釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第25回はウクライナ

 今回の旅はウクライナ、その都市であるヤルタとキエフを旅する。

 9月21日(金)、1000kmの距離を2時間程かけてアルメニアのエレバンから黒海上空を飛んでヤルタに入った。

 ヤルタ(今はロシアに編入)とキエフはウクライナの都市で、ここはもう東ヨーロッパと呼ばれる地域なのである。

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 ヤルタは古代ギリシア人たちによって開かれた町で、黒海に臨むクリミア半島の南端に位置している。

 ロシア時代もソ連時代もヤルタはリゾート地として繁栄し、ロシアの文豪トルストイやチェーホフらはヤルタで夏を過ごしていた。

 それではまずヤルタから始めよう。

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 僕らのツアーは9月21日(金)の午後、燕の巣、アルプカ宮殿、リヴァディア宮殿を見たようである。

 夕食後は例の僕等のツアーの若い独身者でヤルタの街へ繰り出し、男女6人夏(9月なので、秋の方かも)物語となって楽しんだようである。

 翌日はヤルタの海岸通りを散策したり、マサンドラワインを試飲したり、チェーホフ関連の観光施設を見学したり、高級リゾート地でのショッピングを楽しんだようである。

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 ヤルタでは確か、黒海の特産品であるキャビアと石の花(香水)をベリョースカで買い、そこの店員((もちろん、国家公務員である。)を真ん中に、ツアーの人たちと並んで撮った記念の一枚を撮影した。(釣り師の写真は風景で代用!(^^)!)


 ヤルタ観光を終え、夜9時過ぎの飛行機に乗ったので、キエフへ着いたのは深夜となった。

 ソ連一周の旅は好天に恵まれ、雨に遭遇したのは全行程15日のうちたった1日、その1日がキエフ滞在に重なった。

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 野々村一雄著の中公新書「ソヴェト旅行案内」によると、キエフはウクライナ共和国の首都で、ソ連の政治・経済の主要な中心地であると同時に、森と公園の都とも呼ばれていて、ソ連におけるもっとも美しい都市の一つであると紹介されていた。

 紅葉の季節の只中となっており、小雨の中を歩きながらのキエフの街は、どこを見ても美しく鮮やかな色彩に染まっていた。

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 日程表によると、僕等のツアーのキエフでの見学場所は、ウラジミールの丘、ソフィア寺院、クレンチャチク大通り、午後からは不滅の栄光の公園とペチェルスカヤ寺院だったようだ。

 どちらもドニエプル川を望む高台にあり、不滅の栄光の公園からはペチェルスカヤ寺院が見える場所に立地していた。

 不滅の栄光の公園の見学道中で、将来のウクライナ美人候補に出合った。

 真っ赤なネッカチーフを付けた賢そうなキエフのピオネールの少女である。

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 この少女はオシャレをしているつもりなのだろうか、髪の後ろにリボンを付けていて、写真撮影に積極的に協力して、にっこりと微笑んでまでくれた。

 こんな少女が5年後や10年後には、間違いなくウクライナ美人の看板を背負って立っていくのだろう。

 将来のウクライナ美人との遭遇に気分を良くしながら、無名戦死者をまつる霊廟のある、「不滅の栄光の丘公園」を目指した。

 キエフは第二次世界大戦で約2年間ドイツに占領され、市民の3人に1人にあたる20万人が殺された歴史を持つ。

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 ドニエプル川を見下ろす高台に高さ26mのオベリスクが立っていて、その下に無名戦死者をまつる墓があり、墓の上の銅製の花環の中で平和を願う永遠の火が燃えていた。


 皆さんはウクライナと聞いて、何を思い、何処を旅してみたいですか。

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