岡倉天心「茶の本」 第三章  道教と禅道 その3 道教と美学

 道教思想の雄渾なところは、その後続いて起こった種々の運動を支配したその力にも見られるが、それに劣らず、同時代の思想を切り抜けたその力に存している。 秦朝、といえばシナという名もこれに由来しているかの統一時代であるが、その朝を通じて道教は一活動力であった。 もし時の余裕があれば、道教がその時代の思想家、数学家、法律家、兵法家、神秘家、錬…
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近江街道をゆく その27 天守にて

天守に入り、天守から北の方角を眺めた。 森の向こうの広大な平原は、城の建てられた当時は琵琶湖の内海だった。 遥か向こうに山脈がありその一部が途切れているが、琵琶湖から途切れている場所を抜けて帆かけ舟が城に入ってきて、お殿様はその光景が大好きだったという。 そういえば司馬遼太郎は「街道をゆく 近江散歩」の中で、中学生の頃に安…
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韓の国の旅その44  宗廟を見学 その2

  ⑤の斎宮で王と王子は祭祀を行なう準備をするために沐浴をし、衣冠を整え心身を清め、御斎室と呼ばれる建物に進み、祭礼の準備をした。 ここにも、御路と世子路がついている。 王をはじめとする祭官は、ここでは祭祀を行う7日前から飲酒歌舞を禁止され、弔問も行かず、死刑の執行や宣告もせず、また夫婦が床を共にしなかったという。  御斎室の中を覗いて…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その9 渋民公園内でやはらかに柳あをめる・・・(石川啄木詩歌集 一…

渋民公園内の啄木歌碑が見たかった。あのやはらかに柳あをめる      北上の岸辺目に見ゆ         泣けとごとくにの歌碑である。  遠く岩手山を望む北上河畔に、啄木没後10年を記念して大正11年にこの短歌を刻んだ歌碑が建てられた。 歌碑は大勢の啄木ファンの寄付で集まった資金を元に、地元の無名の青年たちの手により建てられたもので、…
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