ロシア人が遠くに旅行したくなる「プーシキン」

 あるロシア文学者がプーシキンについてこう語っている。  「プーシキンを読めば、ロシア人は遠く旅行をし、多くの本を読んだような気分になれる。」  ロシアではすべての人がプーシキンを知っている。  プーシキンの名前を聞くとロシア人の心は喜びと軽やかさと感謝でいっぱいになるという。  プーシキンと同時代の作家ゴーゴリは「プー…
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ロシアのアネクドート傑作集から その4 レストランでの話

その1 「ウェイター、こんなまずいもの食えるか!コックを呼べ!」 「無駄ですよ、彼も食べません。」 その2 「ウェイター、スープがすっかり冷たいんだけど?」 「それはそうです、“シベリア風”ですから。」 その3 「ウェイター、わしのステーキはどこだね?」 「レモンの下です。」
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金沢紀行 その15 石川県立美術館で昼食

これから成巽閣(せいそんかく)などを見て、石川県立美術館で昼食を食べ、午後から小立野台地の石曳の道を歩く。  百万石の加賀藩には1万石以上の重臣が十二家あり、この屋敷に住んでいた津田玄蕃もその一人だった。 これは屋敷内に置いてある辰巳用水の石管の遺構であるが、用水は1632年に約11km上流の犀川から取水し城内へ木管…
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探検家の歴史 第4部 その4 松田伝十郎(樺太探検と蝦夷地経営に活躍)

 松田伝十郎は江戸時代の越後国出身の幕臣・探検家で、間宮林蔵と樺太を探検し、樺太見聞の実測図を作成した。  伝十郎は越後国頚城郡鉢崎村(現新潟県柏崎市)の貧農浅貝長右衛門の家に長男として生まれ、そこで道普請をしていた幕臣大西栄八郎にその才能を見出されて江戸に赴いて武士となるべく修行した。  その後、大西の同僚…
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