能登(日本道)への道 その2 前田利家の小丸山城散策

今日は七尾まで到着することを最優先していたので、午後からの日程はかなりいい加減で、出発前日に前田利家関連の資料をネットから引き出し、「前田利家と七尾」というテーマで前田利家ゆかりの旧跡を訪ねることにした。
七尾駅前で長谷川等伯の像が立っていたので、その前で七尾へ来て初めての記念撮影をした。
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長谷川等伯については、後で七尾美術館に行ったときにふれることにする。
 まず、1582年に前田利家が領国支配の拠点として築いた小丸山城跡(平山城)を目指して、駅前から今は小丸山公園となっている城跡まで歩いて行く。
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この山()はかっては小丸山城の一部となっていたようで、山の手前の道を歩いて、小丸山公園の表玄関まで行った。
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歩いて10分ほどで、城址公園の駐車場前に到着、天守跡へはどうやら向こうに見える坂を左方向に向かって登っていけばいいようである。

前田利家はここ能登ではじめて11城の城主となっており、能登を治めるために築いた小丸山城は、城主としての最初の城であった。

ここで少し歴史のお復習いをすると、戦国時代能登は七尾城を拠点として畠山氏が支配していたが、越後の上杉謙信が畠山氏を滅ぼし、その上杉と戦って勝利した織田信長が配下の前田利家に能登を支配させたのである。
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公園の一角に、NHK大河ドラマの主人公となったことを記念して、「前田利家と妻の松子」の像が建てられていた

大河ドラマは平成14年の放映で、僕は今の今まで前田利家という人に全く関心がなかったので、歴史の教科書で書かれた表面的な知識(加賀百万石を築き、秀吉の五大老の筆頭)ぐらいしか持ち合わせて無く、ドラマ自体も一回も見たことがなかった。

この旅が終わる頃には、少しは前田利家に関する知識も増えるだろうが、今は全く自身の無いままに天守跡への道を歩いていく。
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この道の左手に石垣跡があり、この石垣の上に天守等があったのだろう。
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道の突き当たりに、小丸山城址跡と書かれたりっぱな石碑が建っていた。
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石碑の建っている場所一帯は広い公園となっていて、この公園のどこかに天守が建っていたのであろうが、そこへの道標はどこにもなかった。

草刈りの機械音がする中を、七尾線で見た能登の田園風景を思い出しながら、七尾湾の見える方向に向かって歩いていく。

これからおいおい能登半島を知ることになるのだが、まず手始めに今まで全く知らなかった前田利家の旧跡の中を歩いていく。

前田利家は石川県民の風土の中で確かに今も生きているはずであり、そういうことを少しでも体験しながら、旅を進めていく。
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そして小丸山公園の展望台に到着し、そこから眼下に広がる絶景の七尾市街と七尾湾を、しっかりと両眼に納めた。

良い旅ができそうな予感が身体全体に広がった。


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