韓のくにの旅 韓の国の旅その38 世界遺産の昌徳宮を見学 その3 仁政殿

 仁政門を入ると、正面に仁政殿が圧倒的な迫力で待ち構えている。

 仁政殿
では王の即位式や臣下の礼、外国使臣の接見などの重要行事が行われた。

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 その前の広大な広場には石が敷かれていて、仁政殿での王の即位式や臣下の礼、外国使臣の接見などの重要行事がここで取り行われた。

そこには正一品から九品までの位階に従って列するための石柱が左右に並んでいて、文班(文官)は宮殿に向かって右側、武班(武官)は左側に整列した。

 因みに高級官僚のことを両班(ヤンバン)というのは、文班と武班の両方を指すことから発している。こういう場所に立つと、李氏朝鮮が儒教文化一色に染め上げられた社会だったことを改めて再確認する。

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 石柱に近づいて見ると、手前の正四品から一番前の正一品まで整然と並んでいて、ここに立ち並んだ李氏朝鮮当時の文官・武官達の息遣いまで聞こえて来そうに感じた。

 韓国はご承知のように儒教の国で、李氏朝鮮の頃から両班制度という日本の士農工商に似た身分制度があり、特定の階層でなければ官僚になれなかったような時代が、長い間続いた。

 儒教社会は科挙試験に合格すれば誰でも文官・武官として登用され、一番後ろの石柱の位から、最高は一番前の石柱の位まで、立身出世出来るというのは、あくまでも両班階層の中だけのことだった。

 戦後の改革を経て、今のような誰もが成績優秀であれば官僚になれる、自分のなりたい職業につける時代に、やっとなったのだ。

 しかしそんな現代社会も、現実には卒業大学等で選別され、それが家柄や門地を形成する基礎になっていることも否めず、学閥社会が儒教社会やカースト的社会にとって変わっただけと言えなくもない。

 
ここに立っていると、時代を越えて空間を越えて、官僚たちのため息が聞こえてきそうである。

 そして僕らのツアーは、王様の座っていた仁政殿へと進んでいく。


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 王様から辞令を拝命された文官・武官達は、ここから田舎の任地へ単身で下っていくが、そこでの勤務が長くなると、家族も呼び寄せ一緒に生活した。

 中国の漢詩の世界が眼前に広がり、彼ら文官・武官達の悲喜交々の人生模様が浮かび上がって来そうになる神聖な場所に、今僕らは立っている。
  

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