五浦釣人 平櫛田中作品

 これは五浦(茨城県北茨城市)の海岸で、釣りにでかける岡倉天心を撮影した写真をもとに制作したものです。 天心は五浦で、日本画の下村観山・横山大観・菱田春草・木村武山などを指導する一方、思索にふけったり、暇をみては釣りを楽しんでいました。  僧衣にも似た広い袖の着物の上に大きな毛皮をはおり、素足にわらじを履き、支那帽をかぶっている天…
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近江街道をゆく その47  石山寺の豊浄殿にて 

これから、この階段を上がって、石山寺と紫式部展が開催されている豊浄殿に向かう。 豊浄殿は石山寺境内の多宝塔の北西、石山寺の最も高いところに新設された宝物館である。 会場となる豊浄殿では、平安時代の御本尊の御前立ちだった如意輪観音像、「石山寺縁起絵巻」、「石山寺一切経」および「石山寺校倉聖教」、「幻の源氏物語絵巻」とし…
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耽羅紀行(済州島の旅) その16 新羅免税店済州店の隣の小路で

 今日の見学は終了である。  これからツアーは買い物ツアーとなり、赤矢印の新羅免税店済州店へ向かう。  この免税店は済州島の他の免税店と違って、売りが三つある。  一つ;済州島で唯一、エルメス、ルイヴィドン、ティファニー、ロエベなどの有名ブランドに出会える。  二つ;2000坪規模のゆとりのある売場で、500種類以上の様々な有名ブラ…
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その2 最上川河口に到着 

最上川は、山形県を流れる一級河川最上川水系の本川で、流路延長229kmは日本の河川中第7位の長さである。一つの都府県のみを流域とする河川としては国内最長で、その流域面積は7,040km²、長野県と山梨県と静岡県を流れる富士川、熊本県を流れる球磨川とともに、日本三大急流の一つである。福島県との県境の吾妻山付近を水源として、山形県中央部を北…
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「播磨と淡路のみち」 その7 国宝「姫路城」に到着 

旅は3日目、11月6日(火)となった。 午前中に世界遺産に登録されている国宝「姫路城」を見学し、午後からは姫路城の周辺を散策する予定である。 ホテルで朝食を済ませ、姫路駅前から1回100円のループバスに乗って、午前9時15分頃に姫路城大手門前に降車した。 今回の旅は天候に恵まれていて、今日で3日目であるが全部晴天となってい…
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奈良散歩 その64 法隆寺金堂と五重塔

 中門から西院伽藍に入っていくが、左側には五重塔が見えている。 右側にある金堂は、ここからでは全く見えない。 左右両側に松の緑を配した中門は二層の造りになっていて、大きく貼り出した瓦屋根が目を引き、これは門というよりもむしろ楼閣である。 中門の柱に注目すると、ギリシャから中国に伝来し、遥か日本へ辿り着いたエンタシスの柱が、ここにも使われ…
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「オホーツク街道」の旅 その2 「北海道三大秘岬」の雄冬岬へ

 翌6月25日(月)、新日本海フェリーの小樽港着岸後1時間ほど小樽フェリーターミナルで再度鰊街道経路を確認したりトイレに行ったり両替をしたりして過ごして、午前6時丁度に小樽フェリーターミナルを出発、鰊街道の旅が始まった。   今日の宿泊先は、鰊街道沿いの街で天塩川の河口部に位置する天塩町である。  僕の旅の中で、平成21年に石狩…
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金縷(きんる)の衣 杜秋娘

 金陵(南京)の街に年若き人気妓女がいた。 名を「杜秋娘」(としゅうじょう)と言う。 唐の徳宗のときの地方官吏、「李錡」(りき・浙西観察諸道塩鉄転運使)は杜秋娘に惚れて愛妾にした。 杜秋娘はそのときまだ15歳だった。 揚子江の金陵あたりの流れは清く、そこで生まれた女性は容色が優れているといわれ、その中でも杜秋娘は格別で、紅おしろいの化粧…
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メロエ遺跡考 その2 製鉄所まである鉄器時代の典型的な遺跡の

その2 鉄器時代の典型的な遺跡の姿  メロエ遺跡は鉄器製造により繁栄したメロエ=クシュ王国の遺跡。 メロエは、紀元前6世紀から紀元後4世紀にかけてナイル川中流域、現在のスーダンの首都・ハルツームの北東に繁栄した黒人の王国メロエ=クシュ王国(BC6世紀~AD4世紀)の中心となった都市である。   紀元前568年ごろにクシュ王国がメ…
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越前と若狭の旅 その30  橘曙覧記念文学館にて

 今日は福井県の県庁所在地である福井タウンを一日散策、宿泊も福井である。 当初の日程であるが、実際には日程通りには行かなかった。 まずあわら温泉を午前8時に出発して一路福井市の足羽山を目指したが、交通渋滞等に巻き込まれたりして、予定1時間のところを1時間半程かけて、午前9時半頃に足羽山下の公園駐車場に到着した。 …
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甲州街道と佐久平みち その7 明野までの旅

 甲府城を下ってから、昨夜歩いた甲州夢小路を歩いてみた。  ライトアップされた昨夜の通りとは感じが全く違っていたが、気持ちよくこの通りを歩けた。  ここは昨夜白州を飲んだ明治館の建物で、この建物の二階に「U-ME」というバーが入って営業していた。  午前7時半前には宿泊先のホテルニューステーションに…
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去りゆく五月の詩  三木露風

われは見る。廃園の奥、折ふしの音なき花の散りかひ。風のあゆみ、静かなる午後の光に、去りゆく優しき五月のうしろかげを。空の色やはらかに青みわたり夢深き樹には啼く、空しき鳥。あゝいま、園のうち「追憶」は頭を垂れ、かくてまたひそやかに涙すれどもかの「時」こそは哀しきにほひのあとを過ぎて甘きこころをゆすりゆすりはやもわが楽しき住家の屋を出でゆく…
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近江街道をゆく その46  石山寺に行く

西国三十三所観音霊場の第14番札所の三井寺の次に、西国三十三所観音霊場第13番札所となっている石山寺に行った。 この寺は東寺真言宗の寺院で本尊は如意輪観音、開基(創立者)は良弁である。 近江八景の1つ「石山秋月」で知られる寺で、また蜻蛉日記、更級日記、枕草子などの文学作品にも度々登場し、源氏物語の作者紫式部は、石山寺参篭の折…
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耽羅紀行(済州島の旅) その15 龍頭岩を見学

 赤字3の東門市場から今日最後の見学地となる赤字4の龍頭岩へ行く。  龍頭岩は今日と明日の2日間宿泊する赤星印のラマダプラザホテル済州とは目と鼻の先で、ヤンガイドがバスの中で、みなさんの今夜の宿が見えますとガイドしていた。  バスから降りて僕らははぐれないようにヤンガイドを先頭に龍頭岩に向かって歩いていくが、ここは観光客が多くて賑やかな…
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ジュンチャンと世界を巡る 第36回はルーマニア

 今回は、ブルガリアとハンガリーも、ルーマニアと一緒に旅します。  この国々も、ルーマニアと国の成立が似ていて、興味深い国々です。  ヨーロッパは、アジア人種であるフン族の民族大移動により、ゲルマン民族が西方へ追いやられ、ヨーロッパ諸国の原型の国々を形作って行ったという経緯があります。(この民族大移動で、原住民のケルト民族はアイ…
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「播磨と淡路のみち」 その6 雲海の中の竹田城は見たかったが・・

花屋敷から南千畳へ向かう道の途中では、曲輪が段をなして続いていて迫力のある石垣が見られる。 ここの石垣は阪神淡路大震災でも被害がほとんど無かったという。 ところが、別の理由で黄四角の部分を修理することとなった。 その理由は観光客の増加である。 雲海の中の竹田城の写真が出る前までは、ここの観光客は毎年1万人程度だったのだが…
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奈良散歩 その63 聖徳太子 

 法隆寺のある斑鳩の地は、生駒山地の南端近くに位置し、大和川を通じて大和国と河内国とを結ぶ交通の要衝であった。 付近には藤ノ木古墳を始めとする多くの古墳や古墳時代の遺跡が存在し、この地が古くから一つの文化圏を形成していたことをうかがわせる。 日本書紀によれば、聖徳太子(用明天皇の皇子の厩戸皇子)は601年、飛鳥からこの地に移ることを決意…
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越前と若狭の旅 その29 あわら温泉「あわらグランドホテル」に宿泊

今夜の宿は年間100万人を越す浴客が訪れる北陸屈指のあわら温泉とした。 宿泊は「あわらグランドホテル」で、2ケ月程前からネット予約で予約したので、ホテルの別館宿泊ではあるが素泊まり4,980円という格安料金で泊まれた。 あわら温泉は昔低湿な沼地で、明治16年に町内堀江十楽のひとりの農民が灌漑用の水を求めて水田に井戸を…
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探険家の歴史 第2部 ミシシッピ川の旅 その1  ニューオーリンズ

 ニューオーリンズ、1718年フランス人の植民によってミシシッピ川下流に創設され、1722年にはフランス領ルイジアナの首府となった。 バーボンストリート ↑ デキシーランドジャズが一日中鳴り響いている町  その後スペイン領となり、皇帝ナポレオンの手によって財政上の理由で、1803年アメリカ合衆…
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岡倉天心 茶の本 第五章 その1 芸術鑑賞

茶の本 第五章 芸術鑑賞 美術鑑賞に必要な同情ある心の交通――名人とわれわれの間の内密の黙契――暗示の価値――美術の価値はただそれがわれわれに語る程度による――現今の美術に対する表面的の熱狂は真の感じに根拠をおいていない――美術と考古学の混同――われわれは人生の美しいものを破壊することによって美術を破壊している その1 美…
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近江街道をゆく その45 三井寺を散策

金堂は三井寺の本尊の弥勒菩薩を安置する堂で、現在の建物は豊臣秀吉の正室北政所が、1599年に再建したもの。 内部は外陣・中陣・後陣に別れ、天武天皇から賜ったものと伝えられている本尊の弥勒菩薩は絶対秘仏である。 次に見たのは、近江八景の一つとして有名な三井の晩鐘である。  この鐘は音色の良いことから、形の平等院、銘の…
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耽羅紀行(済州島の旅) その14  東門市場の魚市場をゆく

 魚市場に入る前に、韓国を象徴するかのような大量の赤い唐辛子が、10個程の大きな布製のバケツに入れられて、店先に置かれていた。  唐辛子はキムチの原料となり、韓国人の食生活や健康をあらゆる面で支えていく。  写真右上にハングル文字があったので、読んでみる。  호남상회(ho-nam-sang-hoe)と書いてあるが、意味は湖南(ホナム)…
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その1 酒田市に到着、山居倉庫を歩く

それでは平成19年9月15日(土)午前5時自宅前を出発、新潟県北を北上、山形県境を超え、鶴岡市から酒田市を目指す。一日目の計画は、下記の通りである。   ほぼこの計画どおりに新潟県北を抜け、鼠ヶ関から山形県に入り、鶴岡を通って酒田市に入った。    酒田市は魅力的な町で、見所もたくさんあるのだが、今回は黄四角で囲った…
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「播磨と淡路のみち」 その5 竹田城花屋敷まで歩く

いよいよこれから、寺村ガイドに続いて本丸・天守跡へ登っていく。 この場所は城跡内では最も人気の高いスポットで、天守台からは360度のパノラマが楽しめる。 眼下の階段を上がってくると、天守台からの眺望はこのように広がっている。 反対方向へ目を転ずると眼下にはアユも生育している円山川が流れていて、この流れはこの…
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奈良散歩 その62 法隆寺境内に入る

 法隆寺は7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える、聖徳太子ゆかりの寺院である。 南大門の前に大きな境内伽藍配置図が立てられていたので、境内に入る前に確認した。 法隆寺の伽藍配置は、左の金堂と五重塔を中心とする大きな西院伽藍と、右の夢殿を中心とした小さな東院伽藍とに分けられる。 上図のピンク色で塗られた建物は国宝建造物で、西院伽藍は…
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「オホーツク街道」の旅 その1 カーフェリでのビッグプレゼント

 「司馬遼太郎とゆく10年の旅」、その最初の旅である「オホーツク街道」の旅は始まった。 6月24日の午前10時半に新潟港で新日本海フェリーに乗り、船中泊して翌日の午前4時半に小樽港に到着する。 6月25日は鯡街道を北上して、その日は天塩川の河口に開けた天塩町に宿泊する。 カーフェリーの旅は去年と一昨年に続いて今回は5回目となり、船内生活…
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米原万里さんからの笑い話「長生き」

 「いいですか、このまま飲酒を続けると、かなり危険です。完全に酒を断ってください。完全にです。そうすれば、寿命が延びること請け合います。それだけ、生きている時間が長くなるってことですよ」  「おっしゃる通りです、先生。先月一日だけ、酒を飲めなかった日がありまして。いやあ、その一日の長かったこと、長かったこと・・・」
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メロエ遺跡考 その1 地球の歴史

メロエ遺跡考 その1 地球の歴史 宇宙の誕生は今から百数十億年前といわれているが、地球の誕生は、今から46億年前のことである。46億年の地球の歴史を1週間の長さに置き換えると、人類の祖先は2分前(500万年前)に出現し、直接の祖先の新人は4秒前(3万年前)に出現したことになる。そして1秒前程から急速な人口増加を遂げ、現在に至る。 と…
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越前と若狭の旅 その28 東尋坊と雄島を散策

丸岡城から1時間程走って、九頭竜川の河口部にある東尋坊へ到着した。 東尋坊は恐竜博物館、永平寺と並んで福井県が誇る最大の観光名所で、ここへ行く前に、海抜100m、地上55mの東尋坊タワーに上がった。 展望台からは、白山連峰をはじめ、越前海岸、東尋坊などが一望できるが、視線の方向…
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甲州街道と佐久平みち その6 甲府城(別名舞鶴城)にいく 

白州のせいか、この夜は睡眠時間がことのほか快適で、朝までぐっすりだった。 午前6時前に、甲府駅近くにある甲府城(別名舞鶴城)に出かけた。  甲府城は甲府市中心街の一条小山に築城された中世から近世にかけての平山城で、武田氏滅亡後に甲斐を領した徳川氏や豊臣系大名が甲府城を築城して新たに甲府城下町が整備された。豊臣政権では…
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オールイン遊び 第6章 すぐに使える基本フレーズを覚える(ラスト) 

 ここまでで、母音21文字(基本母音10文字+複合母音11文字)と子音19文字(平音10文字+激音4文字+濃音5文字)の基本40文字を覚えた。 これでほぼハングル文字の読み書きが出来るはずなので、ここからすぐに使える日常的な基本フレーズを学習していく。 1 おはよう 안녕하세요(アンニョンハセヨ) 2 さようなら 안녕히 가세요(アンニ…
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近江街道をゆく その44  三井寺まで 

「近江街道の旅」の目的は、鬼室集斯の墓にたどり着くことで、既に十分完了している。 今日11月8日(火)の旅は、琵琶湖1周の旅の完走くらいだろう。 ヤマト王権の直接の主要な血となった継体天皇の祖先やその妃となった人々の地もしっかり訪ねたし、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にたどり着くことも既…
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耽羅紀行(済州島の旅) その13 東門市場でハングル文字を読む

 東門市場では蜜柑が大氾濫しているが、ハングル文字も同様にここでは大氾濫していて、乱反射までしている。  은갈치고등어とハングルで書かれているが、読むのは読めても、何のことだかさっぱり解読不能である。 後でネットで翻訳してみると、銀タチウオサバと出た。 은が銀、갈치がタチウオ、そして고등어がサバである。 この白い容器に入っているのは…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第35回はギリシャ(k)

 ギリシャは、ヨーロッパ南東部、バルカン半島南部の半島とエーゲ海などに点在する大小3000もの島々から構成される国で、正式国名はギリシャ共和国です。  この国は古代文明発祥の地のひとつで、コロナ以前はアクロポリスなどの古代遺跡巡りや、ギリシャ神話の島々を巡る旅は、世界各地から観光客が訪れて大賑わいでした。  ところで僕が…
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「播磨と淡路のみち」 その4 二の丸まで 

ここで寺村ガイドは、「のずら積み」の特徴を明快に説明する。 ここは「のずら積み」の代表的な技法で、石垣の角を算木積みと言われる技法で積み上げたものである。 細長く切った石を、長い面と短い面を内側に少し傾けて積み上げていく技法で、しかも敵が上がりにくくなるように、上に行くほど外側に張り出すように造ってある。 内部の方…
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奈良散歩 その61 夕食は「そば処觀」 

 遠くまで出たくなかったので、夕食はホテルの真ん前にある「そば処觀」で済ませた。 ここは雰囲気のいい店ということで事前にネットで下調べしていたので、ここで食べるのが楽しみだった。 入って見ると、店には1300個の古伊万里がこのようにズラリと展示されていて、事前にわかっていたことだが少々感動した。 ここではにしんそばを注文したが、にしんそ…
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CONVERSATION PEACE スティーヴィー・ワンダー

音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I  スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder, 本名:Stevland Hardaway Judkins, 1950年5月13日 - )はアメリカのミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。歌のほか、様々な楽器を演奏するマ…
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「ブロードウェイ通りのページェント」  ホイットマンの書いたサムライ使節の詩

ホイットマンの書いたサムライ使節の詩  西の洋をわたって、ニフォン国より 此方 〔 こなた 〕へとやってきた、  礼儀ただしい、頬の浅黒い、二刀差 〔 にほんざ 〕しの使節たち。  幌をおろしたバルーシュ型馬車にふんぞりかえり、無帽なまま、厳粛に   今日、マンハッタンの往来を乗りすぎる。  《 自由 〔 リベルタード 〕 》よ!!…
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越前と若狭の旅 その27 丸岡城を見学

これから赤字Bの丸岡城に向かう。 この城は戦国時代の1576年に一向一揆の備えとして織田信長の命により柴田勝家が甥の柴田勝豊に築かせた城で、国内に現存する12の天守閣の中で、最古の建築様式を有する平山城である。 丸岡城には午後1時30分頃に着いた。 丸岡城はその昔戦があるたびに大蛇が現れ、一面に霞を吹いて城を隠し敵…
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探険家の歴史 第2部 ミシシッピ川の旅 序章

 ミシシッピ川は、北アメリカを流れる川。ミネソタ州からメキシコ湾へ注ぐ。全長3,779kmで、世界三大河川の一つに数えられている。     ミシシッピ河河川地図 ↑  アメリカ合衆国で二番目に長い。支流にミズーリ川(アメリカ合衆国最長)、オハイオ川などがある。ミズーリ川とミシシッピ川を合わせた長さは6,0…
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岡倉天心「茶の本」 第四章 茶室 その5 重複を避ける 

人生と芸術の力強いところはその発達の可能性に存した。 茶室においては、自己に関連して心の中に全効果を完成することが客各自に任されている。 禅の考え方が世間一般の思考形式となって以来、極東の美術は均斉ということは完成を表わすのみならず重複を表わすものとしてことさらに避けていた。 意匠の均等は想像の清新を全く破壊するものと考えられ…
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近江街道をゆく その43 鬼室神社と鬼室集斯の墓を拝観

鬼室神社は古くは不動堂と言い、明治以降は小野村の西宮神社として崇敬されてきた社で、小野の宮座(地域の鎮守もしくは氏神である神社の祭祀に携わる村落内の特権的な組織及びそれを構成する資格者の集団)により護持されてきた。 鬼室神社では今でも毎年11月8日に、村の人々によって神社の祭礼が行われており、近年は韓国から訪れる人も多くなった…
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耽羅紀行(済州島の旅) その12 東門市場をゆく その1

 続いて、赤字3の東門市場の見学である。 東門ロータリーの山側に広がるのが済州市民の台所を支える東門市場である。  ヤンガイドは我々を東門市場前に案内すると、あの松の木の下に午後4時半までに集合と指示した。 見学時間は30分程、長いか短いかはこれから市場に入れば判る。  東門市場は、済州島で最も長い歴史を持つ大規模市場で、日本の植民地支…
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「最上川とおくのほそ道の旅」プロローグ

 2007年(平成19年)の「日本最長10河川の旅」は最上川と阿武隈川となった。 まず、最上川の旅から始まる。 最上川は隣県の山形県だけを流れる川ということで、旅行や釣りで度々訪れているが、正確に何回最上川に遭遇したかは曖昧なところがあり、はっきりとは言えない。 2007年のこの最上川の旅以前の旅のこととなると、はっきりと思い出すのは二…
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「播磨と淡路のみち」 その3 竹田城散策の始まり

竹田城収受棟前でガイドの今村さんが待っていてくれた。 ここで竹田城観覧料の500円を支払って、今村ガイドにもここで2000円のガイド料を支払った。 これから竹田城址に向かって歩いていくが、今村ガイドは城址までの道を簡単に竹田城址の説明をしながら登って行く。 僕もビデオカメラを回しながら、今村ガイドの説明をビデオに収録していく。 竹田城…
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奈良散歩 その60 頭塔の周囲を一周

 ガイド氏の説明は続く。 頭塔は各段に屋根があって、一番上に塔のある、この復元案のようなものだったのではないかと推測されている。 頭塔は建設当初は塔として造られていたという証拠に、一番上を発掘したら心柱穴と礎石が出てきた。 ガイド氏の説明はまだ続いているが、これから頭塔の周囲を一周することにする。 時間は午後二時を回った頃、影の形がこう…
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「司馬遼太郎とゆく10年の旅」 プロローグ その3

 「司馬遼太郎の 街道をゆく」43巻の中身の旅をセレクトして、1年にほぼ3回実施してそれを10年間行うという、「司馬遼太郎とゆく10年の旅」の計画を、このように作成した。     予算は約500万、ほぼ5年間は今のレガシーで旅し、あとの5年はレンタカーと電車とバスで旅することにした。  そして、平成24年6月24日(火)、最初の「…
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ロシア人とウォッカの話を少々

飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。   ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。 そのウォッカとロシアにまつわる小話を少々。 その1 シベリアで…
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越前と若狭の旅 その26 越前竹人形の里を見学

恐竜たちと別れて、これから九頭竜川沿いの勝山街道を一気に河口まで下って行く。 恐竜博物館は黄星印の地点で、まず赤字A;越前竹人形の里、それから赤字B;丸岡城を目指して進んでいく。 出発してから20分程走って、小さなねむの木が花を咲かせている九頭竜川の川べりに停車し、小休止しながら川の上流の方角を眺めた…
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甲州街道と佐久平みち その5 「甲州夢小路」で白州を飲む

明日はレンタカーで甲府から松本まで行く予定だったが、天気予報では山梨県や長野県は午後から雷雨の予報が出ていたので心配になって、急きょ松本まで電車で行くことにした。 変更したせいで、レンタカー料金がすごく安くなった。 夕食はホテルの自室で、コンビニで買ったおにぎり2個と納豆の細巻き寿司とキュウリ等のスティック野菜と缶ビール(合計121…
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オールイン遊び 第5章複合母音の次は、子音その2 激音(4文字)と膿音(5文字)

激音(4文字)はㅊㅋㅌㅍの面々である。 たった4文字だが、なかなかの強者ぞろいである。  ㅊはㅈの激音で、息を強く吐き出し、それに(チャ)の音を載せて発音する。気持ちとしては(チャハッ)と一言で言い切る感じ。  ㅋはㄱの激音で、息を強く吐き出し、それに(カ)の音を載せて発音する。気持ちとしては(カハッ)と一言で言い切る感じ。  ㅌはㄷの…
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近江街道をゆく その42  鬼室神社(鬼室集斯の墓)に到着

結局1時間半も迷いに迷って、ようやく滋賀県蒲生郡日野町小野にある鬼室神社(鬼室集斯の墓)に到着した。 ここに来るのにこれだけ苦労したので、目的地到着の喜びが何倍にも増した。 鬼室集斯はこの旅の中では特別な人である。 朝鮮民族と日本民族は、古い時代からそれぞれの国を離れて異国の地に移り住んで、異国の国のために沢山の方々が…
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耽羅紀行(済州島の旅) その11 済州道民俗自然史博物館見学

 赤字1の三姓穴の見学を終え、僕らツアー客一行は赤字2の済州道民俗自然史博物館へ向かった。  済州道民俗自然史博物館は1984年に開館した済州市内にある博物館。  野外には昔からさまざまな用途に使われてきた済州島固有の火山石を展示した野外展示場が広がっている。   博物館前には野外展示の一つとして巨大なトルハルバンが置かれて…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第34回はチェコ、遊んでください。(k)

 釣り師はチェコと聞くと、体操で活躍したベラ・チャスラフスカを思い出します。  チェコはヨーロッパ中央部にあり、正式国名はチェコ共和国で、ポーランド、スロバキア、オーストリア、ドイツと国境を接しています。  古代にはケルト人がこの地に居住し独自の文化を形成し、その後ゲルマン人が定住し、6世紀までにはスラヴ人が定住し、これが現在…
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「播磨と淡路のみち」 その2 竹田城跡バス停に到着

旅の二日目となった。 朝食はホテルでのバイキングによる朝食である。 セレクトしたのはこんなおかずとご飯とみそ汁で、コンビニで買った朝食とはいろいろと違うので、やはりホテルで暖かい朝ご飯を食べることができるのは、旅するものにとってはありがたい。  ホテルのレストランはこんな感じの雰囲気で、ここで夕食も食べてみたか…
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奈良散歩 その59 頭塔の説明

 新薬師寺の次に、宿泊しているホテルウェルネス飛鳥路の隣にある頭塔に向かった。 頭塔は奈良市高畑町にある土製の塔で、1辺30m、高さ10m、7段の階段ピラミッド状の構造をしている。 ホテルまでは1.6km程で、レンタカーで5分ほどで到着したが、少しホテルの部屋で休んでから、隣にある頭塔に入った。 入ると、ちょうど頭塔の説明ガイドが頭塔の…
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ウユニ塩原

 ウユニ塩原(スペイン語: Salar de Uyuni)はボリビア中央西部のアルティプラーノにある塩の大地。標高約3,700mにある南北約100km、東西約250km、面積約12,000km²の広大な塩の固まり。  この塩原は高低差が50センチしかないことが調査により判明しており、「世界でもっとも平らな場所」でもある。そのため、雨季…
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横井庄一さんのライバル?、南米に今も残っている先住精霊集団「ヤノマミ族」

ヤノマミ族(ヤノマミぞく、ラテン文字:Yanomami)はアマゾンの熱帯雨林やオリノコ川(ブラジルとベネズエラの国境付近、ネグロ川の左岸支流とオリノコ川上流部)にひろく居住している、南米に残った文化変容の度合いが少ない最後の大きな先住民集団である。 狩猟と採集を主な生活手段にしている。「ヤノマミ」とはヤノマミ語で「人間」という意味であ…
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越前と若狭の旅 その25 福井県立恐竜博物館を見学

平泉寺白山神社の次に、勝山市にある福井県立恐竜博物館を訪ねたが、ここではいっそう考古学者に憧れていた頃(高校時代のこと)を思い出した。 福井県立恐竜博物館は恐竜に関する資料を展示した恐竜に関する国内最大級の博物館で、銀色に光るドームの内部にある展示室は、「恐竜の世界」「地球の科学」「生命の歴史」の3つのゾーンから構成されている。 4…
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その8 秘都ビルカバンバまで

(ビルカバンバ(一番左のエスピリトウパンパと書いてあるところがインカ最後の秘都ビルカバンバです。)はワンカカイエからコンセビダヨク川を下っていく。↑ 大きくして見てください。資料は高野淳「インカを歩く」から抜粋) インカ帝国の歴代皇帝の名前である。 1 マンコ・カパック 2 シンチ・ロカ 3 ヨケ・ユ…
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岡倉天心 茶の本 第四章 茶室 その4 茶室は芸術的精神の聖堂

 茶室はある個人的趣味に適するように建てらるべきだということは、芸術における最も重要な原理を実行することである。 芸術が充分に味わわれるためにはその同時代の生活に合っていなければならぬ。 それは後世の要求を無視せよというのではなくて、現在をなおいっそう楽しむことを努むべきだというのである。 また過去の創作物を無視せよというのではなくて、…
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近江街道をゆく その41  いざ、鬼室神社へ

これから鬼室集斯の墓碑を祀った鬼室神社に向かう。 今回の旅は、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にたどり着くのが最も重要な目的となるので、古代朝鮮との交流の跡である鬼室集斯の墓を見ることは、今回の旅の最大級の楽しみだった。  ナビで検索しても鬼室神社は出てこなかったので、その近く…
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耽羅紀行(済州島の旅) その10 展示館と三姓殿を見学

 赤字Aの三姓穴を終えると、マイナスイオンが充満している庭園内を通り、赤字Bの展示館へ向かった。  三姓穴全体の印象だが、マイナスイオンが充満しているうっそうとした庭園と、柑橘類がタワワになっている賑やかで華やかな庭園が組み合わさっていた。  展示館には展示スペースと映像スペースがあり、僕らは映像スペースの方へ入った。 そこで、…
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石川啄木と函館 その5 「友の恋歌矢ぐるまの花」の青柳町を散策Ⅱ

 「啄木と函館」に添付してあった地図を頼りに、青柳町を更に散策した。 アの位置の苜蓿舎同人吉野白村宅跡、イの位置の松岡蕗堂居宅跡、ウの位置の石川啄木居住地跡、エの位置の亀井勝一郎の文学碑跡の4箇所である。 この広く見える通りは桜通り、左手にはすりばち坂、すりばち坂の向こうの黄四角で囲ったアの位置に、苜蓿舎同人吉野白村宅があった。 吉野白…
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「21世紀に生きる子供たちへ」  司馬遼太郎の伝えたかったこと

 1996年に亡くなった司馬遼太郎さんが21世紀に生きる子供たちへ向けて書いた文章です。  子供向けの文章ですが、子供たちにどうあってほしいか、どのような社会であってほしいかを、考えさせられます。 「21世紀に生きる子供たちへ」  司馬遼太郎  私は歴史小説を書いてきた。  もともと歴史が好きなのである。両親を愛する…
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謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅その2 抜海岬にて

  司馬遼太郎の「オホーツク街道」冬の旅には稚内付近はこんな風に紹介されている。  『地図をひろげてみた。こぶしをつきだして親指を立てると、稚内半島である。低い丘陵が背になっている。親指の爪の先が野寒布岬である。さらに人さし指を立てると、その指先が宗谷岬で、親指と人さし指のあいだの海面が、宗谷湾としてひろがっている。』  親指と…
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「播磨と淡路のみち」 その1 姫路文学館

 旅の1日目は、まず(上越・東海道山陽)新幹線を乗り継いでの電車の旅である。 朝食と昼食は電車の中で済ませた。 朝食はミックスサンド+お茶、昼食は東京駅で買った金目鯛の味比べ膳である。 今日から3日間宿泊することになるホテル姫路プラザには午後2時前に到着したので、ホテルに荷物を預けると姫路駅前から姫路城ループバスに乗った。…
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奈良散歩 その58 香薬師堂

 本堂から外に出た。 次に、本堂左手にある会津八一歌碑を見た。 この歌碑には、こういう歌が刻まれている。  ちかづきて あふぎみれども みほとけの       みそなはすとも あらぬさびしさ   この歌には「香薬師を拝して」という詞書があり、意味はこうなる。 香薬師に近寄って仰ぎ観ても、み仏が自分を認めてご覧下さることもないこの寂しさよ…
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「司馬遼太郎とゆく10年の旅」プロローグ その2

 この司馬遼太郎の著作群の中で、「街道をゆく」を選び「10年の旅」の教科書とした。  「街道をゆく」は単行本・文庫本では1巻から43巻までのシリーズ本として編集されている。  「街道をゆく」は司馬遼太郎自身が、「もし自分の仕事の中で後世にまで読み続けられるものがあるとすれば、それは街道をゆくになるのだろう」と語っていたという。 …
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アンデス文明への旅 その1 考古学とは、いったいどんな学問なのか?

  次の三つのうちで考古学はどれですか(よく間違えます。) ① 考古学では、主に日本書紀や古事記といった文献資料から、歴史を追究していく。② 考古学では、主に遺物や遺構といった古い時代のモノから、歴史を追究していく。 ③ 考古学では、主に民間で伝えられている伝説や習俗などから、歴史を追究していく。 どれが正解か? お考え下さい!!!…
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「ご趣味は?」

妹がやっとの思いでこぎつけたお見合い。 極度に緊張していたらしい。「ご趣味は?」と聞かれた妹の回答。 「はい、“おこと” を少々」と上品に答えるつもりが、 「はい、“おとこ” を少々」と答えてしまったらしい。 結果は、言うまでもない。
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越前と若狭の旅 その24 平泉寺南谷発掘地を歩く

中世の平泉寺は宗教都市とよべる性格を備えていて、境内の中心部分は東西方向の細長い尾根上にあって社殿や堂塔が建ち並び、これを挟んだ南北両側の谷には多数の坊院(僧の住居)が密集して建っていた。 延暦寺が三千坊といわれた時代に六千坊とうたわれ、白山麓の巨大宗教都市となっていたのである。 これから三千六百の坊院が建っていたと…
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甲州街道と佐久平みち その4 積翠寺から甲斐善光寺へ

 武田神社から、次に積翠寺に向かった。  積翠寺までは距離にした約3km、時間にして5分ほどの距離であるが、積翠寺が標高約530mの位置に立地するため、実際には10分以上車に乗っていた。  真っすぐ目の前の石州瓦のような色合いの屋根の建物が積翠寺である。  この寺の開祖は行基とされていて、「甲斐国志」に拠れ…
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オールイン遊び 第4章 複合母音(ω)の次は、子音 その1平音(10文字)

 21文字の母音(基礎母音10文字+複合母音11文字)の次は子音に入る。  子音には平音10文字、激音4文字、膿音5文字の計19文字がある。  今日は、平音10文字と勝負である。  平音10文字はㄱㄴㄷㄹㅁㅂㅅㅇㅈㅎという面々である。  平音は日本語で母音のアと合体すると、アカサタナハマヤラワのようになる。  日本語のアカサタナハマヤラ…
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近江街道をゆく その40 甲賀流忍術屋敷を見学

紫香楽宮跡から15分ほど走って、甲賀流忍術屋敷に到着した。 ここは甲賀忍者53家の筆頭格にあたる望月出雲守の屋敷として300年前に建てられた。 外見は普通の屋敷と変わらないが、内部には忍者の住まいにふさわしく、侵入者から身を守る為のどんでん返しや落とし穴などさまざまな仕掛けが施されている。  まず、この座敷で20分…
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耽羅紀行(済州島の旅) その9 耽羅王国の発祥の地「三姓穴」見学

 乾始門の前で記念写真ということになった。  カメラマンのチョンさんの指示で、僕等ツアー客は、思い思いの位置に並んで記念写真に収まった。 ただ、カメラマンのチョンさんが仕事の都合だということで、初日だけしか同行できず、記念写真も僕等の手元には届かなかった。  左側の建物は案内舎で、ここにパンフレット等が並べられていたが、英語とハング…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第33回はデンマーク

 デンマークは北ゲルマン民族の国でスカンジナビア三国と一緒に括れる国で、南ドイツに接している以外は周囲を海に囲まれたバイキングたちの国でもあり、また有名な童話作家のアンデルセンもこの国の人です。  デンマークは北ゲルマン民族の中のデーン人が定住して作った国ですが、フランク王国の「デーン人辺境区」という意味のデーンマークから、…
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「播磨と淡路のみち」 プロローグ

 2018年(平成30年)11月4日(日)から11月12日(月)まで、8泊9日の日程で兵庫県を旅した。  古来は播磨国(山崎藩・安志藩・三日月藩・林田藩・三草藩・龍野藩・小野藩・姫路藩・赤穂藩・明石藩・福本藩・新宮藩・姫路新田藩・平福藩が江戸時代に置かれた。)と呼ばれた地域である。  そして、古来は淡路国(古事記、日本書紀、の国…
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奈良散歩 その57 新薬師寺 

 般若寺を出て、次に新薬師寺に向かった。  新薬師寺まで、距離にして15km弱、時間にして15分程度である。 途中のコンビニで昼食用に、サンドイッチとおにぎりを買った。  新薬師寺の境内付近には柿木があり、木にいっぱい実を付けていていたので、それをおかずに加えて、レンタカーの中で昼食を食べた。 …
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最強の先住民族 ヤマナ族

最強の先住民族「ヤマナ族」(成人式での姿)  およそ10万年前にアフリカを出たホモ・サピエンスは急速に地球上に拡散、5万年前にはアジア南部,ヨーロッパ,オーストラリアがその居住範囲となり、大型草食獣を追ってアジア大陸を北上していったグループは、2万年前に最後の氷河期に入ると動物と一緒に移動を開始し,海水面が下って陸続きのベーリング…
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越前と若狭の旅 その23 平泉寺白山神社拝殿などを歩く

アの白山神社社務所を出て、鬱蒼とした杉並木が両側にそびえ立っている、二の鳥居まで続く真っ直ぐな参道を歩いていく。 地面の苔も見事だし、杉並木から降り注ぐ明るい光線も実に気持ちがいい。 凛とした気分のままで、静寂の世界を歩いていく。 参道の脇に平泉寺の名前の由来になったという御手洗池があったが、立ち止…
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アマゾン河の旅 その7 マチュピチュ遺跡にて

          ワイナピチュからマチュピチュを遠望 ↑   マチュピチュ遺跡を発見したのは、アメリカのエール大学で考古学を教えていたハイラム・ビンガムである。  旺盛な好奇心を持ったアメリカの青年は、ワイナピチュ(若い峰という意味)やマチュピチュ(年老いた峰という意味)を見上げるマンドル・パンパというウルバンバ川沿いの地に住…
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五浦釣人 平櫛田中作品

 これは五浦(茨城県北茨城市)の海岸で、釣りにでかける岡倉天心を撮影した写真をもとに制作したものです。 天心は五浦で、日本画の下村観山・横山大観・菱田春草・木村武山などを指導する一方、思索にふけったり、暇をみては釣りを楽しんでいました。  僧衣にも似た広い袖の着物の上に大きな毛皮をはおり、素足にわらじを履き、支那帽をかぶっている天…
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2021年4月24日 コゴミの季節 その3 カラキ沢でコゴミ採り

 中束集落から次に千刈集落に向かった。 釣り師は千刈集落のこのあたりの風景が大好きである。 ここへ来るといつも、有村架純を主人公にした平成29年度前期のNHK朝ドラ「ひよっこ」を思い出してしまう。 みね子の実家という設定の、「朝ドラの中の茨城県の山あいの村である奥茨城村」の風景が、千刈集落のここの風景と実によく似ているのである。 しばら…
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近江街道をゆく その39 迷いながらも、紫香楽宮跡を訪ねる

旅も8日目となった。 今日はレンタカーで、伊賀・信楽・甲賀を巡り、古代朝鮮との交流の跡である鬼室集斯の墓や安土城跡など、「司馬遼太郎の街道をゆく」の名場面を訪ねながら旅する予定だった。 かなりなハードワークを予想して、ホテルで朝食を済ますと午前7時半頃にはホテルを出た。 しかし、最初目指した信楽方面へは高速道を使わないで一…
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耽羅紀行(済州島の旅) その8 耽羅王国の発祥の地「三姓穴」から見学スタート

 昼食も済み、これから最初の見学となるが、見学順はヤンギョンシンガイドが組み立てた順番で進行して行った。  旧済州市地図で説明すると、まず赤字1の三姓穴を見学、次に赤字2の済州道民俗自然史博物館、それから赤字3の東門市場、最後に赤字4の龍頭岩を見て見学日程は終了。 今日明日と2日間連泊するラマダプラザ済州は赤星印の位置にある。  それで…
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石川啄木と函館 その4 「友の恋歌矢ぐるまの花」の青柳町を散策Ⅰ

 翌日の平成26年(2014年)6月25日も、良く晴れて暑い一日となった。 午前中「函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花」で有名な青柳町を散策した。 グルメの街である函館でいろいろ間食し過ぎ、それがたたったのか食欲なしで、朝飯抜きでのスタートとなった。 ホテルから5分程歩き、宝来町で電車に乗り、ひと駅先の青柳町に降車した。…
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謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅 その1(k)

 これから、謎の海洋民族であるオホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅のスタートをする。  今回の旅はその序章ということで、本格的な旅は来年度以降ということになるが。  平成24年度から「街道を行く10年の旅;国内編)をスタートさせる予定で、そのスタート地点を日本最北端の地である稚内市の宗谷岬にするという計画はもう既に立てている。  …
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その48  旅の終わり

 横須賀ストーリーは今回で終了、したがって「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」の旅も今回で終了とする。頼朝が建てた三つの御所(桃の御所、桜の御所、椿の御所)を見たかったのだが、慣れない「歩き旅」のせいで足が限界となり、それを果たす気力が無くなり、バスにてとりあえず三浦半島南端部の三崎港まで行った。 港から市街地を少し山…
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奈良散歩 その56 般若寺の十三重石塔 

 般若寺の十三重石塔は、般若寺境内の南側、本堂の正面に建つ巨大な石塔である。 石塔の基壇は12メートル四方、塔の高さ自体は14メートル、日本有数の規模を誇り、数多くの石塔がこの般若寺のものを参考に建立されたとも言われている。 塔の建立は鎌倉時代の1253年頃に宋から日本に渡来した石工で、東大寺の復興にも携わった伊行末により建立されたとの…
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「司馬遼太郎とゆく10年の旅」 プロローグ その1

司馬遼太郎は本業は歴史小説家だが、僕の興味を惹く彼の仕事は、対談・鼎談・座談の分野と紀行の分野である。 まず対談・鼎談・座談の分野だが、彼のライフワークと言える「日本の国と日本人」をテーマとして仕事をしている。 対談・鼎談・座談を具体的に見てみると、時代の錚々(そうそう)たる知識人たちと論陣を張っているのが理解される。 日本歴史を…
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