「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その13  金沢街道を朝比奈峠まで歩く

これから十二所神社までバスで行き、そこから金沢街道を鎌倉市と横浜市の境まで歩いていく。

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金沢街道は鎌倉七口(七切通し)の一つの朝比奈切通しのある街道だが、この街道は六浦湊に荷揚げされた物資の運搬に利用されたことから、昔は六浦道と呼ばれていた。

六浦道は金沢八景の瀬戸神社前から鎌倉鶴岡八幡宮前までの道である。

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午前11時ころに十二所神社に到着した。
十二所神社は十二所の鎮守社で、中世には三浦十二天、近世期には十二天社・十二天明神社、または熊野十二所権現社とも称された。

創建年代は定かではなく、1278年との伝承があるが、1182年8月11日には北条政子の出産に際して奉幣使が派遣されたとの記述が、さらに8月13日には十二所神社のほか諸社に源頼家誕生を祝って神馬を奉納した旨が記されている(吾妻鏡)ことなどから、遅くとも12世紀末までには確立していたと見られる。

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社殿で手を合わせ、ここから金沢街道の旅のスタートとした。

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黄線の金沢街道を、赤星印の横浜市と鎌倉市の境界地点まで歩いていく。

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スタート地点の十二所はこんな場所で、ここから左端の登り坂の歩道を、ゆっくりと境界地点まで歩いていくのである。

三方を山に囲まれ前は海という天然の要害であった鎌倉だが、人々の往来や物資の運搬にはこれが最大の障害となり、鎌倉幕府は七方向に切通しを作り陸路を確保したが、その七切通しの中でも往時の姿を最もよく残しているのが朝比奈切通しだという。

今回の旅ではその古道を歩くことはせず、横浜市との市境までの金沢街道を、あたりの風景を眺めたり古の鎌倉に思いをはせながら、自分のペースで歩いてみた。

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20分程歩いて朝比奈峠の坂を登りきり、午前11時17分に鎌倉市が横浜市金沢区になる市境に入った。

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横浜市から鎌倉市側の金沢街道を眺めた風景だが、このあたりは霊峰富士と古都鎌倉の自然に包まれた首都圏屈指の名門霊園と称している鎌倉霊園の敷地内となっている。

この鎌倉霊園に入ってみた。

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朝比奈峠の丘陵に広がる約15万坪の敷地を有した霊園の周りにはこんな風景が広がっていて、四季折々の様々な趣を見せるというが、とりわけ春に園内を彩る桜並木は見事だという。

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