東京散歩Ⅱ その8 「谷根千」散歩で「岡倉天心記念公園」まで 歩く

「古井戸」の次に道に迷いながらも近くの住人に聞いて、谷中の超有名店である「ねんねこ屋」への坂道に辿り着いた。

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坂道を5分程上ると、「ねんねこ屋」に到着である。

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ねんねこ屋はネコ好きにはたまらない店で、店の外観も中もネコのアクセサリーで溢れかえっている店である。

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ここで小休止ということでラムネを買って、二階の休みどころに上げてもらって、ラムネを飲みながら階下を行く人たちや景色をしばらく眺めた。

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僕と入れ替わりに白人の三人の女性もここで小休止をしていた。

このあたりに住んでいるのか、それとも単なる旅人なのか気になったが、一言二言気楽な会話を楽しんで、そのままここを去った。

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ここは「大名時計博物館」で、美術工芸品として作られた日本独特の時計を展示しているのだが、今日はあいにく休館だった。

このあたりが一番高い場所で、ここから坂を下っていく。

3〜4分歩くと外国人観光客が多く宿泊する「澤の屋旅館」に出る。

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先ほどの白人女性3人組も、おそらくここに宿をとっているのだろうと推測した。

「澤の屋旅館」からこの「へび道」と名が付いている道路を通って先を急いだ。

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この道は、昔は藍染川という川で、文京区と台東区の境目になっていた。

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へび道を出たところに「乱歩」という江戸川乱歩好きのマスターが営むコーヒー店があるが、ここも今日は休日だった。

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「乱歩」から5分程歩いて、「谷根千」散歩の終着点である「岡倉天心記念公園」に到着した。

ここは谷中の岡倉天心宅跡で、旧前期日本美術院もここにあった。

この場所に建てられた日本美術院は明治319月に竣工した木造二階建で、南館(絵画研究室)と北館(事務室・工芸研究室・書斎・集会室)からなり、附属建物も二、三あったといわれている。

明治3912月に美術院が茨城県五浦に移るまで、ここが活動の拠点となっていた。

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「岡倉天心記念公園」は期待していたよりも遥かに貧弱で、敷地の面積の狭さに岡倉天心の熱狂的ファンを自認している僕は、言葉を失うほどガッカリしてしまった。

終着点となった場所には写真の右手に1966年に岡倉天心史跡記念六角堂が建てられ、堂内には平櫛田中作の天心坐像が安置されていた。

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