奈良散歩 その44 秋篠寺に入る 

秋篠寺は小さなお寺だが、特に女性の方に人気があるお寺で、その女性好みのお寺に、この東門から入った。   庭は紅葉にはまだ早いようである。秋篠寺の女性人気の理由だが、その大半は堀辰雄著「大和路・信濃路」に紹介されている次の文章のようである。 「午後、秋篠寺にて」 「いま、秋篠寺という寺の、秋草のなかに寐そべって、これ…
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「オホーツク街道」の旅 その1 イトウ釣りの初日

 今日の旅、6月26日(火)の旅の日程は以下のとおり。   去年の9月にも稚内に来たのだが、その時は台風15号に追われてのまことに不遇な旅だったので、見落とした場所が沢山出来た。  今年の旅はそれを補いながらの「オホーツク街道」の旅となる。  今日からの旅が事実上のスタートとなる旅で、昨日の鰊(ニシン)街道の旅は前座の旅。  去年も泊っ…
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太陽の乙女たち  ~ ロス・チャコス

太陽の乙女たち  ~ ロス・チャコス クリックです!!↓(画像と音楽です!!)http://youtu.be/ZMQd4pa4mc4(太陽の乙女たち  ~ ロス・チャコス)  豊穣の大地ペルー。降りそそぐ日差しは豊かな実りをもたらす。かつてこの地に栄えたインカ帝国では、万物の創造神は太陽、皇帝は太陽の子として崇拝された。…
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越前と若狭の旅 その9 越前国府への旅

 武生の越前国の国府があったと推定されている黄矢印の指している場所を目指して車を進めている。 2時間程走って、午後2時40分にJR武生駅に到着した。 駅の観光案内所でパンフレットを貰い、ついでに越前国府跡までの道と紫式部公園までの道を教えてもらった。 まず、越前国府推定地跡であるが、ここまでは歩いて…
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探険家列伝第1部 その8 関野吉晴のグレートジャーニーの旅Ⅲ オルドバイの平原を疾走する関野(k)

音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I 画像を小さくして、グレートジャーニーのテーマソング、「カンバセーションピース」を聞きながら読むと気分がでます。 オルドバイの平原を疾走する関野、そこには400万年前と変わらない野生の姿があった。 関野を最初に出迎えたのはキリン達、悠然…
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日本文学クイズ 次の書き出しで始まる作品名は?

次の書き出しで始まる作品名は? 1 春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。   2 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。   3 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。   4 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹…
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近江街道をゆく その26 彦根城天守に立つ

ガイドと楽しくブラタモリ風に見学しているうちに、目指す天守が近くなってきた。 ただ、なかなか目指す天守は目の前に現れてこない。 こんな坂がけっこうだらだらと続いていく。 ガイドはこの坂を左に曲がって、先ほど見た天秤櫓の中に入った。 ここでも、ガイドは天秤櫓についていろいろと詳細に説明してくれたが、そのことはここで…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その43  宗廟を見学 その1

 ソルランタンの朝食後、バスに乗ってまず赤字1の宗廟を見学となった。  ただ、この頃から雨足が怪しくなり、バスを降りて宗廟に向かう頃にはりっぱな本降りとなっていた。 この4泊5日のツアーで初めての悪天候、今までの4日間は全て好天に恵まれていた。  そして、宗廟のガイドは周相希からここを専門的に案内するガイドに変わった。  彼女はこの悪天…
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ある先輩

 「吠える犬は噛まない」と先輩は言った。  僕は安心して吠えている犬に手を出した。  犬は僕の手をしっかり噛んだ。  「先輩、噛まれたんですけど」僕は言った。  先輩は続けて言った。「少なくとも吠えている間は・・・・」  「最後まで君が話を聞かないからだ」  先輩はとどめをさした。
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第26回はロシア

 レニングラード到着は9月23日(日)午後11時過ぎ、たぶんホテル到着は午前となって9月24日(月)となったものと思われる。  僕らのツアーは、新潟-ハバロフスク-タシケント-トビリシ-エレバン-ヤルタ-キエフと旅を進め、とうとう北欧フィンランド湾に立地する、かってのロシア帝国の首都であるレニングラード(サンクトペテルブルグ)に…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その35  「記念館三笠」を見学

横須賀市は三浦半島に位置する中核市で、市域の東側は東京湾(浦賀水道)、西側は相模湾に面する。 東京湾唯一の自然島である猿島も行政区域に含まれ、行政区域内標高の最高点は三浦半島の最高峰となっている標高242m大楠山である。 東京湾の入口に位置するため、江戸時代から国防の拠点とされ、大日本帝国海軍横須賀鎮守府を擁する軍港都市として栄えた…
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奈良散歩 その43 垂仁天皇陵 

菅原天満宮を出ると、ナビに従って南に進路を取り、近くにある垂仁天皇陵に向かった。  垂仁天皇陵(宝来山古墳)は奈良市尼ヶ辻町にある前方後円墳の古墳で、実際の被葬者は明らかでないが墳丘長が227メートルあって、全国では第20位の規模の古墳となっている。4世紀後半頃(古墳時代前期)の築造と推定され、宮内庁により第11代垂仁…
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ボルシチ(ウクライナ料理からロシア料理に)(k)

ボルシチとは ボルシチ(ウクライナ語で[ボールシュチュ]; 意訳:「紅汁」)は、テーブルビートをもとにしたウクライナの伝統的な料理で、鮮やかな深紅色をした煮込みスープである。近世以後、ベラルーシ、ポーランド、モルドバ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ロシアなどの東欧諸国に普及した。現在、東欧文化圏のほかに、中央ヨーロッパ、ギリシ…
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越前と若狭の旅 その8 越中国の国府推定地への旅 

三国湊の見学を終え、これから武生(現越前市)に向かう。 最初に記したが、新潟県を含む現在の北陸地方は古来は高志国と言われていて、8世紀以降に越国と言われるようになった。 律令時代に入ると越国は分割されて、越前国、加賀国、能登国、越中国、越後国に分割され、それぞれの国に国府がおかれたのである。 国府とは日本の奈良時代から平安…
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探険家列伝第1部 その8 関野吉晴のグレートジャーニーの旅Ⅱ オルドバイ博物館でアファール猿人の足跡に出会う

音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I 画像を小さくして、グレートジャーニーのテーマソング、「カンバセーションピース」を聞きながら読むと気分がでます。 タンザニアのオルドバイ渓谷(ラエトリはこの南にある。)の入口に、オルドバイ博物館がある。 ここには関野が見たがっていたものがあった…
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岡倉天心「茶の本」 第三章  道教と禅道  その2 道教は南方シナ精神の象徴

 まず第一に記憶すべきは、道教はその正統の継承者禅道と同じく、南方シナ精神の個人的傾向を表わしていて、儒教という姿で現われている北方シナの社会的思想とは対比的に相違があるということである。  中国はその広漠たることヨーロッパに比すべく、これを貫流する二大水系によって分かたれた固有の特質を備えている。 揚子江と黄河はそれぞれ地中海とバル…
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近江街道をゆく その25 彦根城の防備の仕組み

これから天下の名城として名高い彦根城に登る。 しかし漫然と見ても何も面白くないので、2時間案内で1000円のボランティアガイドを頼んで、この方の説明を聞きながら彦根城を散策した。 まず、このおもて坂を登っていく。 城は敵が攻めてくるのを前提に造られているので、彼らが攻めてきた場合に混乱するように、階段の高さや幅を不揃いにし…
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 韓の国の旅 その42 韓国最後の朝はソルランタンの朝食

 特2級のソウルキャピタルホテルの部屋はこざっぱりとした綺麗な部屋だった。   ベッドも枕が二つ置いてあるダブルベッドで、気持ちよく眠れそうだった。  この部屋で悪戦苦闘の結果、どうやら旅行用スーツケースに、衣類などの持参品や土産物等を全て詰め込んだ。  黒いスーツケースにはソウルの土産物店で購入した安東焼酎まで入っている。   もっと…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その8 学校の図書庫の裏の秋の草 今も名知らず(石川啄木歌集 一握…

常光寺の次に、啄木が少年時代・青春時代を生活した岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民に向かった。 ここには、少年時代・青春時代を生活した宝徳寺、啄木が通った旧渋民小学校跡地、旧斎藤家跡地などがあるが、旧渋民尋常高等小学校校舎と旧斎藤家は石川啄木記念館の敷地内に移築されている。最初に啄木記念館に入った。 石川啄木記念館は石川啄木の人となり…
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天塩川の旅 その5 松浦武四郎の天塩川探検

 昼食の後は、士別市立博物館ヘ直行した。  羊と雲の丘から下っていくと、士別公園内の一角に博物館は設置されている。 僕は隣接の士別市公会堂から入った。                     (士別市公会堂)  公会堂展示館には、女優で極地探険家としても知られている和泉雅子さんの北極探険関係の展示などもあった。  通路を通って隣接の…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その34 横須賀中央の「セントラルホテル」に到着

今回から、「横須賀ストーリー」と僕が勝手に名づけた「三浦半島の旅」が始まる。 「横須賀ストーリー」の第一日目である11月9日(月)の当初の計画である。 自家用車の旅でなく電車とバスを足にしての旅なので、なかなか思う通りにはいかず、大幅にこの計画を変えることになった。 まず、JR鎌倉駅で朝8時頃に食べた朝食シーンから…
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奈良散歩 その42 菅原天満宮 

喜光寺を出ると、次にすぐ近くにある菅原天満宮に行った。   菅原天満宮は日本最古の天満宮といわれていて、喜光寺と同じく土師氏・菅原氏が住んでいた菅原の里の中にあり、菅家一系三神(天穂日命、野見宿祢、菅原道真)を祀っている。   菅原道真の没後全国各地に道真を祀る神社が設立されたが、その中にあって菅家発祥及び生…
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サロベツ川の旅  その6 3回戦、最終戦も完敗

 3回戦は、サロベツ原野が舞台のイトウ釣りの最終戦。  兎に角台風15号の動向を見ながらの日程調整となっているので、今回のイトウ釣りは、赤③の開運橋が最後の舞台となった。  開運橋上からサロベツ川上流方向を眺めたが、川面に白い雲が浮かんでおり、いかにも大物イトウが潜んでいそうな気配。  1回戦、2回戦の時よりはずっと期待が持てそ…
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越前と若狭の旅 その7 旧森田銀行を見学 

次にり;旧森田銀行の見学である。 旧森田銀行は明治期に福井県三国町で設立された銀行で、1894年に三国湊で北前船の廻船業であった森田家当主の森田三郎右衛門によって設立され、その後順調に業績が拡大し、福井県内において福井銀行そして同じ廻船業者設立の大和田銀行に次ぐ有力銀行の地位を占めた。 その後金融恐慌を受けるなどいろいろあって、結局…
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探険家列伝第1部 その8 関野吉晴のグレートジャーニーの旅Ⅰラエトリまでの道のスタート

音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I画像を小さくして、グレートジャーニーのテーマソング、「カンバセーションピース」を聞きながら読むと気分がでます。 関野のタンザニア「ラエトリ」感動のゴール再現 ここはケニアとタンザニアの国境である。 関野はケニアからタンザニアへ自転…
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感動する論語 親と子

 両親の年齢は絶対に知っておくべきだよ。 一つには長寿を喜ぶために、一つには年老いることを気遣うために。  親が健在のあいだは、無茶な冒険や長期の旅行に出かけて心配をかけないようにすることだ。  どうしても旅に出たけりゃ、もちろん行く先や連絡先をちゃんと伝えておくべきだよ。  親のやり方について批判や反発をしたくなるも…
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近江街道をゆく その24 彦根城博物館を見学

彦根城は江戸時代初期に、彦根市金亀町にある彦根山に鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城(標高50m)である。 山は金亀山(こんきやま)との異名を持つため、城は金亀城ともいい、多くの大老を輩出した譜代大名井伊氏14代の居城であった。 彦根城の敷地は広く、外堀、中堀、内堀に囲まれていて、この内堀を眺めながら表門から城内に入…
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韓の国の旅その41 ウォンハルモニ本家でボッサム その後は?

 お土産購入のため、30〜40分程民芸品店に立ち寄った後、僕らは韓国100選レストラン「ウォンハルモニ本家」(ウォンおばあちゃんチェーンの本店)で、ボッサムを食べた。  ボッサムは茹でて余分な脂をすっかり抜いた豚肉を新鮮なキムチでくるくる包んで食べる料理のこと。  ボッサムのボは褓(むつき)という漢字を書くが、ようは風呂敷の意味で、サム…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第25回はウクライナ

 今回の旅はウクライナ、その都市であるヤルタとキエフを旅する。  9月21日(金)、1000kmの距離を2時間程かけてアルメニアのエレバンから黒海上空を飛んでヤルタに入った。  ヤルタ(今はロシアに編入)とキエフはウクライナの都市で、ここはもう東ヨーロッパと呼ばれる地域なのである。  ヤルタは古代ギリシア人たちによって開かれた…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その33 「鎌倉物語」を終え、「横須賀ストーリー」へ

江ノ島にはお昼から午後3時ころまでの3時間程いた。 かなりの強さの雨が降る中、ごった返す江ノ島を見学するのはなかなか大変で、傘をさしながら「江の島イラストマップ」でおおよその見当をつけて、江の島のほんのさわりの部分を散策した。 黄線に沿って江ノ島の中心部を大回りして、赤字A;瑞心門、赤字B;奉安殿と江島神社辺津宮、赤…
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奈良散歩 その41 喜光寺

西大寺から南下して、まず喜光寺に行った。   喜光寺には、午後1時半頃に着いた。   午後見る予定にしていたのは黄四角で囲った場所で、一番心惹かれる一番北にある秋篠寺は、この日の最後にした。  喜光寺を中心とした地域は、古くから菅原の里とよばれて和歌にもよまれた景勝地で、この地は以前土師氏(古代豪族…
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台湾先住民族そしてアミ族

台湾原住民の祖型がわかったところで、話を進めて行く。 現在、政府から認定された原住民族は、タイヤル(アタヤル)、アミ、ヤミ(タウまたはタオ)、プユマ、パイワン、ルカイ、ブヌン、ツォウ、サイシャット(サイシヤット)、サオ、タロコ、カバランの十二族で、住み分けは上図のとおり。 台湾原住民族の歴史だが、1603年(明:万暦31…
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越前と若狭の旅 その6 旧岸名家を見学

家の中は通り庭となっている。 通り庭は民家の土間のことで,表口から裏口へ通り抜けられるようになっているもので、京都や特に大阪の商家では一般的で、ここ三国の商家も同じ造りである。 通り庭には笏谷石(しゃくだにいし)が使われている。 この石は凝灰岩の一種で福井県福井市の足羽山で採掘される石材で、江戸時代には露天掘りで採…
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