甲州街道と佐久平みち その11 信州松本の旅の始まり

 信玄堤を見たあとレンタカーを返して、甲府駅から特急あずさ号に乗って松本へ向かった。



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 松本駅までは計画表のとおり1時間ほどで、予定の時間に到着した。

ただこの電車は特急と言っても山岳地帯を走るので、鈍行列車並みの速さとなっていた。





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 今夜宿泊するホテルはエースイン松本である。

 松本は上高地へ行く玄関口となっているので、宿泊費もそれなりに高くて朝食付きで6800円もして、甲府のホテルニューステーションの朝食付き5700円とは1000円以上も値段の差があった。


 夕食は駅前の居酒屋で、刺身定食と野沢菜とビールでの夕食である。


 夕食後自室に戻ってからTシャツを前泊したホテルニューステーションに忘れたことに気がついて、ホテルに連絡して自宅に送付してもらうことにした。


 Tシャツは8月1日の午前中に自宅到着予定で、 Tシャツだけは一足先に自宅へ帰ることになる。


 エースイン松本の1泊目は、居心地も良く快眠となった。





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 エースイン松本の食堂は、給食を小学校の教室で食べているような印象だった。



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 食事の中身も、食堂にあわせたせいでもないのだが、小学生の給食並みとなった。

 いま一つ力が湧いてこないが、これから今日の旅が始まる。





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 これが今日の日程で、レンタカーを借りて丸一日松本を散策する旅となる。

 ただこの日程は、松本城の駐車場が朝から込み合っていたため、大幅に変えることとなった。


 松本城は後回しにして、最初に旧開智学校に向かった。





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 この建物が旧開智学校校舎で、今日から2カ月後の令和元年9月30日には、官報号外第126号によって正式に国宝に指定される予定となっている。

 旧開智学校校舎の開門が午前9時からで、30分も時間が早かったので、旧司祭館を先に見ることにした。





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 旧司祭館は松本市に残る明治時代の洋式住宅で、長野県内に現存する最古の西洋館である。

建物はフランス人の神父クレマンにより1889年にカトリック松本教会の宣教師用住居として松本城内三の丸の大名屋敷があった地蔵清水に建設され、松本城北側の街路拡幅事業にともない、1991年に現在の旧開智学校の隣地に移築復元された。





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 時間つぶしに建物の中をサッと見て、旧開智学校にすぐ向かった。

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