探険家の歴史 第1部 その6 7大陸最高峰に挑んだ日本の若き冒険者達 その1

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7大陸最高峰を列記していく。


1 [ヨーロッパ] エルブルース(5633m /ロシア) (以前はモンブランとされていたが、今はカフカス(コーカサス)山脈最高峰のこの山がヨーロッパ最高峰となっている。)


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2 [アフリカ] キリマンジャロ(5895m /タンザニア)  (ヘミングウエーの「キリマンジャロの雪」という小説で有名。輝く山という意味である。)

1889年、メイヤー(独)によって初登頂された。


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3 [アジア] エベレスト(8848m /ネパール) (前回紹介の世界最高峰の山)1953年、ヒラリー卿により初登頂された。


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4 [北米] マッキンリー(6194m /アラスカ) (1984年からは上村直巳の遺体の眠る山)1913年、Karstens-Stuck 探検隊によって初登頂された。


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5 [南米] アコンカグア(6960m /アルゼンチン)  (南北アメリカ大陸の最高峰である。)

1897年、イギリスのエドワード・フィッツジェラルド率いる遠征隊のスイス人ガイド マティアス・ツールブリッゲンによって初登頂された。


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6[南極] ビンソンマシフ(4897m /南極)

 今は南極点もこの山も、金さえ出せばいける時代。田部井淳子は1991年に行った。75歳のおじいさんもいたとのこと。


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7[オセアニア] コジウスコ(2230m /オーストラリア)

 (オーストラリア大陸東岸に南北に走るグレート・ディバイディング山脈の最高峰。異説もあるが、オセアニア最高峰はこの山を挙げる。この山は他の山と違い、誰にでも簡単に登ることができる。)


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 七大陸最高峰登山は、1985年に南米,北米,ヨーロッパ,アフリカ,アジア,オーストラリア,南極の七大陸の最高峰すべてに登頂成功したディックバスというアメリカ人が始めた。



 その記録を「セブンサミット」と呼び、登山家や冒険家の間で広まり、現在では、最年少,最年長,最短記録などが競われている。



 探検家列伝では、「セブンサミット」最年少記録に挑んだ日本の若い冒険者達を取り上げる。ほとんど、現役大学生による快挙である。


 まず、亜細亜大学から、野口健を紹介する。


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 野口の父親は外交官で、彼は米国ボストン生まれ。英国にある日本の私立学校に通っていたが、一時帰国した際に手にした冒険家、故植村直己氏の著書「青春を山に賭(か)けて」に触発されて登山を始めたという。


 彼は、落ちこぼれの学生であったが、山に出会い、冒険を通して成長してきた男である。89年8月、16歳でモンブランに初登頂し、その後キリマンジャロなどを制覇するうちに、挑戦を思い立ったという。


 亜細亜大へは「在学中にエベレストを除く大陸の最高峰を登頂する」と「一芸一能入試」の面接で宣言し、93年に入学した。


 そして、16歳の時から10年の歳月をかけて、3度目の挑戦でエベレストに登頂成功、1999年5月13日のことだった。この日、彼は7大陸の最高峰をすべて登頂することに成功した。 


 25歳になっていた。記録更新の瞬間だった。


 これまでの最年少記録は、1995年2月にアメリカ人男性が達成した29歳だった。


 その後、ヒラリーが提唱し、田部井淳子も関わっていたエベレストのゴミ問題に、彼は清掃登山というスタイルで4年間に渡って関わり、エベレストの美しい自然を守るために精魂を傾けた。



 いまや彼はすっかりメジャーになり、山岳環境問題などでは一流のオピニオンリーダーとして活躍している。また、「ネスカフェ ゴールドブレンド」のCMを通してお茶の間にも有名である。


 次回は7大陸最高峰に挑んだ日本の若き冒険者達の後半です。また、キテネ。

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