近江街道をゆく その20 寝物語の里にて

 ビジネスホテルウェルネスから中山道を岐阜県境の方向に1時間ほど走ると、滋賀県と岐阜県の間に長久寺という集落がある。
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 上地図の黄矢印の地点に寝物語の里があるというので、東海道本線の踏切を越えて村中の道を美濃(岐阜県)の方向に進んでいった。

 寝物語の里の由来だが、国境の小さな溝を隔てて美濃側の旅籠「両国屋」と、近江側の旅籠「亀屋」があり、そこに泊まった旅人が壁越しに聞こえる声から同じ人物を慕う者同士と分かり、壁越しに語り合ったという伝説から、この里を寝物語の里と呼ぶようになったという。
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 国境を過ぎて美濃(岐阜県)側の空き地に車を留め、歩いて国境の寝物語の地に向かった。
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 そして、どうやら国境の地に到着、写真左下を斜めに走る50cm程の幅の溝を挟んで、左手が美濃(岐阜県)、右手が近江(滋賀県)となる。

今は空き地となっている辺りに美濃側の旅籠「両国屋」と近江側の旅籠「亀屋」が建っていたのだろう。
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 そして、この溝を挟んで建っている二つの旅籠の壁越しに、二人の旅人が夜遅くまで語りあっていたのだ。

 この国境は江戸時代までは東西の文化、風俗習慣、経済流通の接点の地として広く知られ、作家の司馬遼太郎など取材に訪れた文筆家や研究者も多い。

 司馬遼太郎の近江散歩から、この寝物語の里の冒頭部を引用する。

 「近江路のなかで、行きたいとおもいつつ果たしていないところが多い。そのひとつに、寝物語がある。そこは美濃と国境になっている。山中ながら、溝のような川()が、古い中山道の道幅を横断していて、美濃からまたげば近江、近江からまたげば美濃にもどれるという。・・・・」
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 試しに溝をまたいでみたが、なるほど近江と美濃はこんなに近く、またいで二つの地を行き来することが簡単にできた。
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 ここは長久寺集落の観光名所となっていて、僕のほかにも写真撮影していた旅の人がいたが、

自転車で34人で旅している方たちは目的の地ではないのか、素通りして通り過ぎていった。


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