岡倉天心「茶の本」 第三章  道教と禅道  その2 道教は南方シナ精神の象徴

 まず第一に記憶すべきは、道教はその正統の継承者禅道と同じく、南方シナ精神の個人的傾向を表わしていて、儒教という姿で現われている北方シナの社会的思想とは対比的に相違があるということである。

 中国はその広漠たることヨーロッパに比すべく、これを貫流する二大水系によって分かたれた固有の特質を備えている。
 揚子江と黄河はそれぞれ地中海とバルト海である。

 幾世紀の統一を経た今日でも南方シナはその思想、信仰が北方の同胞と異なること、ラテン民族がチュートン民族とこれを異にすると同様である。
 古代交通が今日よりもなおいっそう困難であった時代、特に封建時代においては思想上のこの差異はことに著しいものであった。
 一方の芸術、詩歌の表わす気分は他方のものと全く異なったものである。
 老子とその徒および揚子江畔自然詩人の先駆者屈原の思想は、同時代北方作家の無趣味な道徳思想とは全く相容れない一種の理想主義である。
 老子は西暦紀元前四世紀の人である。
 
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 道教思想の萌芽は老たん出現の遠い以前に見られる。
 シナ古代の記録、特に易経は老子の思想の先駆をなしている。
 しかし紀元前十二世紀、周朝の確立とともに古代シナ文化は隆盛その極に達し、法律慣習が大いに重んぜられたために、個人的思想の発達は長い間阻止せられていた。

 周崩解して無数の独立国起こるにおよび、始めて自由思想がはなやかに咲き誇ることができた。
 老子荘子は共に南方人で新派の大主唱者であった。
 一方孔子はその多くの門弟とともに古来の伝統を保守せん志したものである。
 道教を解せんとするには多少儒教の心得がいる。
 この逆も同じである。

 道教でいう絶対は相対であることは、すでに述べたところであるが、倫理学においては道教徒は社会の法律道徳を罵倒した。
 というのは彼らにとっては正邪善悪は単なる相対的の言葉であったから。
 定義は常に制限である。
 「一定」「不変」は単に成長停止を表わす言葉に過ぎない。
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 屈原いわく「聖人はよく世とともに推移す。」

 われらの道徳的規範は社会の過去の必要から生まれたものであるが、社会は依然として旧態にとどまるべきものであろうか。
 社会の慣習を守るためには、その国に対して個人を絶えず犠牲にすることを免れぬ。
 教育はその大迷想を続けんがために一種の無知を奨励する。

 人は真に徳行ある人たることを教えられずして行儀正しくせよと教えられる。
 われらは恐ろしく自己意識が強いから不道徳を行なう。
 おのれ自身が悪いと知っているから人を決して許さない。
 他人に真実を語ることを恐れているから良心をはぐくみ、おのれに真実を語るを恐れてうぬぼれを避難所にする。
 世の中そのものがばかばかしいのにだれがよくまじめでいられよう!といい、物々交換の精神は至るところに現われている。
 義だ!貞節だ!などというが、真善の小売りをして悦に入っている販売人を見よ。
 人はいわゆる宗教さえもあがなうことができる。
 それは実のところたかの知れた倫理学を花や音楽で清めたもの。

 教会からその付属物を取り去ってみよ、あとに何が残るか。

 しかしトラストは不思議なほど繁盛する、値段が途方もなく安いから-天国へ行く切符代の御祈祷も、立流な公民の免許状も。
 めいめい速く能を隠すがよい。
 もしほんとうに重要だと世間へ知れたならば、すぐに競売に出されて最高入札者の手に落とされよう。
 男も女も何ゆえにかほど自己を広告したいのか。
 奴隷制度の昔に起源する一種の本能に過ぎないのではないか。

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