岡倉天心 茶の本 第五章 芸術鑑賞 その3 暗示の価値

暗示の価値 

 大家は、東西両洋ともに、見る人を腹心の友とする手段として、暗示の価値を決して忘れなかった。
 傑作をうちながめる人たれか心に浮かぶ綿々たる無限の思いに、畏敬の念をおこさない者があろう。
 傑作はすべて、いかにも親しみあり、肝胆相照らしているではないか。
 これにひきかえ、現代の平凡な作品はいかにも冷ややかなものではないか。
 前者においては、作者の心のあたたかい流露を感じ、後者においては、ただ形式的の会釈を感ずるのみである。
 現代人は、技術に没頭して、おのれの域を脱することはまれである。
 竜門の琴を、なんのかいもなくかき鳴らそうとした楽人のごとく、ただおのれを歌うのみであるから、その作品は、科学には近かろうけれども、人情を離れること遠いのである。
 日本の古い俚諺に「見えはる男には惚れられぬ。」というのがある。
 そのわけは、そういう男の心には、愛を注いで満たすべきすきまがないからである。
 芸術においてもこれと等しく、虚栄は芸術家公衆いずれにおいても同情心を害することはなはだしいものである。
 芸術において、類縁の精神が合一するほど世にも神聖なものはない。
 その会するやたちまちにして芸術愛好者は自己を超越する。
 彼は存在すると同時に存在しない。
 彼は永劫を瞥見するけれども、目には舌なく、言葉をもってその喜びを声に表わすことはできない。
 彼の精神は、物質の束縛を脱して、物のリズムによって動いている。
 かくのごとくして芸術は宗教に近づいて人間をけだかくするものである。
 これによってこそ傑作は神聖なものとなるのである。


美術の価値はただそれがわれわれに語る程度による

 昔日本人が大芸術家の作品を崇敬したことは非常なものであった。
 茶人たちはその秘蔵の作品を守るに、宗教的秘密をもってしたから、御神龕(絹地の包みで、その中へやわらかに包んで奥の院が納めてある)まで達するには、幾重にもある箱をすっかり開かねばならないことがしばしばあった。
 その作品が人目にふれることはきわめてまれで、しかも奥義を授かった人にのみ限られていた。
 茶道の盛んであった時代においては、太閤の諸将は戦勝の褒美として、広大な領地を賜わるよりも、珍しい美術品を贈られることを、いっそう満足に思ったものであった。
 わが国で人気ある劇の中には、有名な傑作の喪失回復に基づいて書いたものが多い。
 たとえば、ある劇にこういう話がある。
 細川侯の御殿には雪村の描いた有名な達磨があったが、その御殿が、守りの侍の怠慢から火災にかかった。
 侍は万事を賭として、この宝を救い出そうと決心して、燃える御殿に飛び入って、例の掛け物をつかんだ、が、見ればはや、火炎にさえぎられて、のがれる道はなかったのである。
 彼は、ただその絵のことのみを心にかけて、剣をもっておのが肉を切り開き、裂いた袖に雪村を包んで、大きく開いた傷口にこれを突っ込んだ。
 火事はついにしずまった。煙る余燼の中に、半焼の死骸があった。
 その中に、火の災いをこうむらないで、例の宝物は納まっていた。
 実に身の毛もよだつ物語であるが、これによって、信頼を受けた侍の忠節はもちろんのこと、わが国人がいかに傑作品を重んじるかということが説明される。
 しかしながら、美術の価値はただそれがわれわれに語る程度によるものであることを忘れてはならない。
 その言葉は、もしわれわれの同情が普遍的であったならば、普遍的なものであるかもしれない。
 が、われわれの限定せられた性質、代々相伝の本性はもちろんのこと、慣例、因襲の力は美術鑑賞力の範囲を制限するものである。
 われらの個性さえも、ある意味においてわれわれの理解力に制限を設けるものである。
 そして、われらの審美的個性は、過去の創作品の中に自己の類縁を求める。
 もっとも、修養によって美術鑑賞力は増大するものであって、われわれはこれまでは認められなかった多くの美の表現を味わうことができるようになるものである。
 が、畢竟するところ、われわれは万有の中に自分の姿を見るに過ぎないのである。
 すなわちわれら特有の性質がわれらの理解方式を定めるのである。
 茶人たちは全く各人個々の鑑賞力の及ぶ範囲内の物のみを収集した。

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