歴史・地理雑学 地名の起源 カン(中国語発音はハン)のこと

 カン(中国語発音はハン)のこと  お隣の国韓国の韓(ハン)の意味だが、どうもアルタイ語(トルコ語やモンゴル語の総称)のハン【偉大、上に立つ、君主】を語源としているようである。  紀元前後に栄えた王朝の名を最大の民族集団としてもっているそのお隣の中国、その世界最大の民族集団漢族の漢(ハン)も、偉大な、上に立つという意味だとい…
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ネットで拾った秘境部族の老人のジョーク

あるTV番組の取材班は、 秘境の部族の生活をドキュメンタリー番組に撮ることとなった。 「明日の外の収録は無理かな。この分だと雨のようだ」 どす黒くたち込めた雲を見てディレクターがつぶやくと、 側にいた部族の老人が、ぼそっと言った。 「明日は晴れじゃ...」 翌日は、抜けるような晴天だった。 取材班は、その日一日…
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越前と若狭の旅 その22 平泉寺白山神社に向かう

 今日7月29日(水)の日程は下記のとおりである。  昨日は足羽川に沿って走行し、その後美濃街道を走ったが、今日の旅は九頭竜川本流を一日かけて下る旅である。 まず黄線の道路を走り、平泉寺白山神社に向かった。 平泉寺白山神社は、福井県勝山市平泉寺町平泉寺に鎮座する神社で、717年に泰澄によって開かれたとい…
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甲州街道と佐久平みち その3 躑躅ヶ崎館跡を散策

破却された躑躅ヶ崎館を想像しながら、武田神社の周囲を歩いていく。  現在の参道は武田神社創建時に切り開かれた通路であり、躑躅ヶ崎館の正門は、大手と呼ばれる東側にある。  黄色で塗った道を矢印のように歩いたが、初めて歩いた道なので実際は手探りで歩いているような状態となった。  この濠に沿って、神橋から…
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2021年4月24日 コゴミの季節 その2 中束集落前でコゴミ採り(k)

 朝飯前の釣行と山菜採りは終わり、これから朝食である。 釣り師は絶景を背景に、食事をしたりコーヒーを飲んだりするのを、釣りをするのと同程度に楽しみにしている。 今回の食事も、日本二百名山の一つである朳差岳を見ながらの食事である。 今朝の朝食メニューは、コンビニから買ったのり弁としじみ汁、家から持ってきたトマトとバナナ、それにUCCコーヒ…
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オールイン遊び 第3章 基本母音(ω)の次は、11文字の複合母音

第3章 基本母音(ω)の次は、11文字の複合母音   11文字の複合母音は애얘에예와왜외워웨위의の面々である。   いずれ劣らぬ強者ぞろいとみた。 左から発音してみると、エ、イェ、エ、イェ、ワ、ウェ、ウェ、ウォ、ウェ、ウィ、ウィとなる。  実際の発音はこんなに単純ではなく、微妙に違っている。   発音だけだが、二日酔いのおじさんが気分が…
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近江街道をゆく その38 百貨店王の旧宅であった中江準五郎邸を見学

これから、外村本家と分家の間の道を通って百貨店王の旧宅であった中江準五郎邸へ向かう。 この道は映画やテレビドラマのロケに頻繁に使われるそうで、そのために右手の赤いポストが残されているというガイドの説明だった。 道の外れに、道を挟んで大きな建物が二軒向き合って建っているが、右手の方がこれから行く中江準五郎邸である。 …
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耽羅紀行(済州島の旅) その7 石焼ビビンバの昼食とヌルボムのこと

 済州島で最初の食事は、「石焼ビビンバ」の昼食である。  この大きな建物は建坪730坪の炭火焼肉専門店「ヌルボム」。  大型バス10台、小型自動車100台の駐車スペースを持ち、940人ものお客を一度にまかなうことが可能とのこと。  あのぺ・ヨンジュン(僕のことかな?)も来店したことのある程の、黒豚の超有名「炭火焼肉専門店」である。  済…
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2021年4月24日「コゴミの季節の渓流釣り」 その1 桂集落前でコゴミ採り

 初釣行の4月3日から3週間が過ぎてしまった。 釣り師の釣りは、ほぼ週末の土日のいずれかの日に決めていて、週末は天気に恵まれなかったので、ぼーっと過ごしている訳でもないのに、いつの間にか4月も下旬に入っていた。 毎年のことだが、4月の下旬から5月の第1週はコゴミが採れるので、釣りの方は格好だけで、この季節はコゴミ採りを中心に釣行している…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第32回はドイツ

 ドイツといえば、ビール、ソーセージ、ライン川などを真っ先に思い出します。  ドイツはヨーロッパ中部に位置する国で、北はデンマークと、東はポーランド、チェコと、南はオーストリア、スイスと、西はフランス、ルクセンブルク、ベルギー、オランダと国境を接しています。  また北西部は北海に、北東部はバルト海に臨み、ヨーロッパ最大の人…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その47  新井城址跡までの道

 横須賀ストーリーの旅は、小網代の森を抜け三浦半島南端の油壺入江の道に入っている。  ここでは、イ;三浦一族滅亡の地の新井城址跡、ロ;頼朝が建てた三つの御所(桃の御所、桜の御所、椿の御所)、ハ;三浦半島最南端の島城ヶ島を見てまわり、横須賀ストーリーの旅の終りとしたい。  では、まずイの三浦一族滅亡の地である新井城址跡…
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奈良散歩 その55 般若寺本堂

正面の石塔への道を進まないで、本堂へ向かう左方の道を歩いて行く。  コスモスの花で飾られた境内の中を散歩して行くと、左手に石仏が立っていた。  石仏は薬師如来で、左手に薬壺を持っていて、心休まるような風景を造っている。 右に曲がると今度はカンマン石、ここの境内にはいろんなものがある。  カンマン…
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泉靖一の「インカ帝国」(k)

 「インカ帝国」について知るには丁度いい参考書がある。少し古く、古典とも言うべき本ではあるが。  僕が大学へ入って間もない頃(暇に任せて古本屋あさりをしていた頃のことだが)、タイトルに惹かれて文庫本等を20冊ほど買ったことがあった。  その中の1冊に、泉靖一の「インカ帝国」という岩波新書本があった。  泉靖一は、今は故人となっている有名…
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太陽の乙女たち  ~ ロス・チャコス

太陽の乙女たち  ~ ロス・チャコス クリックです!!↓(画像と音楽です!!)http://youtu.be/ZMQd4pa4mc4(太陽の乙女たち  ~ ロス・チャコス) 豊穣の大地ペルー。降りそそぐ日差しは豊かな実りをもたらす。かつてこの地に栄えたインカ帝国では、万物の創造神は太陽、皇帝は太陽の子として崇拝された…
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越前と若狭の旅 その21 越前大野の俵屋旅館に宿泊

再び越前大野の町に戻って大雨の中街中を少し散策したが、そのことは省略する。 今夜は越前大野で泊まることとし、宿は1泊2食付き6264円の格安料金の俵屋旅館とした。 この宿の創業は天保元年(1830年)とのことで、まるで時代劇に登場するような寺小屋風の木造の2階建ての建物が印象的で、玄関の庇が大きく張り出していた。 …
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その6 クスコにて

 アマゾン河はイキトスでマラニョン川とウカヤリ川に分かれるとそのあと本流ウカヤリ川はペルー内陸部を南下し、ビルカバンバ山脈の北端で、ウルバンバ川とアブリマック川に別れる。    ウルバンバ川 ↑  クスコはウルバンバ川の上流部に位置する町、そしてそこはアマゾンの源流地でもある。  アマゾン河の旅…
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岡倉天心 茶の本 第四章 茶室 その3 茶室は仮の宿

 これに関連して、茶人たちのいだいていた清潔という考えをよく説明している利休についての話がある。 利休はその子紹安が露地を掃除し水をまくのを見ていた。 紹安が掃除を終えた時利休は「まだ充分でない。」と言ってもう一度しなおすように命じた。 いやいやながら一時間もかかってからむすこは父に向かって言った、「おとうさん、もう何もするこ…
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オールイン遊び  第2章 初めてのハングルは、10文字の母音から(今日はサランヘヨも覚えた)

第2章 初めてのハングルは、10文字の母音から(今日はサランヘヨも覚えた)    ハングルの基本母音(ボインω)はアイウエオの5文字ではなく10文字で 1 아アa、야ヤya (日本語のア、ヤと同じ) 2 어オeo、여ヨyeo(口をアの形にしてオと言う、口をオの形にし  てヨと言う) 3 오オo、요ヨyo(日本語のオ、ヨと同…
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近江街道をゆく その37 外村宇兵衛家を見学

外村宇兵衛家は、五個荘商人として活躍していた外村与左衛門の末子が分家して興したもので、与左衛門との共同事業から独立して商いを始めた。 五個荘は金堂の街並みを中心に、数多くの映画やテレビのロケ地として使われているが、この外村宇兵衛家もNHKの朝ドラ「べっぴんさん」のロケに使われており、朝ドラに出演した方々を集めた宣伝ポスターが、…
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耽羅紀行(済州島の旅) その6  済州島到着と旅の日程の紹介

 東京は曇っていたが、済州島は天気予報通り晴れていた。  この済州島の旅に限らず海外国内の旅のどちらもだが、旅の1週間前頃から旅先の週間天気予報をパソコンの「お気に入りに」取り込んで、旅行日の天気を見るのが毎日の日課となる。  晴天に恵まれる旅もあれば、雨天や時には嵐に遭遇する旅もあった。  そういう経験を踏まえて言えることだが、「旅は…
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石川啄木と函館 その3 橘智恵子の弥生小学校

 啄木は明治40年6月、函館の弥生尋常小学校で代用教員になったが、翌日の平成26年(2014年)6月24日に弥生小学校に立ち寄った。 弥生小学校は、函館山の右端の山裾の西部地区と呼ばれる地域にあった。 啄木はこの地に建っていたこの小学校の前身である「弥生尋常小学校」に、明治40年6月12日から7月中旬まで1ケ月あまり出勤した。 そこには…
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ワナにかかったお姉さん

ネットで拾った、少しだけ笑える話 キレイなお姉さんが、ものすごい勢いで階段を駆け上がって来て、見事、 回送電車への駆け込み乗車に成功! そのままドアが閉まり、お姉さん貸切状態の電車は、車庫へと向かい走り出した。 お姉さんの、ワナにかかった小動物のような表情を、僕は一生忘れない。
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その46 小網代の森を探検 その2

危険な森を慎重に歩いて行く。 どういう道か想像できるような、見通しのきく平坦で単調な道はつまらないので、このくらいの道の方が歩いて楽しくなる。 歩き始めてから20分くらいで、標高16.5mの「まん中湿地」まで来た。 手前に張り出している木の奥に湿地帯が広がっている。  前から興味を持っていた小網代の…
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奈良散歩 その54 奈良女子大から般若寺へ

佐保路の三寺を見て、レンタカ-で10分ほどの距離にある奈良女子大に向かった。  奈良女子大学は、1908年に女子中等教育における女性教員養成機関として開設された奈良女子高等師範学校をその前身とする女子大学で、2004年10月に新たに国立大学法人奈良女子大学として設置された。 国立の女子大学は奈良女子大学とお茶の水女子大…
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天塩川の旅 その11 そして、天塩川河口へ・・・・(k)

 道の駅なかがわで昼食を食べる。カレーパンとコロッケと串かつ、合計で320円の出費となった。  食事の場所は車の中、「北海道命名の地」で野生の生き物の糞と臭いを体験し、ひょっとするとヒグマかもと思いながら、急ぎ足で退散して来たので、こんな簡素な食事でも美味しく戴くことが出来た。  やはり人の臭いのする安全な場所は心からくつろげる。 …
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ロシア人とウォッカの話を少々

飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。   ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。 そのウォッカとロシアにまつわる小話を少々。 その1 シベリアで…
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越前と若狭の旅 その20 感動の宝慶寺への旅

永平寺を出て、越前大野市と池田町の境あたりに位置する曹洞宗の第二道場である宝慶寺という禅寺に向かった。 永平寺から足羽川沿いの黄線の道を走り、オレンジ矢印地点の宝慶寺を目指して進んでいく。 途中越前大野の街の越前そばえびす屋で昼食とした。 永平寺からここまで1時間程かかり、時間は午後1時半となってい…
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甲州街道と佐久平みち その2 武田神社宝物殿などを見る

武田神社は甲府市古府中町にある神社で、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地に建てられている。  この神社は、武田信玄を祭神としている。  神社に参拝してから、この宝物殿に入った。  宝物殿は、軍配を持ったこの信玄公像のみが撮影が許可されていたので、これだけを宝物館の中で撮った。宝物殿は、昭和48年、に…
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オールイン遊び 第1章 ハングル文字の基本は40文字

第1章 ハングル文字の基本は40文字  日本語の母音はアイウエオの5音で、50音図は以下のようになる。  カタカナもひらがなと同じ図となる。  文字を全部足すと114文字となる。 日本語はひらがなの他に、かたかなやローマ字や漢字がある。(生まれた時からだからそうは思わないけど、日本語ってけっこう大変。)  英語はアルファベットの26文…
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近江街道をゆく その36  外村繁邸を歩く 

外村繁邸の他家との位置関係は下図のとおりで、順に外村宇兵衛邸、中江準五郎邸と見ていく。 ここの家主であった外村繁は、昭和10年「草筏」が芥川賞候補、昭和13年池谷賞を受賞、昭和31年「筏」が野間文学賞を受賞した、滋賀を代表する作家である。 さっそく屋敷の中に入っていく。 門を入ると川の水を取り入れた川戸と呼ばれ…
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耽羅紀行(済州島の旅) その5 とりあえず死を覚悟して済州空港まで

 大韓航空KE-718便は予定時刻の午前9時45分には動き出し、その10分後には成田空港を飛び立った。  子どもでもないのに毎回の空の旅で体験することだが、「落ちたら間違いなく死んじゃうな」という恐怖心が必ず生まれてしまうことである。  乗ってしまったらアトノマツリで、ジタバタしてもどうにもならない飛行機のことだから、なおのことこの手の…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第31回はポーランド、遊んでください。( ^)o(^ )

 ポーランドは「最も美しいものと最も悲惨なもの」が同居するイメージ。  最も美しいものはショパンなどに代表される優れた芸術家達の存在。  最も悲惨なものはアウシュビッツ強制絶滅収容所を歴史の中で持ったこと。  ポーランドはポルスカが正式名称で、この意味はポーレ人の国。  ポーレは古スラブ語で平原を意味し、この広大な平…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その45 小網代の森を探検 その1

 午前8時20分過ぎに横須賀中央駅から京急久里浜線の電車に乗ったが、この電車にはハロゥインの絵柄が書かれていた。  午前中はまず小網代の森を目指す。  京急久里浜線の終点の三崎口で下車、そこから京急バスに乗り換え引橋バス停まで行く。  黄矢印の地点が小網代の森である。  5分程バス…
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奈良散歩 その53 海龍王寺と不退寺 

海龍王寺は法華寺のすぐ近くにあった。  海龍王寺は真言律宗の寺院で、本尊は十一面観音、光明皇后の皇后宮(藤原不比等の邸宅跡)の北東隅に建てられたことから隅寺の別称がある。  ここは西金堂である。奈良時代の建立(鎌倉時代に大修理)で、内部に五重小塔(国宝)を安置している。 切妻造、本瓦葺き、正面3間、側面2間…
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越前と若狭の旅 その19 永平寺の法堂、山門などを見る

承陽殿の次は法堂、禅師様の説法の道場で朝のお勤めなどの各種法要もここで行われる。 法堂(はっとう)は1843年の建築で、聖観音像を安置する。 法堂の中の内陣は絢爛豪華で、この中に聖観音像が安置されているという。 観音像には十一面観音、千手観音、如意輪観音など、多面多臂の変化観音と、こうした超人間的な…
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その5 イキトスにて ピラルクー釣りにチャレンジ

 イキトスは、ペルーの国土の60%を占める熱帯雨林のジャングルの中にポッンと築かれた、人口30万程の町である。  そこはもう、モンゴロイドの末裔の住むペルーの国であり、僕ら東洋人にとってはどこか懐かしい、故郷に来たような思いを呼び起こす町でもある。   イキトスの町です。↑  ここへは陸路でいく…
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岡倉天心の「茶の本」 第四章 茶室 その2 茶室は簡素で清浄

茶室の簡素清浄は禅院の競いからおこったものである。 禅院は他の宗派のものと異なってただ僧の住所として作られている。 その会堂は礼拝巡礼の場所ではなくて、禅修行者が会合して討論し黙想する道場である。 その室は、中央の壁の凹所、仏壇の後ろに禅宗の開祖菩提達磨の像か、または祖師迦葉と阿難陀をしたがえた釈迦牟尼の像があるのを除いてはな…
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近江街道をゆく その35  五個荘散策の始まり 

昼食を食べ終えると、急いでバスに乗り、近江八幡駅まで向かった。 ここから近江鉄道八日市線で八日市に行き、八日市からこの近江鉄道バスで五個荘町まで行き、ぷらざ三方よしというバス停で降車した。 1時間ほどもかかって、近江商人の故郷として名高い、陸の孤島のような目的地の五個荘に到着したのであるが、後で別ルートがあることを知ってがっ…
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オールイン遊び プロローグ

 4月にオールインハウスのある済州島(耽羅国)へ遊びに行こうと考えている。  2012年秋の「韓のくに紀行」の時に、ハングルで書かれた文字がロシア語かモンゴル語程度にしか思えず、つまり「何がなんだか、僕わかんなーい」という程度だったので、意味はともかくとして読めるだけは読めるようになりたいと考えた。               …
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耽羅紀行(済州島の旅) その4 日本出国まで

 スカイライナーが成田空港地下駅に到着すると、そこからもう外国旅行の始まりである。 改札を出たところに「セキュリティエリア」と呼ばれる空港の検問所があり、パスポートの提示を求められた。 エレベーターで一気に集合場所の空港第一旅客ターミナル4階まで上がった。 集合時間は午前7時45分となっていたので、集合時間まで20分以上の余裕を持って集…
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石川啄木と函館 その2 立待岬で眠る啄木

 函館西端から函館山のすそ野を横切り、函館山の南東に位置する石川啄木ゆかりの立待岬まで行った。 立待岬は、北海道函館市住吉町にある、津軽海峡に面した岬である。 津軽海峡につきでた断崖上にあるため展望が良く、天気の良い日には下北半島を望むことができ、付近には与謝野鉄幹・晶子の歌碑も設置され、函館有数の観光スポットとなっている。 ここは公園…
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旅人かへらず 西脇順三郎

旅人かへらず  1節(冒頭節)旅人は待てよこのかすかな泉に舌を濡らす前に考へよ人生の旅人汝もまた岩間からしみ出た水霊にすぎないこの考へる水も永劫には流れない永劫の或時にひからびるああかけすが鳴いてやかましい時々この水の中から花をかざした幻影の人が出る永遠の生命を求めるは夢流れ去る生命のせせらぎに思ひを捨て遂に永劫の断崖より落ちて消え失…
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宮沢賢治の詩 原体剣舞連(はらたいけんばいれん)

原体剣舞連(はらたいけんばいれん)            (mental sketch modified)  この詩は、賢治が1922年8月30日から31日にかけ種山ヶ原に地質調査に出かけたおり、下山途中で田原村原体(現・奥州市江刺区田原)で見た民俗芸能・原体剣舞を見たことが元になり、『春と修羅』に「原体剣舞連(はらたいけんばひれん…
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天塩川の旅 その10 『北海道命名の地』に立つ!!

 北海道命名の地があると聞いて、「美深森林公園びぶかアイランド」を後にし、国道40号線を北上する。  音威子府市街を過ぎ、国道40号線を約7km北上し、国道左カーブ手前 から右折する。  そこには案内看板が立っているのだが、よほど注意してないと行き過ぎてしまう。  案内看板に従い国道を右折し、未舗装の砂利道をゆっくり…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その44 横須賀の夜は中央酒場で 

 夕食後、「酒場放浪記」では無いが、近くの中央酒場で横須賀の夜を楽しんだ。 中央酒場のような大衆酒場が横須賀中央駅近くから入った横道には3軒ほど軒を連ねていて、足の向くままこの中央酒場に入った。 ここで、ホッピーを飲みながらアジ刺しを食べ、横須賀の夜を楽しんだ。  僕の席の横で同じようにホッピーを飲…
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奈良散歩 その52 法華寺 

 平城京跡を出て、次に佐保路(東大寺転害門から西に延びている、平安京の南一条大路から法華寺まで)にある法華寺、海龍王寺、不退寺を見ることにした。 まず、平城京跡から10分程の法華寺に向かった。 法華寺は大和三門跡に数えられる品格ある尼寺で、もと藤原不比等の住居であったものを、光明皇后が総国分尼寺として建立した。 法華滅罪の寺と称し、七堂…
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「オホーツク街道」の旅 その5 気分だけは最高潮のまま、今回のイトウ釣りの全日程を終える

 猿払川のセカンドステージは新猿払橋の下(2の場所)である。  この川を熟知していて年間50匹以上のイトウを釣り上げる地元釣り師とは違って、僕はこの川を何も知らないのである。  今日初めてこの川に会って、今日初めてキャストするのである。  ただ、出会い頭の偶然ということも世の中には有りうる事で、石狩川で58cmの虹鱒に出会った時のこ…
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想い出がいっぱい - H2O

作詞:阿木燿子 作曲:鈴木キサブロー 古いアルバムの中に隠れて 想い出がいっぱい 無邪気な笑顔の下の 日付けは遥かなメモリー 時は無限のつながりで 終りを思いもしないね 手に届く宇宙は 限りなく 澄んで 君を包んでいた ※大人の階段昇る 君はまだシンデレラさ 幸福は 誰かがきっと 運んでくれると…
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ロシア人とウォッカの話を少々

 飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。  ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口「ピョートル大帝」;甘すぎず辛すぎず飲みやすいウォッカ。  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。 …
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越前と若狭の旅 その18 僧堂と承陽殿を見学

傘松閣を出てこれから、僧堂、仏殿、承陽殿、法堂と見学していく。 永平寺の伽藍を上から見ると、こういうふうになっている。 建物一つ一つは実に重厚で、中庭の樹々も大きく育っている。 これらの建物を繋ぐ廊下もしっかりした造りである。 山門の前から仏殿の方角を眺めた景色であるが、なかなかの…
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甲州街道と佐久平みち その1 甲府駅前「奥藤本店」で昼食

7月29日(月)、旅の最初の日である。 計画通り上越新幹線に乗って東京駅で下車、東京駅からは中央線で新宿まで行き、新宿から特急かいじ号で甲府まで行った。 朝食は新潟駅のコンビニで買ったミックスサンドとおにぎり1個ですませた。 予定通り甲府駅に到着した。 電車に乗っていた時は気付かなかったが、外は既に相当な暑さで、少し…
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ネットで拾った、素直に笑える話

先生 「教科書読め」 生徒 「はい。『最近家の姉が色づいてきました…』」 先生 「!? …その字は姉じゃない柿だ」 出勤したら、ロッカーに袋がさげてあって、メモがついていた。 里帰りしていた後輩からで、 「実家の姉です。食べて下さい」 と書いてあった。開けたら柿が入っていた。
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近江街道をゆく その34  旧伴家住宅などを見学

歴史民俗資料館の次に、市指定文化財となっている旧伴家住宅を見学した。 旧家主の伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で、屋号を扇屋といった。 寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商い、5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ大坂淡路2丁目に出店したが、同じに学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある…
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耽羅紀行(済州島の旅) その3 スカイライナーで成田空港まで

 翌朝は京成上野駅からスカイライナーで成田空港まで行くことにした。  成田空港までのアクセスはいろいろあるようだが、新潟から午前中に成田空港を出発する飛行機に乗り込むには、上野か日暮里の周辺に前泊し、スカイライナーを利用するのが最も好都合だと考えた。  ツアーの集合日時は2014年4月14日(月)午前7時45分、集合場所は成田空港第1旅…
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2021年4月3日 関川村初釣行 NO3 35cmの尺岩魚ゲット!!

 そして、またまた平成31年に最長39cmを釣り上げたC沢への出陣である。 アイテムはあの時のままである。 これが、尺岩魚取り込み用のタモ網(玉網)で、網の最横長45cm、写真の網の長さ130cm(最長180cmまで伸びる)の手作りで、沢の水面にいる岩魚も沢の岸上からゲットすることができる優れものである。 針はアマゴ半スレヒネリ8号でハ…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第30回はフィンランド

 フィンランドは初対面のイメージとしてはトナカイとサンタがいて、サウナのある美しい森と湖の国となります。  ただ、フィンランドは他のスカンジナジア諸国とは決定的に違うところがあります。  フィンランドはゲルマン民族の国ではなく、日本人と同じアジア民族の国なのです。  フィンランドのほぼ90%を占めるのがアジア民族のフィン族で、…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その43 基地の町「横須賀」を歩く 

ウェルニー記念館を出て、ウェルニー公園を散策した。 ここは横須賀市指定市民文化遺産の「逸見波止場衛門」である。 旧横須賀軍港逸見門の衛兵詰所が左右2ケ所あり、左側には「逸見上陸場」、右側には「軍港逸見門」と表示されている。 建築年代は明治末から大正初期の頃らしい。 ウェルニー公園を歩いているが、対…
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奈良散歩 その51 高御座(たかみくら) 

 次は高御座(たかみくら)の説明である。 高御座は国家儀式の際に天皇が着座した王座である。 奈良時代の高御座の構造の記録はなく詳細は不明で、ここに展示した模型は大正天皇の即位の際に作られた高御座(京都御所に現存)を基本に、各種文献資料を参照して製作した実物大のイメージ模型である。 細部の意匠や文様は、正倉院宝物などを参考にして創作したと…
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偉人と遊ぶ釣り師

その1 いっそ釣り師にでもなって ああ生きるのがこんなに難しいものならば、いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。 by林芙美子(日:作家) ああ生きるのがこんなに難しいものならば、いっそ釣り師にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。 by ジュンチャ…
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越前と若狭の旅 その17 傘松閣まで見学

見学の経路は赤線に従い、伽藍と伽藍を結ぶ廊下を通って一回も靴を履くことなく黄矢印の方向に進んでいく。 この図の通り歩いてまた元の場所に戻って来るのである。 まず、吉祥閣一階から二階に上がる。 吉祥閣から傘松閣へ向かう廊下に、十枚以上のパネルが展示されていた。 面白く読んだので、幾枚か紹介する。 …
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その4 マナウスにて-ドラードを釣る?

 マナウスはアマゾン河口より1500キロ上流にあるアマゾナス州の州都である。このあたりでもアマゾンの河幅は10kmもある。  地形的には、アマゾン本流のソリモンエス川と、最大の支流であるネグロ川の合流部北側に立地し、170万以上の人口を抱える、巨大都市である。  1900年前後をピークとする未曾有…
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茶の本 第四章 茶室 その1 茶室は芸術作品

石造や煉瓦れんが造り建築の伝統によって育てられた欧州建築家の目には、木材や竹を用いるわが日本式建築法は建築としての部類に入れる価値はほとんどないように思われる。ある相当立派な西洋建築の研究家がわが国の大社寺の実に完備していることを認め、これを称揚したのは全くほんの最近のことである。わが国で一流の建築についてこういう事情であるから、西洋と…
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近江街道をゆく その33 郷土資料館と歴史民俗資料館を見学

本願寺八幡別院をあとに、八幡商人の街並みを歩きながら郷土資料館に向かった。 この郷土資料館は、かつて安南(ベトナム)貿易で活躍した近江商人・西村太郎右衛門邸跡に昭和49年3月1日に開設された。 建物は明治19年(1886年)に八幡警察署として建設され、1953年にヴォーリズ建築事務所の手により大幅に改築され、現在の形になった…
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耽羅紀行(済州島の旅) その2 上野アメ横にて

 4月13日(日)、14時7分発のMAXとき328号に乗車、ダイヤ通り16時14分に上野に到着した。   普段は車で旅をしていて、外国旅行も居住する新潟空港から直接なので、新幹線で旅をするのは滅多になく、2時間程の新幹線の旅を新鮮な気持ちで楽しんだ。   日曜日の午後の出発なので、始発の新潟駅は同じ車両に僕の他には一人しか乗ってなく、ガ…
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石川啄木と函館 その1 啄木小公園にて

 啄木が妻子を盛岡に、老婆を渋民に残し、妹の光子と津軽海峡を越えたのは、明治40年(1907年)5月4日で、まず函館に居を構えた。 その後札幌、小樽、釧路と北海道を遍歴放浪することになるが、ここでは啄木の函館時代に触れることにする。 平成26年(2014年)に11泊12日の日程で北海道の道南地方を旅したことがあり、その時に啄木の旧跡等を…
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天塩川の旅 その9 太古の化石魚「チョウザメ」

 天塩川と旧河川跡である三日月湖の間の土地を利用して造成された森林公園びぶかアイランド、ここには、多目的広場、キャンプ場、テニスコート、パークゴルフ場、オートキャンプ場などがある。  キャンプ場の近くには、チョウザメの養殖展示を行なっているチョウザメ館がある。  チョウザメと言えばキャビアで有名だが、チョウザメ肉は高級食材と…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その42 ウェルニー記念館を見学 

これから横須賀港を散歩する。 横須賀は米軍基地とともに歩んできた異国情緒あふれる港町で、港には米軍の艦船が浮かび、町のあちこちに米軍カラーが溢れていて、少し歩いただけで厳重な警戒で入ることも写真撮影することも絶対許されない米軍施設がある。 この横須賀港散歩では、ウェルニー記念館やウェルニー公園、ドブ板通りなどを巡り、米軍基地もほんの…
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奈良散歩 その50 大極殿での話 その1 

 ボランティアガイド氏の説明は大極殿での営みに入った。  第一次大極殿の内部には、高御座とよばれる天皇の玉座が置かれていて、高御座は皇位を象徴する重要な調度で、天皇は即位式や元日朝賀などの国家儀式の際に、大極殿に出御して高御座に着座した。  大極殿の前の庭には、国家儀式の際に貴族が位の順にズラッと並んでいて、この庭の広さは大よそ横が20…
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「オホーツク街道」の旅 その4 猿払川でイトウに挑む!!

地図上の3番目の川は「猿払川」である。 猿払川は北海道の中でも最も数多くイトウが生息し、個体数が安定している数少ない河川。 湿原をゆっくりと流れ、下流域の川底が深い場所では水中はほとんど見えず、スケールが大きく、力強さを感じさせるその流れは、幻の魚イトウが潜むには迫力十分。    猿払川下流部の写真の右手真ん中よりボロ沼に続く水路とな…
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「何を数えているの?」

おばちゃんが橋を渡ろうとすると、橋の真ん中で欄干から川をながめながらぶつぶつ言っている学生風の男に気付いた。 男とすれ違った時、橋の真ん中にいた男が「21、21、21……」と言っているのが聞こえた。 おばちゃんは一旦通り過ぎたが、どうしても気になり、引き返して男に尋ねた。 「何を数えているの?」 すると、男はいきなり…
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越前と若狭の旅 その16 永平寺に到着

一乗谷の次は永平寺町の永平寺である。 赤字①の箇所に永平寺があり、黄線の道路を走ってそこを目指し、それから再び同じ道を戻って、今度は青線の美濃街道を走って赤字②の越前大野を目指す。 まず赤字①の永平寺に向かった。 永平寺は思ったよりずっと山の中にあった。 司馬遼太郎はここを素通りしたが、ここは良かった。 …
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甲州街道と佐久平みち プロローグ

2019年夏の旅は、「甲州街道と佐久平みち」の旅である。 去年(2018年8月末)に旅した鳥取県(因幡国・伯耆国)への旅は、日本最高気温の記録塗り替えとこれも記録破りの台風が頻発する合間を縫っての盛夏に挙行した、終わってみれば「奇跡のような旅」となった。 今年は去年のようなことはないように祈りながら、夏の旅の計画を作成した。 …
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2021年4月3日 関川村初釣行 NO2 光兎神社に参拝 

 これから今年1年の釣行の無事を祈って、この光兎神社に参拝する。 最初の釣行の日はこの神社で参拝、最後の釣行の日は女川最上流の集落である小和田集落にある小和田橋上から光兎神社で清めた神聖な酒を、1年の釣行の感謝の気持ちを込めて女川に注ぐのが、最近の毎年の行事となっている。 さっそく神社の戸を開けて中に入り、コロナ用の消毒液があったのでま…
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近江街道をゆく その32 朝鮮人街道を歩く

八幡堀の船旅をたっぷり堪能した後、八幡商人のまちなみとその街を貫く朝鮮人街道を訪ねた。 この京街道と書かれている道が、通称で朝鮮人街道と呼ばれる道である。 この「近江街道の旅」は、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にたどり着くのが最も重要な目的で、その痕跡の一つがこの朝鮮人街道で…
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耽羅紀行(済州島の旅) その1 旅の計画そして上野まで

 今回お世話になった旅行会社とツアーコースだが、旅行会社は「心に届く旅でお馴染みの阪急交通社」さん、ツアーコースは成田発「ラマダプラザ済州に泊まる春爛漫済州島3日間」の「4月14日から16日」までの3日間の旅である。 他社の菜の花の時期のイメージ写真を借用しているが、こんな絶景が見られる。  菜の花の背景は世界遺産の城山日出峰である。 …
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第29回はスウェーデン

 今日はスウェーデン、ヨーロッパで4番目に大きい国で、西にノルウェー、北東にフィンランド、南西にカテガット海峡を挟んでデンマーク、東から南にはバルト海があります。  この国も北ゲルマン民族の国で、その中のスベリ族がスベリエ王国を建国した、つまり、スウェーデンのことです。  このスベリ族は白い皮膚、長身、金髪というもっともゲ…
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2021年4月3日 関川村初釣行 NO1 ポラリスは光兎山

 コロナの時代の釣り、今年は2年目となった。 去年と比べて慣れてきたせいか、それほどコロナを異常に気にすることもなく、ほぼ平常のままで釣行を計画した。 今年は例年になく大雪で、1月中には何度も雪のけをして大変苦労したが、その分春の訪れが早いようで、わが家の近辺の桜は平年に比して1週間程度早く開花しているようである。 去年の初めての非常事…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その41 ペリー記念館見学 

久里浜駅からバスに乗る予定にしていたが、丁度いいバスがなく、久里浜のペリー記念館まで歩くことにした。 駅前の八百屋のりんごが美味しそうだったので一つ買って、食べながら久里浜のメインストリートを歩き、30分程かけてペリー記念館のあるペリー公園に到着した。 ペリー提督は1853年7月14日、米国フィルモア大統領の日本開国…
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奈良散歩 その49 第一次大極殿 

 第一次大極殿の周りをぶらぶらと歩いているが、とにかくやたら広いという感想が一番に浮かんでくる。 平城宮跡の大きさはたぶん1km四方だと思うが、その大きさがどのくらいのものか、実際に歩いて感じてみる。 ここからも、はるか遠くに朱雀門が見えている。 平城宮は平安京が都としての地位を確定すると放置され、しだいに農地となっていった。 1852…
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インディオ色の名曲 El condor pasa コンドルは飛んでいく

El condor pasa コンドルは飛んでいく  フォルクローレ(民謡の形を借りたポピュラー音楽)の名曲。1913年、ペルーの民俗音楽家ロブレスDaniel Alomias Robles(1871―1943)が、インディオの民話に基づくサルスエラ(歌劇の一種)の主題曲として作曲。インディオ色の濃い、哀愁のこもったメロディにのち数種…
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チリの国民的詩人 パブロ・ネルーダの詩「ぶどう酒」

ネルーダ・ぶどう酒 1971年にノーベル文学賞を受賞したチリの国民的詩人であり、反ファシスト活動家でもあったパブロ・ネルーダ、彼の詩集の中に「ぶどう酒」という詩がある。 それは大地の恵みを皆で飲み、そして歌おうという、祖国や民衆に思いを馳せた高らかな叫びの詩。 彼は外交官、政治家でしたが、大衆のために働く詩人としての使命を抱いていた。 …
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越前と若狭の旅 その15 朝倉氏の遺構を歩く

これから一乗谷川を渡って対岸にある朝倉氏の遺構を見ていく。 一乗谷川を渡る際に渓流魚でもいるのではないかと思ったが、イワナの姿もヤマメの姿も見えなかった。 朝倉氏の遺構については、赤字い;中の御殿と赤字ろ;朝倉館の二箇所を見て回る。 これから赤字い;中の御殿遺構に向かうが、右方向には今回の旅では見なかった諏訪館跡庭園がある。 諏訪…
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その3 サンタレンにて-ツクナレを釣る

 サンタレンはベレンとマナウスの中間に位置する人口25万人の都市で、アマゾン流域では第三位の大きさを誇っている。  アマゾン河の支流の一つであるタパジョス河に面しており、アマゾン河中流域の日系人の多い都市として有名で、作家の故開高健が『オーパ!』執筆の基地とした街でもある。  歴史的には1661年…
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茶の本 第三章 道教と禅道 その5 人生の些事の中にでも偉大を考える

禅は正統の仏道の教えとしばしば相反した、ちょうど道教が儒教と相反したように。禅門の徒の先験的洞察に対しては、言語はただ思想の妨害となるものであった。仏典のあらん限りの力をもってしても、ただ個人的思索の注釈に過ぎないのである。禅門の徒は事物の内面的精神と直接交通しようと志し、その外面的の付属物はただ真理に到達する阻害と見なした。この絶対を…
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近江街道をゆく その31 屋形船に乗って、八幡堀をゆく

彦根から近江八幡に帰り、その夜も近江八幡ステーションホテルで快適に眠った。 そして11月6日(日)、旅に出て7日目の朝となった。 毎日同じメニューではあるが、しっかりした朝食をこの日もおいしくいただいた。  今日の日程だが、午前中は近江八幡の街並みを見て、午後から五個荘をガイド付きで散歩する予定である。  近江八幡駅前か…
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耽羅紀行(済州島の旅) プロローグ

 僕の心の中で気になる場所で、行きたいと思いながらなかなか行けなかった済州島に、2014年4月14日~16日の2泊3日の日程で行って来た。  最近の済州島への興味は、気楽な娯楽としてのオールインなどの韓ドラの中のロケ地を実際にこの目で見てみたいというものに変わってしまったが、その前は、文化人類学者の泉誠一(僕の中では、インディジョーンズ…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その11 青春の川「北上川」の終わり 

 ここが北上川源流地である、「弓弭の泉」への最初の入口である。 源流地は源流公園として整備されており、源泉は御堂観世音の境内から湧き出ている。 そこへ車を進めていくが、その前に恒例の源流釣行を試みた。 この旅は渓流釣り師半分旅人半分の気持ちで旅しているが、いつも寄り道回り道戻り道の旅となって、なかなか目的の源流地にはすんなりと着けない旅…
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天塩川の旅 その8 松浦武四郎踏査の地にて

 国道40号線を北の方角に道を行く。  参考資料は、士別市博物館で職員から無料で貰った「北大河・テッシ~松浦武四郎まっぷ~」である。  風連町、名寄市と過ぎ、向かうは美深市の「美深森林公園びぶかアイランド」そこに松浦武四郎が踏査し、宿泊した地がある。  1857年6月13日と24日のことで、当時の宿泊地名はオクルマトマナイ、今の美深…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その40  佐原十郎義連ゆかりの「満願寺」を見学

久里浜駅から久里浜のペリー記念館に行く予定にしていたが、バスの連絡の都合で佐原十郎義連の墓所である「満願寺」を先に訪ねることにした。 久里浜駅から京急線で一駅前の北久里浜駅まで行った。 そこから京急バスで黄星印の「満願寺」まで行った。 近くに佐原城跡もあるのだが、昨日は衣笠城跡まで行くのに大…
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奈良散歩 その48 平城宮跡を歩く 

 まず最初の目的地は平城宮跡である。 平城宮跡はホテルから6km程の距離で、午前8時20分頃にはここに到着した。 平城宮跡」は710年に藤原京より遷都された平城京の中心であった宮跡で、1998年2月には古都奈良の文化財として、世界遺産に登録されている。 平城宮の入口には羅城門があり、74m幅のメインストリートである朱雀大路を北へ3.7k…
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「オホーツク街道」の旅 その3 猿骨川で釣り師の夢を満喫!!

 僕は今、猿払村のど真ん中にいる。  「思いっきり大きいイトウに会いたいなら猿払村に行け」、イトウ釣りを少しでも目指す者が最初に出会う言葉が、この言葉である。  猿払村は北海道最北の村、日本で2番目に広い。北海道の中でも特に寒さの厳しい地域で真夏は最高でも30℃に達しない年も多く、厳冬期には気温が-20℃くらいまで下がり、もちろん海には…
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ガルシア・ロルカの『ジプシー歌集』から夢遊病者のロマンセ

ラテンアメリカは大航海時代のスペイン、ポルトガルに発見され植民地化されて今日に至っているので、良かれ悪しかれ、この両国の影響を今でも引きずっている国々がほとんどである。この両国の好みがラテンアメリカ人気質にも反映して、ロルカはラテンアメリカ人には人気のある詩人である。彼は、多芸の人で音楽家、ピアニスト、画家等も兼務し、その才能を発揮した…
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越前と若狭の旅 その13 復元町並を歩く

ここで復元町並に入る前に一乗谷遺跡の全体図を紹介する。 遺跡はこのようにとても広大なので、赤字A;復元町並と赤字B;義景館跡などの二箇所を見るにとどめた。 それでは復元町並に入っていく。 ここが復元町並の入口で、垣根に沿って左手に入っていく。 ガイドの方がツアーの方々を集めて、さっそく復元された家…
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その2 ペレンにて~ピラニアを釣る!!

アマゾン河の旅 その2 ペレンにて~ピラニアを釣る!!   アマゾン河口、中洲がマラジョー島、↑  河口の幅が東京ー名古屋間とほぼ同じで、その間にマラジョー島という九州とほぼ同じ面積の中州を抱えるアマゾン川。  ベレンは、その大河アマゾン河口の街で、マラジョー島の南に位置する人口120万の大都市…
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韓国大周遊の旅 忠州湖クルージングツアー(生のハングルが聞けます!!)

韓国大周遊の旅 忠州湖クルージングツアー(生のハングルが聞けます!!) 平成24年10月18日〜22日まで韓国大周遊の旅に参加。ここは2日目に行った丹陽の忠州湖という。南漢江(ミナミハンガン)の多目的ダム建設により出来た湖である。この辺りは韓国の中部山岳地帯で、景勝の地として有名。 それでは動画をご覧下さい ↓ http://y…
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近江街道をゆく その30 埋木舎(うもれぎのや)にて

この日の最後に、井伊直弼が13代彦根藩主となるまでの不遇の時期の15年を過ごした埋木舎(うもれぎのや)に行った。 埋木舎は井伊直弼の命名で、ここは尾末町御屋敷(北の御屋敷)と呼ばれていた。 彦根藩井伊家では、藩主の子であっても世子以外は、他家に養子に行くか、家臣の養子となってその家を継ぐか、あるいは寺に入るのが決まりとされて…
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韓のくにの旅 韓の国の旅その47 「韓のくにの旅」の終了(目的はすべて達成した、感謝)

 「韓のくにの旅」と僕のブログで題して旅した、阪急交通社企画の『秋の観光ベストシーズンにいく「こだわりの韓国大周遊5日間」」の旅』は赤字3の南大門市場の見学で終了である。  南大門市場は東大門市場と並ぶソウル二大市場の一つで、近くに繁華街で有名な明洞がある。  南大門(僕の旅行中は火事で消失し、門は復旧工事中)のあたりに開けた市場である…
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