最上川と「おくのほそ道」の旅 その23 関興寺の味噌なめたかの関興寺へ

龍澤寺を後に「赤字え」の越後の名刹関興寺に、ここへの到着は午前1120分だった。


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関興寺は臨済宗円覚寺派のお寺で、古くは関興庵と称し1410年に開山、関東管領上杉氏の庇護の下で、信州、佐渡、能登、越中、越後五カ国の末寺300箇所を支配したと伝えられている。

上杉景勝とともに寺を会津から米沢へ移し、江戸時代に再び現在地に再興した。


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山門から入り参道を歩くと、「関興寺の味噌なめたか」という看板が置かれていた。

この「関興寺の味噌なめたか」という有名な言葉は、御館の乱の時に生まれた言葉とのこと。


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寺は大伽藍の敷地の大きな寺である。

この寺はかつて300人を超える修行僧がいた禅寺で、質素な食事に欠かせない味噌を沢山作り貯蔵していた。

1578年に上杉謙信が亡くなり、その後に景勝・影虎二子による家督相続争いの合戦(御館の乱)が起こった。


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戦乱にまきこまれ寺は焼失したが、時の住職が上杉氏より寄進された大般若経六百巻を味噌桶の中に埋め火災から大切な経本を守った。

以来、この味噌をいただくものは大般若経のご利益にあずかり福徳が授かることができるといいはやされるようになり「関興寺の味噌なめたか」との言葉が生まれたと伝えられている。


しばらくの間お付き合いいただいた「2009822日に挙行した直江兼継生誕地への旅」はここで終わりとする。


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