茶の本 全文紹介 第1章 人情の椀 NO3

 かくのごとき誤解はわれわれのうちからすみやかに消え去ってゆく。
 商業上の必要に迫られて欧州の国語が、東洋幾多の港に用いられるようになって来た。
 アジアの青年は現代的教育を受けるために、西洋の大学に群がってゆく。
 われわれの洞察力は、諸君の文化に深く入り込むことはできない。
 しかし少なくともわれわれは喜んで学ぼうとしている。
 私の同国人のうちには、諸君の習慣や礼儀作法をあまりに多く取り入れた者がある。
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 こういう人は、こわばったカラや丈の高いシルクハットを得ることが、諸君の文明を得ることと心得違いをしていたのである。
 かかる様子ぶりは、実に哀れむべき嘆かわしいものであるが、ひざまずいて西洋文明に近づこうとする証拠となる。

 不幸にして、西洋の態度は東洋を理解するに都合が悪い。
 キリスト教の宣教師は与えるために行き、受けようとはしない。
 諸君の知識は、もし通りすがりの旅人のあてにならない話に基づくのでなければ、わが文学の貧弱な翻訳に基づいている。
 ラフカディオ・ハーンの義侠的ペン、または『インド生活の組織』の著者のそれが、われわれみずからの感情の松明をもって東洋の闇を明るくすることはまれである。
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 私はこんなにあけすけに言って、たぶん茶道についての私自身の無知を表わすであろう。
 茶道の高雅な精神そのものは、人から期待せられていることだけ言うことを要求する。
 しかし私は立派な茶人のつもりで書いているのではない。
 新旧両世界の誤解によって、すでに非常な禍をこうむっているのであるから、お互いがよく了解することを助けるために、いささかなりとも貢献するに弁解の必要はない。

 二十世紀の初めに、もしロシアがへりくだって日本をよく了解していたら、血なまぐさい戦争の光景は見ないで済んだであろうに。
 
東洋の問題をさげすんで度外視すれば、なんという恐ろしい結果が人類に及ぶことであろう。

 ヨーロッパの帝国主義は、黄禍のばかげた叫びをあげることを恥じないが、アジアもまた、自禍の恐るべきをさとるに至るかもしれないということは、わかりかねている。
 諸君はわれわれを「あまり茶気があり過ぎる」と笑うかもしれないが、われわれはまた西洋の諸君には天性「茶気がない」と思うかもしれないではないか。
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 東西両大陸が互いに奇警な批評を飛ばすことはやめにして、東西互いに得る利益によって、よし物がわかって来ないとしても、お互いにやわらかい気持ちになろうではないか。
 
お互いに違った方面に向かって発展して来ているが、しかし互いに長短相補わない道理はない。諸君は心の落ちつきを失ってまで膨張発展を遂げた。

 われわれは侵略に対しては弱い調和を創造した。
 諸君は信ずることができますか、東洋はある点で西洋にまさっているということを!

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