「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その1 「一度目の北上川の旅」の不確かな思ひ出

 平成18年の源流釣行の旅は北上川となった。
 この北上川を旅するのは、実は三度目ということになる。

一度目は,僕が学生であった昭和47年のことで、当時の親しい友人と、僕の当時の愛車である軽のダイハツフェローマックスで1週間くらいの間旅をした時に、確か北上川を通ったような記憶がある。
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                 我が愛車ダイハツフェローマックス(当時は軽のマイカーでもブルジョアと言われた)

あの時の旅は記憶も鮮明でなく、ともかく半島廻りをしようということで、牡鹿半島や男鹿半島、下北半島、津軽半島などを回ってきた旅で、内陸部の山岳地帯へは一度も足を踏み入れたことが無い、日本地図の輪郭を廻る旅で、それも全行程を車での寝泊りという、まことにもって今なら考えられない旅をしたことだけを憶えている。

食い物や洗面、風呂なんかはどうしたのか、それも記憶が定かでなく、たぶん風呂なんかは入らず、海岸で海水を浴びて済ませたか、洗面や髭剃りは、きっと公園で済ませたのだろうとあいまいな記憶では思っているのだが。

では、食べ物はどうしたかというと、これはそのあたりのスーパーや、田舎では雑貨屋で、有り合わせのパンとかその手のものを食べていたか、一日の内の一度くらいは食堂に入ってまともな食事をするという、同行者の下宿の生活の縮図を地で行くような旅行だったと記憶している。

ともかく、旅館に泊まらずに全行程を車の中での寝泊りということだから、快適なはずがなく、お互いのいびきが気になって眠れないような日もあったと思うが、不思議にその記憶もないのである。
  
当時の僕は小説家の五木寛之に憧れていて、五木寛之の描いた小説の世界をそのまま自分の旅の中で再現するような場面を想像したり、現実化したりするのが楽しみだった。
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この東北の旅も、五木寛之の世界を現実の旅として実現したものであり、同行者の普段の生活を二人で行いながら、軽自動車で東北一周の極貧旅行を行った。

 大学3年の夏休のことで、同行者とは良く一緒にバイトをやり、この旅行以外にもスキーや遊びを一緒にやっていた。

彼は田舎の町 の出身で、地元の高校を出て大学に入学したのだが、生活能力や体力は抜群で、運動神経もよく、スキーはとくに上手で、大学生から始めた僕のスキーは、彼が先生だった。
 
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                                   同行者の故郷の山並み

同行者との思い出は非常に沢山あり、それもあまりに身近すぎて空気のような水のような感じとして記憶に残っているので、思い出した折においおい書いていきたいと考えている。

 僕は、学生時代に暇になる度に彼の下宿に出入りして、テレビを見たりたわいもないことを話したり、彼の下宿の仲間とマージャンや酒宴を夜遅くまでしたり、そんな日常の延長として,東北の旅は存在していた。

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