 …
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思い出の中の川 第12回 小俣宿 その1

 これから小俣宿を散策していくが、その前に小俣宿が登山口の一つとなっている「日本国」という山の名の由来を紹介する。 新潟県と山形県の県境に位置する標高555mのこの山の名前の由来には諸説あるようだが、三つ紹介する。  一つ目だが、蜂子皇子(崇峻天皇の第三皇子、出羽三山開山)が父親である崇峻天皇が蘇我馬子により暗殺された事で、その追…
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金沢紀行 その8 寺町寺院群から西茶屋街へ

加賀藩第三代藩主前田利常が事実上造り上げた寺町寺院群は70近くもある寺からなっている。  赤四角で囲った妙立寺を中心にこんなにあるので、全部回ることは1日がかりの仕事になってしまうので、黄四角で囲った三寺だけを見て回った。  まず、西方寺である。 この寺は前田利家の六女菊姫の菩提寺で、江戸時代は天台宗の触頭(ふれがしら;江戸時代に…
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茄子 派手さを隠しながらいろんな料理に使える野菜

 原産地はインド、そこから世界に広がった。   原産地といわれるインドでは「王の野菜」とよばれるほどの重要な野菜。  暑いほど生育がいいので、日本でも南のほうが大生産地となっている。 茄子に関する豆知識あれこれ    初夢の縁起物として三番目に挙げられ…
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探険家の歴史 第3部 第7章 探検家たちによるシベリア制覇

   ロシアがシベリアの東端に達するのは、イェルマークがイルティシュ川で水死してからわずか63年後の1648年のことである。  ユーラシア大陸を東西にまたぐ大国家を建設するという野望を実現した民族は、モンゴル民族とロシア民族である。  モンゴル民族は騎馬でそれを実現したが、草原の終わるところで森林に阻まれて止まった。 …
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(動画)韓の国の旅 その5 仏国寺を訪ねて

 仏国寺(ぶっこくじ、ブルグクサ)は、大韓民国慶尚北道慶州市にある仏教寺院。韓国仏教界の最大勢力である曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)の寺院で第11教区本寺。吐含山のふもとにある。 1995年、石窟庵とともに「石窟庵と仏国寺」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。また釈迦塔などが国宝に指定されている。 それでは動画をご覧下…
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近江街道をゆく その2 旅の初日はウトウト、翌日は比叡山へ

旅は11月から始めた方が111と続く数字の関係で縁起がいい?かなとも考えたが、あえて古代ケルト人の祭りの日であるハロウィンの日を旅のスタートとした。 旅の最初から化物が出てくるような予感がするが、それも案外面白いかもしれない。 そんなことを思ったり、旅の装備を考えたりしている間に色々と迷いが生じて、結局旅の前夜は4時間程しか眠れなか…
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韓の国の旅その19 「極楽浄土」を現世に具現した「仏国寺」見学(k)

 次は石窟庵と合わせて世界遺産として登録されている仏国寺の見学。  仏国寺の創建年度には諸説があるが、「三国遺事」という史料によると、西暦751年に統一新羅の時の宰相、金大城(キム・デソン)が現世の両親のために建立したという記録が残っている。  仏国寺には新羅仏教芸術の傑作と称えられる7つもの国宝が現存。1995年にユネスコ世界遺産に登…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第15回はパキスタン

 ここからはいよいよ、イスラムの世界の始まりです。  世界の4大文明は、黄河文明を除いてはいずれも乾燥地帯を流れる大河のほとりに誕生しましたが、その一つであるインダス文明が栄えた国がパキスタンです。  インダス川流域に栄えたハラッパやモヘンジョダロの町も、インダスの流路が変わるなどして廃墟と化しました。  インダス文明とい…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その12 源頼朝の墓を見に行く

次に源頼朝の墓を見に行くことにした。 黄線上の道路を、上図右上の黄色矢印の源頼朝の墓まで歩いていく。ここへ行くまでの道中が良かった。 雪ノ下3丁目という住居表示のこの辺りは、横浜国立大学付属小・中学校や清泉小学校が建てられていて完全な文教地区となっており、午前10時頃にもかかわらず小・中学生が通りを歩いていて、彼らとすれ違うたび…
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奈良散歩 その23 南円堂と北円堂 

南円堂は興福寺が藤原氏の氏寺として発展して五重塔、中金堂などの主要なお堂、建築が整備されることになった奈良時代に建立されたものではない。   南円堂は平安京への遷都後、藤原氏の勢力が一層強まっていく平安時代初期の813年に藤原一族の藤原冬嗣が父内麻呂追善の為に建てたものである。この頃、藤原氏の中でも摂関家北家の力が強くなり、北家繁…
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金沢紀行 その7 金沢2泊3日の旅はまず忍者寺から

 これから、2017年5月22日(月)から2017年5月24日までの金沢の旅となる。 これは能登半島を旅した後に、北陸新幹線の開通2年後でますます賑わう金沢の町を2泊3日で旅した紀行である。  2泊3日の日程はこのようなものである。 金沢駅に到着するとすぐに北鉄バスの1日フリー乗車券(おとな500円)を購入して、広小路ま…
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北ゲルマン民族 の国 デンマーク

 デンマークは、北ゲルマン民族の国でスカンジナビア三国と一緒に括れる国。  そして、ここにはアンデルセンがいる。  デンマークは北ゲルマン民族の中のデーン人が定住して作った国だが、フランク王国の「デーン人辺境区」という意味のデーンマークから、現在のデンマークとなった。(同じ意味では、オストマーク(東部辺境…
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探険家の歴史第3部 第6章 松前慶広と蝦夷錦

 ロシアに於ける辺境がシベリアなら、日本における辺境は北海道(蝦夷地)及び樺太そして千島列島であろう。  シベリアはロシア民族以外の民族の居住する場所で、同じように北海道(蝦夷地)及び樺太そして千島列島も大和民族(日本民族、和人ともいう)以外の民族が住んでいた。  今回は、この日本の辺境地域に進出した松前氏までの…
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近江街道をゆく その1 旅の始まり

 「近江街道の旅」は、去年の「越前と若狭の旅」の続きである。 「越前と若狭の旅」は「越国(こしのくに)」と呼ばれ、ヤマト王権の勢力が十分に及ばない日本海側の地域でありながら、朝鮮半島や大陸からの交通路になっていて先進文化が栄えていた地域の南端部の旅であった。 「近江街道の旅」はヤマト王権の直接の主要な血となった継体天皇の祖先やそ…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その18 世界遺産の石窟庵(ソックラム)を見学

 これから石窟庵(ソックラム)に行く。  石窟庵(ソックラム)は、大韓民国慶尚北道慶州市にある仏教遺跡。吐含山の麓にある。元々「石仏寺」と呼ばれていたが、「石窟」「趙家寺」などを経て、「石窟庵」と呼ばれるようになったのは日本時代以降である。1962年12月20日、大韓民国国宝第24号に指定された。また、1995年に石窟庵から約4キロメー…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その3 『俺の仕事は俺一代』の世界 - 大坪義一さん-(k)

 奥利根湖の帰り、このまま水上に帰るのももったいないし、源流釣行の場所を探すついでにこのあたりを見学しようかと考えて、車を藤原湖の方角に進めた。 すると眼前に、桃源郷なるものが此の世にあるとしたら、桃源郷はこんな景色のところでは、という風景が広がった。 しばらく景色に見とれて車を進めると、右手に「藤原の里ふるさと村 郷土館」という建…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その11 鎌倉国宝館を見学

これから鎌倉国宝館へ向かう。 鎌倉国宝館は昭和3年4月3日に開館した歴史・美術の博物館である。  大正12年の関東大震災で鎌倉でも多くの歴史ある社寺が倒壊して貴重な文化財を損失したが、これを教訓として不時の災害から由緒ある文化遺産を保護し、あわせて鎌倉を訪れる方々がこれらの文化財を容易に拝観見学できるよう、一堂に展示する施設とし…
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奈良散歩 その22 興福寺三重塔

 猿沢の池を過ぎて、この階段を上って、南円堂の方角に歩いていく。  南円堂の中にある国宝の不空羂索観音が現在特別公開中ということで、階段道の両脇にびっしり「不空羂索観音菩薩」と書かれた幟旗が並んでいる。 今は南円堂は目的の建物ではない。  階段の真ん中あたりで左手に曲がって、観光客の回遊ルートから外れている目立たない静かな道を歩…
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思い出の中の川 第11回 小俣川と日本国

 これから府屋大川を遡上し、それから小俣川へ向かう。  小俣川は清酒「日本国」の名前の由来の新潟県と山形県との県境にある日本国の山裾を流れる川である。  日本国は海抜555mの山であり、覚えやすい高さの山である。今回の「思い出の中の川」は、その日本国の登山口がある小俣集落までの小俣川沿いの川旅である。  ここはまだ府屋大川で、…
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金沢紀行 その6 「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」を散策

「金沢しつらえ」で昼食を終え、店の外に出た。  店の入り口には、浴衣を着た二人の若い女性が店先で中をのぞき込んでいた。  僕の方はこれから「ひがし茶屋街」の散策である。  「ひがし茶屋街」の正式な地名は東山ひがしで、ここは重要伝統的建造物群保存地区となっている。  南北約130m、東西約180m、約1.8haで、保存地区内の建築…
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野菜の女王はトマト、その世界地図

 果物の王様がリンゴなら、野菜の女王はトマト、トマトは世界中で最も愛されている野菜。  トマトの故郷は、アンデス高地。  ここから下図のように、世界各地に伝播した。  16世紀にトマトがヨーロッパに伝わって以来、現在までに世界各地でさまざまな品種がつくられている。  トマトは栄養的にも実り豊かな野…
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探険家の歴史 第3部 第5章  イェルマークとシビル・ハン国

 チンギス・カンの長男のジョチ家がロシアに築いた領土はジョチ・ウルス(ジョチ家の所領)と言われ、それはキプチャク・ハン国とも呼ばれた。  ジョチ・ウルスは、13世紀から18世紀にかけて、黒海北岸のドナウ川、クリミア半島方面から中央アジアのカザフ草原、バルハシ湖、アルタイ山脈に至る広大なステップ地帯を舞台に、ジョチの…
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甲州街道と佐久平みち その29 、「甲州街道と佐久平みち」の終わり 

 午後3時過ぎにはアクアホテル佐久平に到着した。  このホテルは北陸新幹線の佐久平駅浅間口より徒歩1分の距離にあり、139室の客室と朝食会場を備え、最上階には佐久平市内を一望できる展望風呂を持っている。夕食は、佐久平駅浅間口裏の八風水産市場隣にある市場直営の寿司割烹八風で食べた。 明日は新潟へ帰るので、今夜は最後の晩餐となる。 ジ…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その17 特1級ホテル「コモド慶州朝鮮」に宿泊

 韓国2泊目のホテルは「コモド慶州朝鮮」、最高ランクの特1級ホテルである。  韓国のホテルは、ムクゲ(無窮花:ムグンホァ)の個数でランク付けされ、特1級(ムクゲ五つ)、特2級(ムクゲ)、1級(ムクゲ四つ)、2級(ムクゲ三つ)、3級(ムクゲ二つ)の五つに分かれている。  遅い時間に到着して翌朝は7時半出発ということで、このホテルの自慢の温…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第14回はブータン

 ブータンというと、幸せの国ですね。  タクツアン僧院、クエンセルポダン、タシチョゾンなどを観光しながら、この国では「幸せの意味」を考えながら旅してみたいと思います。  ブータンは大量生産大量消費の欲望渦巻く現代社会の中で、「国民総生産」という概念でなく、確か「国民総幸福」という概念を持ち出し、幸福の本当の意味を真剣に考えている…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その10 頼朝の城鶴丘八幡宮を散策

頼朝に連れられて鶴丘八幡宮に入っていく。 目の前の橋はかながわの橋100選の一つである太鼓橋で、将軍家が参拝する際はここで輿(こし)を降りた。 かっては朱塗りだったので赤橋とも呼ばれており、現在は渡ることができない。 太鼓橋を通り越し平家池と源氏池の真ん中を貫いている表参道を歩いていく。 途中で右手の源氏池に浮かぶ島に建…
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奈良散歩 その21 猿沢池越しの五重塔

司馬さん並みに、「五重塔をことさら無視するように歩いていく贅沢さ」を十分味わってから、猿沢池に行った。  この池越しに見た興福寺五重塔が絶品だと旅行案内書等に出ていたので、その風景を間近に見て見たかった。  猿沢池越しに見える位置に立ち興福寺五重塔を見ると、なるほど周りの風景に塔が溶け込んで素晴らしい景観を造っている。興福寺五重…
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「愛は花、君はその種子」(k)

 クリックです  ↓ ●「愛は花、君はその種子」 歌・都はるみ  原曲・THE ROSE思い出ぽろぽろ挿入歌                やさしさを 押し流す                愛 それは川                魂を 切り裂く                愛 それはナイフ              …
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金沢紀行 その5 「ひがし茶屋街」にて

今、「鏡花のみち」を歩いている。 「鏡花のみち」は天神橋から中の橋の左岸にある約600mの道で、ここは浅野川大橋のたもとに生まれた泉鏡花が幼い頃を過ごした場所である。 天神橋は「義血侠血」の舞台となった橋で、そこまで歩いてから再び「鏡花のみち」の中ほどにある梅ノ橋まで引き返した。  この像は、梅ノ橋のたもとにある「義血侠血」のヒロ…
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スカンジナビア半島に住む北ゲルマン民族

今日は、ゲルマン民族を見てみよう。 ゲルマンは、言語により東ゲルマン、北ゲルマン、西ゲルマンの三つに分類される。 今回はスカンジナビア半島に住む北ゲルマン民族に焦点を当てるが、フィンランドにもふれる。 ノルウェーは北ゲルマン民族の国 バイキングを生んだ国として有名だが、もともと、バイキングは入り江…
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探険家の歴史第3部 第4章 マンモスハンター達の軌跡

 新人類が日本に到達したのは今から3万年前、その頃の日本は氷河期の最終氷期の終期に当って、樺太と北海道と本州と四国と九州は繋がっており、朝鮮半島と日本列島も繋がっていた時期があったと考えられる。   氷期になると間氷期に比し平均気温が7~8度下がり、海岸線が極端に遠退き、陸上の大部分が氷に覆われる。海面は100mも下が…
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紅の豚主題歌 さくらんぼの実る頃(訳詞付) / 加藤登紀子

さくらんぼの実る頃(5月頃です!!)  クリックです!!画像と歌流れます。↓  勇敢なパリコミューンの野戦病院の看護助士ルイーズに捧げられた ­­最後の詩文。  籠いっぱいのサクランボの実をもって、ロワール通 ­り­のバリケードにやってきたのは二十歳のうら若きルイーズだっ ­た­。  「わたしにもなにかてつだうことがある…
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甲州街道と佐久平みち その28 追分宿 

 午後から、追分宿まで行った。  佐久平駅近くの食堂から、レンタカーで12km程の距離である。追分宿は中山道六十九次のうち江戸から数えて二十番目の宿場で、今は北佐久郡軽井沢町追分という住所で、北国街道との分岐点であり、追分の名はこれに由来する。  まず、信濃追分駅を見た。それから、追分宿に向かった。  追分宿は元禄時代には…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その17 特1級ホテル「コモド慶州朝鮮」に宿泊

 韓国2泊目のホテルは「コモド慶州朝鮮」、最高ランクの特1級ホテルである。  韓国のホテルは、ムクゲ(無窮花:ムグンホァ)の個数でランク付けされ、特1級(ムクゲ五つ)、特2級(ムクゲ)、1級(ムクゲ四つ)、2級(ムクゲ三つ)、3級(ムクゲ二つ)の五つに分かれている。  遅い時間に到着して翌朝は7時半出発ということで、このホテルの自慢の温…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その2 奥利根湖の矢木沢ダムにて

 奥利根湖は八木沢ダムの建設によって出来たダムである。 昭和42年8月完成したダムだが、ここに溜まる水の量は2億430万㎥、25mプールの68万個分に相当し、東京都の人たちが一日に使う水の量の約44日分という。  矢八木沢ダムに代表されるように、ここ奥利根のダムは首都圏の水がめとして使われており、環境保護団体から言わせれば…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その9 鶴ケ岡八幡宮前まで歩く

鎌倉での宿は鶴ケ岡八幡宮前のホテルシャングリラ鶴岡である。 ここで、11月5日(木)、11月6日(金)、11月8日(日)の夕方から朝までを過ごした。 このホテルは鎌倉の中心若宮大路に位置し、鶴岡八幡宮まで徒歩1分鎌倉駅からも徒歩5分ということで、観光の拠点として最適だった。 部屋も広く、バス・トイレ・冷暖房完備で朝食付き7,7…
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奈良散歩 その20 興福寺五重塔

「奈良散歩」の旅も三日目となった。  今日は、興福寺と奈良町を巡る旅である。  ホテルを出て、パンフレットに書かれている正式ルートで、今在家バス停に向かった。  いつもは反対側にある、ホテルに帰ってくるときに降車するバス停を利用しているので、奈良中心街へ向かうこのバス停を利用するのは、実は今回が初めてである。 近鉄奈良駅前で降…
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思い出の中の川 第10回 府屋大川河口

 2009年5月2日午後3時半頃に勝木川を見たが、それから府屋に向かい、この日は府屋の「通年民宿長平」に泊った。  府屋は新潟県の最北端に位置する旧山北町の中心街区で、2008年4月1日に村上市、荒川町、神林村、朝日村と合併し、村上市となるまでは、この府屋に町役場があり、町の行政や経済活動の中心となっていた。 この府屋に流れ込む川が府屋…
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金沢紀行 その4 主計町散策 

「金沢文芸館」を出ると、浅野川沿いの主計町茶屋街に向かった。  金沢には、藩政期に公許され周囲を塀で囲まれた廓(くるわ)があり、 金沢城からの方角によって「東の廓」と「西の廓」に区分けされていた。 それは現在、「ひがし茶屋街」、「にし茶屋街」として、毎日大勢の観光客で賑わう金沢の観光名所の一つとなっている。  主計町は明治に入って…
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食の世界地図 りんご

 りんごといえば、古くは旧約聖書にも登場する”禁断の果実”として知られ、また、ウィリアムテル、ニュートンの万有引力、白雪姫等話題に事欠かない食材である。  まず、このりんごから「食の世界地図」を始めよう。  上図はりんごの世界における生産量、2009年の統計資料である。  中国が世界の生産量ではダン…
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探険家の歴史第3部 第3章  「東洋人の皮をかぶった西洋人」の国「ロシア」

 一般的にはルーシの時代からロシアという国が始まったと考えられている。そのロシアが周辺の国々を従えてソ連体制を築いたのが1917年、この時ソ連(ロシア)の版図は歴史上で最大になり、事実上は世界の国の半分を支配していた。  このソ連(ロシア)に参加した国々は、15共和国を数える。  中央アジアでは、ウズベク共和…
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ウユニ塩原

 ウユニ塩原(スペイン語: Salar de Uyuni)はボリビア中央西部のアルティプラーノにある塩の大地。標高約3,700mにある南北約100km、東西約250km、面積約12,000km²の広大な塩の固まり。  この塩原は高低差が50センチしかないことが調査により判明しており、「世界でもっとも平らな場所」でもある。そのため、雨季…
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甲州街道と佐久平みち その27 塩名田宿 

 八幡宿の次にその隣の塩名田宿を見た。 塩名田宿は中山道六十九次のうち江戸から数えて二十三番目の宿場で、現在は長野県佐久市塩名田となっている。  この下の道が旧中山道で、千曲川の旧渡し場まで続いている。橋が掛けられたこともあったが、洪水の度に流失して、船や徒歩で渡るのが専らであった。 塩名田宿は暴れ川であった千曲川の東岸にあり、旅…
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韓の国の旅その16  韓の国紀行 慶州の夜

 安東河回村観光の後、ツアーバスは高速道路を大邱から慶州へと、距離にして180km、約2時間半程かけて今日の最終目的地の慶州へたどり着いた。  時間は午後7時に近く、陽はすっかり暮れていた。  これから、赤い線で囲んだ「瑤石宮」で食事を取り、黄色い線で囲んだ世界遺産の「雁鴨池」の夜景を見学し、青い線で囲んだ「コモドホテル慶州」で宿泊する…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第13回はインド

 インドの地図をみるとこの国の聖獣である「牛」の顔を思い出します。  あとは、聖なる川「ガンジス川」、それにカレー、そして紅茶などが思い浮かびます。  インド人のほぼ80%がヒンズー教徒で、インドは9世紀以降ほぼヒンズー教一色の文明として存在してきました。  その関係で、ガンジス川はこの国にとっては神そのものとなり、ヒ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その8 甘縄神明神社から由比ケ浜へ

これから赤星印の甘縄神明神社に向かう。  甘縄神明神社は710年に僧行基の草創によって、由比の長者と呼ばれた染屋時忠が神明宮と神輿山円徳寺を建立したのがその始まりとされ、鎌倉最古の神社といわれている。 前9年の役で有名な源頼義が祈願して子の八幡太郎義家を授かったと伝えられる源氏と縁の深い神社である。 神社本殿まではけっこう…
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奈良散歩 その19 雑司町界隈

翌朝11月6日(水)朝飯前に、昨夜ホテルの方から聞いたホテルのすぐ近くにある旧細田家住宅に行った。   この苔の生えた茅葺き屋根の家が、奈良県指定有形文化財となっている旧細田家住宅である。旧細田家住宅は旧奈良町と農村の境界付近にあり、大和棟の外観をもつ小規模な農家住宅である。    主屋は東側の2間半を土間に、西側の二間半を…
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金沢紀行 その3 「金沢文芸館」にて 

次に歩いたのは、兼六園の北東に位置する浅野川の両岸である。  具体的には、浅野川左岸の浅野川大橋付近の「主計町茶屋街」と、浅野川右岸の浅野川大橋から梅の橋までの広がりを持つ「ひがし茶屋街」である。 まず、「主計町茶屋街」近くの「泉鏡花記念館」に入った。  記念館は、泉鏡花の生家跡(生家は明治時代の火災により焼失)に建つ木造二階建て…
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西スラブ人の国、ポーランドについて

西スラブ人の国、ポーランド。 ポーランドは最も美しいものと最も悲惨なものが同居するイメージ。 最も美しいものはショパンなどに代表される優れた芸術家達の存在。 最も悲惨なものはアウシュビッツ強制絶滅収容所を歴史の中で持ったこと。 ポーランドはポルスカが正式名称で、この意味はポーレ人の国。 ポーレは古スラブ…
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探険家の歴史 第3部 第2章 現生日本人のたった一人の祖先

 現生日本人のたった一人の祖先  今から800万年ほど前、地球の地殻変動が激しくなり、エチオピアからタンザニアまで走っている、世界最大の大地溝帯(グレート・リフト・バレー)が生まれた。  大地溝帯の東側は上昇、西側は沈下して巨大な壁が出来た。  西側から吹いてくる湿った風がもたらす雨は、壁を乗り越えられず、全部西…
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甲州街道と佐久平みち その26 八幡宿を散策 

 望月宿からは、旧中山道の佐久平にある宿をたどって歩くことにした。  具体的には上図の黄枠に囲った八幡宿、塩名田宿、岩村田宿、追分宿である。まず八幡宿に向かったが、八幡宿では最初に本陣跡に行った。 この本陣(小松家)では皇女和宮も宿泊している。  ここには当時のままの本陣門が残されており、中山道八幡宿本陣跡と刻まれ…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その15 安東河回村 

 写真を撮り、ビデオを撮影しながら、急ぎ足で周ガイドの後を追っていく忙しい旅となってしまっているが、安東河回村だけは時が止まったような感覚が間違いなくする風景で、仙台からツアーに参加した明るい雰囲気の奥さんは、「まるで長崎の・・・のようだ」と言っていたが、僕はこの風景を見て、真っ先に日本の古都「奈良」の田舎を思い出した。  平垣の向こ…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その1 「奥利根病」の地元探検家の人生を垣間見て

 奥利根には、藤原湖、ならまた湖、洞元湖、奥利根湖の4つの湖が点在しており、関東地方への電力供給のために作られたダム湖ではあるが、それぞれに美しい景観を誇っている。 その中でも藤原湖には、奥州藤原一族が落ち延びて密かにここで生活していた長い歴史が、今も藤原ダム湖となった湖底に眠っている。 その伝説の里である藤原郷の160戸が移転した史…
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旅人かへらず 西脇順三郎

旅人かへらず /1節(冒頭節)旅人は待てよこのかすかな泉に舌を濡らす前に考へよ人生の旅人汝もまた岩間からしみ出た水霊にすぎないこの考へる水も永劫には流れない永劫の或時にひからびるああかけすが鳴いてやかましい時々この水の中から花をかざした幻影の人が出る永遠の生命を求めるは夢流れ去る生命のせせらぎに思ひを捨て遂に永劫の断崖より落ちて消え失せ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その7 鎌倉文学館 その2

  第三部は明治・大正・昭和(戦前)の文学者の紹介である。  明治22年に横須賀線が開通すると、多くの文学者が鎌倉を訪れるようになる。  円覚寺に参禅した夏目漱石はその体験を「門」に書き、有島武郎は「或る女」の後編を執筆するために円覚寺の塔頭に滞在した。 高浜虚子は明治43年から鎌倉に住み、半世紀近くを由比ガ浜で過ごした。 …
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奈良散歩 その18 仏教や宗派について 

1日半かけて東大寺を心置きなく回って、夕食はコンビニで買った柿の葉寿司とビールで締め、奈良最初の寺である東大寺を終えた。  この奈良の旅は仏教という宗教の両輪となる「お寺と仏像」を拝観するのが主な目的となるので、この辺で仏教や宗派について簡単にまとめて記す。仏教とはお釈迦様の教えをもとに開かれた宗教で、目的は「悟りを開いて苦悩を捨…
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思い出の中の川 第9回 勝木川河口

勝木川は鮭の上る川で、この川の河口部では鮭のカギ漁(ひっかけ漁)が鮭の上る秋になると行われると聞いている。 その釣り場に、2009年5月2日午後3時半頃に行ってみた。  その途中でカニの加工場を通り抜けていくのだが、そこから出るカニ独特の生臭い強烈な臭いがこの辺り一帯に立ち込めていて、勝木集落は感じのいい町だが、この臭いだけはどう…
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金沢紀行 その2 兼六の園を歩く

ところで、兼六園とは「宏大」「幽邃(ゆうすい)」「人力」「蒼古」「水泉」「眺望」の六勝を兼ね備えているという理由でつけられた名である。 この六勝を共存させるのは難しく、宋の時代の書物「洛陽名園記」(北宋の済南の詩人、李格非が撰じた、洛陽の19の名園の紹介文)の中では湖園のみがこの六つの景観が共存していると記されている。 兼六園は洛陽…
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民族の世界地図 スラブ民族のこと その2  スラブ地域の民族の離れ小島の3国

スラブの地域に民族の離れ小島のように、アジア人種の国ハンガリー(赤星マーク)と、古代のダキア人と植民したローマ人の混血だとされているルーマニア(緑星マーク)がある。(ルーマニアの成立には異論もある。) なお、ブルガリア(青星マーク)も、フン族の末裔のブルガル族と南スラブ人の混血の国とされている。 この地域のこの3国は、興味深…
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探険家の歴史 第3部 第1章 ルーシの国を創った北欧バイキング

 ルーシの国を創った北欧バイキング  ロシアは東スラブ人の国である。  スラブは東スラブ人(ロシア人、ウクライナ人 、ベラルーシ人)西スラブ人(ポーランド人 、チェック人、スロバキア人)、南スラブ人(スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、ブルガリア人、マケドニア人)に分類される。  スラヴ人…
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甲州街道と佐久平みち その25 望月宿 

 望月宿は海野宿からはレンタカーで14km、時間にして25分程の距離である。   この道中の景色が景色と適当に曲がりくねった道路がドライブするには格好のコンディションとなっていて、冬に行うゲレンデスキーでの滑りを思い出しながら、まるで白馬高校スキー部の方々のように、豪快にカツスピーディにこの道を走った。   午前10時ころには、望月…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その14 安東河回村の入口に到着

 安東河回村は、村の名前は洛東江(ナットンガン)がS字を描くように村を囲みながら流れていることから「河回村」と名付けられている。  村全体が数百年の時を越え現代に息づいていて、時が止まったかのように美しい村。  河回村は瓦葺きや藁葺きの韓屋(ハノッ)が良好な状態で保たれているだけでなく、現在も両班(ヤンバン、昔の貴族階級)の子孫が先祖…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第12回はミャンマー

 東南アジアのインドシナ半島西部に位置するミャンマーは、1989年に改称するまで国名を「ビルマ」と言い、首都はネピドー(2006年まではヤンゴン)です。  南東はタイ、東はラオス、北東〜北は中国、北西はインド、西はバングラデシュと国境を接しまし、人口は約5,400万人で、 国民の6割がビルマ族ですが、他にシャン族や「首長族」として知ら…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その7 鎌倉文学館 その1

鎌倉大仏の見学を終えて、赤字Cの鎌倉文学館へ向かった。  鎌倉文学館までは黄線の道を通って、辺りの風景を楽しみながら歩いて行った。 いよいよ文学館に近くなってきたが、かなりしっかりしたアプローチ道ができていて、ただ道の両側の並木が大きく成長していてかなり薄暗く、夜はとても一人では歩けそうにないところである。 ここでよう…
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奈良散歩 その17 正倉院と転害門

 次に黄線の道を辿って、二ツ池(大仏池)からの絶景を眺めながら正倉院へ向かった。  大仏池周辺の風景は東大寺に相応しい気持ちのいい絶景である。   この池は、江戸時代はこのあたりの村の用水として造られ、その後正倉院の防火用水池として改修された。そういう経緯で、正倉院南池と称する研究家もいるそうで、池の向こう側に見える建物が正倉院であ…
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金沢紀行 その1 旅の始まりは兼六園から

2015年には「越前と若狭の旅」のプロローグで7月26日に、2017年には「能登(日本道)への道」のエピローグで5月22日から24日まで、計4日間金沢を旅した。 目的の旅のプロローグとエピローグの旅とはいえ、金沢は旅人にとっては魅力的な街で、このまま埋もれさせることもできなかったので、今回この4日間の旅のことを書いてみることにした。 …
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スラブ民族のこと その1 チェコとスロバキア

ヨーロッパの民族には大きく分けて、3種類ある。 イギリス・フランス・ドイツ・ノルウエー等のゲルマン民族。 ロシア・ポーランド等のスラブ民族。 イタリア・スペイン・ギリシャ等のラテン民族。 民族や国というものを知る上で好都合と思えるので 国がクッツイタリ離れたり、それとともに国名が頻繁に変わるスラブ民族を、ここでは見てい…
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探険家の歴史 第3部(環オホーツク海の探険家達) プロローグその2

 日本とロシアはあらゆる意味で対照的な国柄である。まず国の大きさだが、日本は37万㎡、一方ロシアは1700万㎡、45倍も大きい。  それに対して人口は、日本が1億3000万人、一方ロシアは1億4000万人、ほぼ同数であるので、人口密度は日本が37倍ということになる。  ただ、日本の大地のほとんどが温帯地域なのに、ロシ…
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