「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その39 浦賀ノスタルジック散歩

かなりの雨の降る中、浦賀駅を出て浦賀港に向かって歩き始めた。

歩いた行程を下図で説明する。

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まず浦賀駅から黄線に沿って赤字Aの浦賀ドッグを見て、赤字Bの西叶神社で旅の無事を願い、赤字Cの浦賀の渡しで渡し船に乗って対岸に渡り、赤字Dの東叶神社で再び旅の無事を願って、再び渡し船に乗って帰ってきた。

それでは「浦賀ノスタルジック散歩」の始まりである。

10分程歩いていくと、左手方向の海側の道に沿って、巨大な建物群が見えてくる。

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ここは一世紀以上にわたって約1000隻にのぼる艦船をつくり続けてきた赤字Aの浦賀ドッグ跡である。

2003年に閉鎖されるまで30mを越す高さのクレーンが空を覆い、日本丸、海王丸をはじめ、青函連絡船・大型タンカー・自動車運搬船・護衛艦などの船がこの浦賀ドックで建造され、街はドックで働く人たちで賑わっていたという。

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浦賀ドック跡に見とれて歩いているうちに、赤字Bの西叶神社に到着である。

西叶神社は平家物語にも登場する文覚上人が源氏の再興を願い1181年に創建した古社で、ここで旅の無事を願い、財布をずっしりと重くしていた10円玉と1円玉を賽銭箱に投入処分した。

金額にすれば然程でないが個数からすると十数個はあったはずで、財布はすっかり軽くなった。

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財布を軽くしたところで、いよいよ楽しみとしていた赤字C「浦賀の渡し」に乗船する。

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乗船場所にボタンがあってそれを押すと、対岸に停泊していた渡し船が僕一人だけのお客のために、大急ぎで迎えに来てくれる。

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渡し船の船長は恰幅のいい漁師上りのような方で、客が来るたびに3分程の区間を手際よく走行する。

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3分後には対岸に到着、船から向こう岸を見るとこの絶景である。

渡船場に説明看板があったので読んだ。

渡船の歴史は古いようで、江戸時代の船頭の生活は東西浦賀村の1軒あたり米6合で支えられていた。

平成10年に御座舟風の現在の「愛宕丸」が就航した。

この航路は「浦賀海道」と名付けられており、横須賀市道2073号となっている。

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渡船場から7〜8分歩いて西叶神社より遥かに風格のある赤字Dの東叶神社に到着した。

この神社の創建は西叶神社と同じで、浦賀港を挟んで西叶神社と向かい合うように建っている。

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この神社は社叢林が特に見事で、標高53mの山頂部分はスダジイ・マテバシイ林で占められ、一方斜面部はタブノキ林で被われている。

また神社の裏山一帯は浦賀城跡といわれている。

浦賀城跡前に10分程いて再び浦賀の渡しに乗り、対岸のバス停で10分程待って京急バスに乗り、久里浜駅に向かった。

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